第321話 亡者の悪夢
ふと目が覚めた。
まだ辺りは暗い。
時計を見ると、1時を過ぎたところだった。
外は晴れているのだろうか。
窓から差し込む月の光が、室内を優しく照らす。
しかし、突如それは暗い何かに遮られた。
「…?」
窓の外を見ると、1つの人影が見えた。
月の光を遮ったのは、こいつか。
しかし、こんな時間に誰だろう?
しばらく見ていたが、それは妙にゆっくりと、変にふらふらしながら歩いていて、何やら言葉にならない違和感を感じた。
気になった俺は、念の為斧を背負って外に出た。
俺の部屋はラスタ全体で見ると裏側のほうなので、窓から見えたところへ普通に行こうとするとぐるっと回っていかなければならない。なので、窓から出た。
外を歩いているものは、こちらには気づかず離れるように歩いていっている。
やはり歩き方が変だ。
声をかけると、それはゆっくりと振り向いた。
その顔は、あちこちが赤褐色に変色した、化け物のようだった―
唸り声を上げて突っかかってきた化け物を、咄嗟に斧で切り上げた。
顎から真っ二つにする勢いで切ったが、それは怯みもせずにまた向かってくる。
これはもうまともな存在ではないと判断し、左手をかざして魔弾を飛ばす。
すると化け物は地面に倒れ、動かなくなった。
「なんだ、今のは…」
その直後、背後に何者かの気配を感じた。
斧を構えて振り向くと、セキアがいた。
「…!あ、なんだ、セキアか」
「姜芽さん…!大丈夫だった!?」
「ああ…どうした?なんか妙に焦ってないか?」
「それがね…大変なの!墓地の結界が壊された!」
「…え!?そんなことあんのか?」
「もちろん、偶然なんかじゃない…誰かが、楔を1本抜いたみたい!」
「えっ…!?」
楔って、昼間俺達が打ち込んだやつだよな?あれを抜いたって…え?そんなことする奴がいるのか?
「わたしもついさっき気づいたの…ふと目が覚めて、結界の魔力が弱まってるなーって思ったら…結界が消えてて!」
結界の魔力…って。俺はそんなのまったくわからなかった。
さすがは魔女と言ったところか。
「じゃ、今倒したこいつは…!」
目をやると、それはまた立ち上がってきた。
「なっ…!」
「火ではダメ!光の攻撃を使って!」
セキアに言われるがまま、光の術を唱える。
「光法 [スコールフラッシュ]!」
化け物は卒倒し、今度こそ動かなくなった。
「こりゃなんだ…ゾンビか!?」
「正確に言うと、『リビングアール』…亡霊系の異形。死んだ者が、邪悪な力で異形として蘇ったもの!」
「アンデッド系の異形ってことか…でも、火が効かないのは意外だな」
こういうゾンビ系のモンスターってのは、光もだが光にも弱いのがお約束ってイメージがある。
「いや、そうじゃない…本当は、リビングアールにも火は効くはず」
「え?それじゃ、なんで…」
「彼らが、元々レヌゥ症候群で命を落とした者だからよ」
「どういうことだ?」
「姜芽さん、覚えてる?レヌゥ症候群で亡くなった者は、火葬できないってこと…」
そう言えばそうだった。
それで、この前亡くなった女の子…ターニアだっけ?も火葬も何もせずにそのまま埋葬したんだった。
「ああ。あとなんだ、体が異様に硬いから解体もできないって…あ!」
俺が気づくと共に、セキアは頷いた。
「そう。彼らは、死んだ時から火には耐性があるし、体が硬い…つまり防御力が高い!」
「なるほど…それで顎を斧でぶった斬っても傷もついてなかったわけだ。てか、そう考えるとまずくないか…!?」
「ええ…しかも奴らは、アンデッドと同じよに生きている者を襲おうとする。このままじゃ、村の人たちが…!」
「…それだけは食い止めなきゃなんねえ!苺たちを起こして、助太刀してもらおう!」
「うん!姜芽さん、みんなを呼んできて!彼女たちが来るまで、わたしがどうにか食い止めるから!」
「ああ…頼んだぜ!」
慌てて俺はラスタ内に戻り、苺たち光使い組を全員起こしに走った。
途中で危うく無関係な猶なども起こしそうになったが、生憎今回は彼らの出番ではない。安らかに眠っていてもらうために、部屋の前では静かに歩いた。
結局、苺たち修道士組の他、亜李華のお目付け役であるレナスを起こした。彼女らは皆、事情を説明するとすぐに起き出してきてくれた。最も、事情と言っても「墓地からゾンビが溢れてきて、セキアが戦っている。このままではまずいから助太刀してほしい」としか説明できなかったが。
外へ飛び出すと、ちょうどセキアがこちらへやってきた。
「あっ、姜芽さん!みんなを起こしてきてくれたのね!」
「ああ…状況はどうだ!?」
「それが…気づくのがちょっと遅かったみたいで…!」
「えっ…!?」
その言葉で、最悪の可能性がよぎった。
「あっ、大丈夫…村の人たちが襲われたわけじゃないから」
「…ならよかった。じゃ、遅かったってのは…?」
「奴らが墓地を完全に抜け出して、村のあちこちにいるの!姜芽さんの仕留めた死体を持っていった時に確認したんだけど、もう墓地にはひとつも死体が残ってなかった!」
俺が呻くと同時に、亜李華が驚きの声を上げた。
「そんな…!結界は頑丈に張ったはずなのに!」
「とにかく、今はあの死体たちをおとなしくさせなきゃ。そして、元通り墓地に戻さなきゃ。彼らはあくまで元は死体だから、与えられた生命力をゼロにすればただの死体に戻るはず!」
「ってことは、奴らを見つけたら光で倒せばいいんだな!」
「うん…!苺さんたちも、お願い!」
「ええ…!」
かくして、死体の掃討作戦が始まった。
村のあちこちにいる動く死体を見つけ、光の術を浴びせて倒す。完全に息の根が止まったことを確認したら、墓地の前まで持っていく。
これは、セキアにそうするよう頼まれたことだ。
恐ろしいことに、村の家のドアや閉まった窓をガツンガツンと叩いているやつもいた。
もちろんすぐに倒したが、もうちょっと来るのが遅れていたらドアを破られていたかもしれない…想像すると恐ろしい。
幸いにもそのような奴はあまり多くなく、村の中をうろついているものが大半だった。
奴ら自体の動きは遅く、焦らずに対処すれば怖くない。ただ物理攻撃が効かないので、あくまで光の術で対処する必要はあるが。
苺たちは問題ないだろうが、俺にとってはいつもと違った戦い方を強制されるようなものだ…できないわけではないが、こんなに光魔法を連発するのは初めてだ。
また、途中で見覚えのある顔を見つけた。
それはまさしく、先日埋葬したあの女の子…ターニアだった。
しかしその顔は赤黒く染まっており、もはや彼女もまたこの村を彷徨うゾンビの一体でしかないのだということを感じさせられた。
そうして、どうにか村中の死体たちの掃除が終わった。
全ての死体をセキアがまとめ、再びきれいに埋葬した。
「それにしても、どうして結界が消えたのでしょう…」
キョウラの言うように、張ったはずの結界は限りなく薄れていた…というか、ほぼ消えていた。
「わざわざ魔幻の楔を使って作った結界が、勝手に消えるとは考えにくいな…あり得るとしたら」
レナスの言葉に、セキアが答えるように言った。
「誰かが小細工した」
みながセキアを見た。
「わたし、最初にここに来て結界を確認したの。そしたら、楔が1本抜かれてた…姜芽さんには言ったけどね。闇のほうだった。まあ、詳しいことは明日にしましょう。ひとまず、今は寝ましょう…」
そうして、俺達は銘々の部屋に戻った。




