第29話 砂漠へ
あれから数時間…俺達は、砂漠の中を歩いていた。
タッドを馬車に置き、代わりにキョウラを連れ出して、ラギルと奴の弟…イルクとミロウの二人も一緒に連れて。
槍を持ってる長身の男がイルクで、剣を持ってる背の低い男がミロウ。
今更だが、ラギルは大剣を背負っていた。
ところで砂漠だが、こうして実際に歩いてみると、ラギルの話は嘘ではなかったと痛感させられる。
暑いのはもちろんだが、毎度毎度砂に足がめり込むため、とにかく歩きづらいのだ。
「はあ…はあ…歩きづらいったらありゃしないな…」
「だから言っただろう。砂漠の旅は容易なものではないのだ…特に、我々のような種族にとってはな」
「そうだな…はあ…」
俺は、キョウラの方を見た。
キョウラは砂に足を取られることもなく、スイスイと進んでいる。
山の時とは逆に、俺達よりも彼女の方が前を行っている状況である。
「姜芽様、大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかな…。てか、なんでキョウラはそんなに早く歩けるんだ…?」
「私達魔法種族は、悪路は得意でして。砂漠や沼地でも、いつもと同じように移動できるんです」
「それは羨ましいな、はあ…」
原理はよくわからないが、実際に悪路を歩いた後だとシンプルに羨ましく感じる。
歩く道はあるが、思うように進めない、というのがこんなにももどかしいものだとは。
「へえ、いいねえ。聖女さんに心配してもらえるなんて、羨ましい限りだぜ」
「全くだ。オレたちなんか女の子と話した事すらろくにないのに」
イルクとミロウがぼやく。
俺は別に、キョウラとの会話に何か特別な思いがある訳では無いのだが…でもまあ、女の子とろくに話した事がない、っていうのにはちょっと同情するが。
さらに数十分後。
「なあ、まだなのかよ…?」
ミロウがうんざりしたように言った。
「もう少しだ。キョウラに心配かけないためにも、頑張ろうぜ」
煌汰がそういうと、2人はため息をつきながらも了承した。
と、俺はここで妙なものを見つけた。
「ん…?なんだあれ?」
それは空を舞う鳥…のようだったが、翼が異様に大きく、体は真っ赤で、くちばしが異様に鋭い。
さらに、目が4つある。
明らかに、普通の鳥ではない。
それは、こちらへ向かってくる。
「あれは…異形だ!」
叫ぶや否や、輝は弓を射った。
「弓技 [光陰一矢]」
矢は異形を撃ち抜いた…と思いきや、異形は体を傾けて矢をかわしてきた。
「…っ![分裂矢]!」
輝はすぐに次の技を入れたが、やはりかわされた。
「[フリーズモール]!」
煌汰が異形の体を凍らせると、異形は地上に落ちてきた。
そこへキョウラが魔法を打ち込み、異形を粉砕した。
「よし…」
「鳥系の異形…『レッドイーグル』か。どうしてこんな所に…」
「無論自然に現れたものではない。《《招かれた》》のだ」
ラギルの言葉に、全員が彼の方を見た。
「まあいい…先を急ごう」
そうして歩みを再開した矢先、俺の目の前の砂の中で何かが暴れ出した。
「うわっ!…今度は何だ!」
それは蛇だった…体がピンク色で、やたらと太かったが。
思わず斧を振り下ろすと、あっさりと切れて動かなくなった。
「はあ…びっくりした…」
「どうした?」
「蛇がいたんだ…ピンク色でやたらと太い蛇が。斧を振ったら、真っ二つになったけど…」
すると、ラギルはふん…と鼻で笑うようにしてから、
「そうか…それはよかったな」
と言った。
「え?」
「それは『ヴェルニール』という蛇系の異形だ。毒を持ち、噛まれると毒を受ける事がある。血が止まらなくなり、負傷した時の流血と痛みが増し、やがては肉が溶けていく、出血性の毒をな」
恐ろしい毒だ。
人間界の毒ヘビなんかとは、わけが違う。
俺は虫や生き物は小さい時から好きだが、毒のある生き物に触るのはごめんだ。
「うーわ…噛まれなくてよかった」
「この砂漠では珍しくはない。だが、噛まれると厄介だ…解毒手段があれば別だが」
そうだ、ここはRPGの世界みたいなもんだ。
なら、毒を治療する手段もあるはずだ。
「解毒手段、って何々あるんだ?」
「市販の解毒薬を使うか、あるいは解毒の魔法か…基本的には、このどちらかだな」
「そうか…解毒薬なんて、誰か持ってるか?」
「いいや。馬車にはあったと思うけど」
「僕も持ってきてないな」
煌汰も輝も持ってないらしい。
マジかよ…と思った直後、キョウラが救いの手を差し伸べてきた。
「私も解毒の薬は持っていません。ですが、解毒の魔法なら使えます」
「本当か!」
「はい。他にも麻痺、睡眠、混乱の治療が可能です」
結構広範囲の状態異常に対応してるらしい。伊達に僧侶…いや、修道士ではないということか。
そう言ってるそばから蛇の異形が砂の中からキョウラめがけて飛びかかってきたが、彼女は光の魔法で一撃で葬って見せた。
やはり、キョウラを連れてきたのは正解だったようである。
「いいなあ…やっぱり修道士は仲間にするもんだな」
全面的にイルクに同意する。
時折水を飲みながら、灼熱の砂漠を進み続けた。
そして、とうとう目的地に到着した。
「あそこだ」
インディー◯ョーンズとかに出てきそうな、砂漠の中にぽっかりと口を開ける谷。
それはかなり幅が広く、そして深い。
「ここか…だいぶ深いな」
「なるほど、確かにここなら暑さも避けられるし、何かやっててもバレにくいな。祈祷師達の巣窟になっててもおかしくはない」
輝が、谷を覗き込みながら言った。
「で、どうやって降りるんだ?」
そう言ったら、イルクに肩を叩かれた。
「おいおい、姜芽さんよ…冗談はナシだぜ」
「…は?」
「このくらい、飛び降りで大丈夫だろ?」
「…はあ!?」
奴の正気を疑った。
ここから谷の底までは、おそらく数十メートルはある。まともに飛び降りたりなんかしたら、普通は即死するだろう。
と思ったら、
「だな。こんくらい降りれなくてどうすんだ。男なら、ビビんねーで一気に飛び降りようぜ?なあ、兄貴?」
ミロウがそんな事を抜かした。
「…そうだな。姜芽殿、俺達は先にいかせてもらう」
そうして、ラギル達は飛び降りていってしまった。
「あ、お、おい!」
「むちゃくちゃする奴らだな…」
煌汰はため息をついた。
やはり、煌汰も飛び降りたりはしないか。
「よし、僕らも行こう!」
…っておい。
「いやいやいや、待て待て待て。この高さから降りたら、普通に考えて死ぬだろ」
「え?何言ってるんだ?僕らは異人だ、このくらいの高さならどうってことないよ」
「そうそう。ほら、行こうぜ煌汰」
「うん!姜芽、それにキョウラ。僕らもお先させてもらうぜー」
煌汰はそう言い残し、輝と共に落ちていった。
「大丈夫なのか、本当に…?」
「大丈夫かと思います。異人の肉体は、人間よりずっと強靭ですから」
「そう…なのか…?」
「はい」
キョウラは自身の体を透明な球体に包む。
「何してるんだ?」
「体を魔力で包み、ゆっくり降りるんです。私達は、物理種族に比べて体が弱いので」
「そうか…え、本当に大丈夫かな…?」
「大丈夫ですよ。姜芽様、勇気を持ってください」
「よ、よーし…」
深い谷底を見つめ、覚悟を決める。
そして、
一気に飛び降りた。




