第295話 奇妙な病
村の片隅にある小さな家の前で、1人の青年に出会った。
緑の髪に青色の目をし、白っぽい服を身にまとった彼は、俺達を見るなり気さくに挨拶をしてきたが、何やら妙な存在感を感じる。
それはタッド達も同じなようで、彼に対する視線はこれまでの村人達へのそれとは少しばかり違っていた。
「僕はフォル。この村のガリバーだ」
ガリバー、と聞くと旅行記しか出てこないのだが、輝の説明によると、この国のガリバーとは村や町に存在する一種の自警団のような組織らしい。
「自警団って…この辺、そんなに危険が多いのか?」
「この辺というより、この国自体が危険が多いと言ったほうがいいな。外には凶暴な異形や野生動物がいるし、サードル旅団みたいなたちの悪い異人だっている」
「そういうこと。この村も、何度かサードル旅団や略奪者に襲われたことがあってね。そういう時は、僕らの出番ってわけだ」
たくましい限りだ。というか、そういう時に傭兵の皆さんに出てきてもらいたいものだが…。
その時、後ろから誰かが走ってきた。
それはピンク色のショートヘアに赤い目をした少女だった。
「マスター!持ってきたよ!」
マスターと呼ばれ、青年は振り向いた。
「ああ、ありがとう。それじゃ、いつも通り頼めるかな?僕は、このお客さん達の相手をしなきゃない…」
「わかった。やってくるね!」
少女は階段を駆け上がっていった。
「あれは?」
「彼女はセナベル。僕と同じ、この村の自警団さ」
「マスター、って言ってたが…」
「彼女は、僕をそう呼ぶんだ。なんでかはよくわからないんだけど、あの呼び方にこだわりがあるみたいでね。何回も普通に名前で呼んでくれていいよって言ったんだけど、マスターって呼んでくるんだ」
「君が上官なの?」
「一応ね。僕は自警団の隊長だから」
「それなら、結界オーライじゃない?」
「まあ…そう、かな。それじゃ、僕はそろそろ村周りのパトロールに行ってくるから、失礼するよ。セナベルと話してみたいなら、階段の上にある家を訪ねてみるといい」
「わかった」
そうして階段を登った先の家は、扉が開いていた。
そして、先ほどセナベルと呼ばれていた少女は後ろを向いていた。
家には入らず、外から声をかける。
すると、彼女はすぐに振り向いた。
「あ、さっきマスターと喋ってた人たちか。どうぞ、入ってきていいよ」
そう言われたので、家に上がらせてもらった。
「君、セナベルって言うんだろ?フォルから聞いたよ」
「うん、私はセナベル。あなた達は?」
「俺は姜芽。こっちは輝、タッド。で、彼女はキョウラだ」
「へえ…そうだ、種族は?あなたと彼女は、同族じゃなさそうだけど」
「俺は守人、キョウラは僧侶だ」
「守人と僧侶かあ…その組み合わせだと、冒険家かな?」
「まあそんなとこだ。他にも仲間いるけどな」
ところで、セナベルは後ろを向いて何をしてたのだろう。そう思って身を乗り出して覗いてみたら、ベッドに女の子が寝ていた。
「その子…何か病気なのか?」
「うん。『レヌゥ症候群』っていう、最近ロロッカ中で流行ってる病気なの…」
「ロロッカ中で?」
「そう…」
セナベルは、言いながら少女の額を拭き、ポーションらしき液体を用意した。
「あれ、それは再生のポーションでは?」
「そうだよ。この病気には、現状再生のポーションが唯一の薬だから」
「どういうことですか?」
ポーションを注射器のような器具に入れ、先端を少女の口に入れて飲ませると、セナベルは口を開いた。
「この病気…レヌゥ症候群は、筋力と知能が徐々に衰えていって、最終的には全身が石化したように硬くなって亡くなる病気でね。今のところ、完治する方法が存在しないんだ。でも、再生のポーションを使うと進行を遅らせられることがわかって…」
「なるほど…しかし、知能の退化とは?」
「そのままだよ。段々と知能が落ちて、あらゆる方面でできることが減っていく。元々健全な大人だった人でも、そのうちまともに喋ることもできなくなる」
「えっ…!それでは、その方は…」
「この子もだいぶ症状が進んできてる。一か月くらい前までは普通にコミュニケーションを取れてたんだけど、今じゃ自分の名前と、簡単な言葉を喋るくらいしかできない」
「そんな…!」
「でも、これでも持ったほうなんだよ。ポーションがなかったら、おそらくもうとっくに死んでた」
薬がなければ一か月で死に至る病か。癌などの下手な病よりよほど恐ろしい。
「めちゃくちゃ怖い病気だな…一体何が原因なんだ」
「それが、よくわからないの。たちの悪いウイルスのせいだとか、ある種の植物が原因だとか、色々言われてるけど…」
「この村に、他にもこの病気に罹ってる奴はいるのか?」
「うん…この子の他に4人いる。本当はあと3人いたんだけど、みんな亡くなってしまった。遺体は、村の裏手にある墓場に埋めてある」
「遺体をそのまま?火葬しないのか?」
「したくてもできないんだよ。どういうわけか、レヌゥ症候群で亡くなった人の遺体は火に耐性があって燃えないし、異様に硬いからばらしたり、動物の餌にしたりもできない。だから、そのまま埋めるしかないの」
「そうか…そりゃ辛い話だな。ろくに弔ってやることもできないなんて…」
「私達も辛いよ。けど、一番辛いのは遺族の人たちだと思う。原因不明の病気で、大切な人を失うなんて…」
セナベルは悲しげな顔をした。
それを慰めるかのように、タッドが尋ねた。
「この子の名前は?」
「え、名前?名前は、ターニア」
「ターニア、か…」
彼は、目を閉じたままの少女の額を撫でた。
「大丈夫だ、きっと助かる。こうして薬も飲ませてもらってるんだから。…安心しなよ」
セナベルの言っていた通り、この病気は治らないし、ポーションも進行を遅らせるだけで止めるわけではない。
つまり、彼女は…。
だが、タッドは優しく穏やかに…まるで、自分の妹を思う兄のように、少女に声をかけていた。




