第17話 隠者ロイゼン
酒場を出て、当てもなく歩いていた時のことだった。
「?」
たまたま通りがかった家から、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
人の家に無断で上がりこむのは気が引けたが、もし揉め事が起きているのなら放っておけない。
靴を脱ぎ、家に入った。
声のする部屋へ導かれるように進み、入る。
そこでは、若い男女が5人の男達に詰め寄られていた。
「だから、その嬢ちゃんをよこせって言ってんだろ!」
「ダメだ…!彼女は僕の恋人なんだ、お前らなんかに渡すか!」
「…」
男は女を庇うように男達の前に立ちふさがり、女は男の背後で怯えている。
「あのなあ若造、その女は俺達のだいじなだいじな商品を盗んだ泥棒猫なんだぜ?命が惜しけりゃそいつを渡しな」
「泥棒はどっちですか!恐喝紛いの事をして、私達から色々物を取っておいて…!」
女は、震えながら必死に口答えする。
「そんなこたぁどうでもいいんだよ。…ほら、さっさとそいつをよこせ!」
「誰が、お前らなんかに…!」
「そうか。…なら仕方ねえ、やっちまえ!」
ここで、俺は叫ぼうとした。
だが、その必要はなかった。
「おっと、そうはさせんぞ」
くぐもった声と共に、何かが虚空から現れた。
それは、紫の仮面…というか目出し帽みたいなのを被り、紫のマントに身を包んだ人物だった。
「…!?ロイゼン…!」
男の反応、そして外見的特徴からして、あいつが隠者ロイゼンのようだ。
「一人を集団で襲い、女子供を奪おうとするとは許せん。私が相手をしてやる!」
「…くそっ、またロイゼンか!覚えてろよ、必ず仕返ししてやるからな!」
男達は捨て台詞と一瞬の青い光を残し、虚空に消えていった。
「あ、あの…」
男と女は、震えながらロイゼンに話しかけた。
「ロイゼン様…ありがとう、ございます…」
「気にするな。私は諸君の味方だ!」
ロイゼンはぐるんと一回転し、マントに身をくるんで姿を消した。
今のが隠者ロイゼンか。
確かにヒーローではあるのだろうが、少しカッコつけ過ぎのようにも思えた。
それから約2時間後。
俺は町の中を適当に見て回っていた。
何のことはない、防人の町というのがどんなものなのか気になっただけである。
俺の同族の種族でもあるわけだが、どんな生活をしてるんだろうか…と思った訳だ。
しかし、見た限り普通の人間とさして変わらないようだった。
子供達はみんなで楽しく遊び、大人達はいそいそと働いている。
この町の防人は、人間も入り混じってはいるが、皆穏やかで平凡な日々を送っているようだ。
俺もどこかで何かが違っていれば、こんな人々と同じような生活を送っていたのだろうか。
なんとなく、異世界スローライフもののラノベのような日々を想像した。
それもまあ、悪くはないだろう…
と思った矢先、ちょっと嫌なものが目に飛び込んできた。
それは路地裏の光景だった。
数人の男達が一抱えほどの木箱を荷車に乗せていたのだが、その中の一人、他の奴らとは服装が違う茶髪の若い男が目についた。
そいつは、なぜかおどおどしており、落ち着きがないように見える。
なんか気になったので、大きな樽の陰に隠れてしばらく様子を見ることにした。
しばらくの間、青年は他の男達に怒号を飛ばされながらも木箱を荷車に積み込んでいたが、突然木箱を落として叫んだ。
「…あーっ!ダメだ!」
「な、何だ!」
「やっぱり、俺には麻薬の運び屋なんて出来ない!」
「ちょ、おい!待て!」
青年は、男達の静止を振り切って逃げようとしたが、ダメだった。
「残念だが、逃がしゃしないぜ…貸した金の分働いてもらわなきゃないんだからなあ?」
「そうそう。ま、お前が俺達の片棒を担がないってんなら、それでもいいんだぜ?お前の家族を売り飛ばすだけだからな!」
「…お前ら、卑怯だぞ!一方的に金を押し付けてきて、すぐ返さなかったからって借りたことにしやがって!」
なるほど、要は押し貸しか。
この世界にも闇金業者みたいなのがいるらしい。
「過程はどうだろうが、使った以上は返してもらう。借りたものを返すのは当然の事だろ?」
「…っ!なら、今すぐ広場に行って、お前らの悪事をみんなにバラしてやる!」
「なんだと…?いいぜ、やれるもんならやってみろ!」
男達は剣を出した。
まるっきりマフィアだ。
「ちょっと待て!」
聞き覚えのある声がした、と思ったら、またしてもロイゼンが現れた。
今度は、屋根の上からの登場だった。
「隠者ロイゼン…!?」
「何の罪もない人に一方的に金銭を貸付け、脅迫的な取り立てをし、挙げ句には家族を人質に取って麻薬の密輸をさせるとは…貴様らのような悪党は、私が成敗してくれる!」
「ちっ…ロイゼンか。いいぜ、ここで始末してやらあ!」
男達は集団でロイゼンにかかったが、ロイゼンは武器も使わずに相手を切り返し、互角にやり合って見せた。
そして、最終的には全員を打ち負かした。
「ちっ…お前ら、退散だ!」
そして、ロイゼンは青年の方を見た。
「青年よ、大丈夫だったか?」
「あ、ああ。でも、家族が…」
「それなら心配はいらない。君の家族は、すでに開放している。安心して帰宅したまえ」
「本当か…!あ…ありがとう…!」
「礼には及ばん。この私がいる限り、悪人は存在し得ない!」
そして、奴はまたマントに身をくるんで消えた。
やっぱり、カッコつけ過ぎである。
もう町も一通り回ったので、少し早いが馬車に戻ろうと思い、町外れに行く途中、若い女に声をかけられた。
その顔は、なんだか見覚えがある…と思ったら、酒場のマスターの娘だった。
確か…ナイアだっけか。
彼女は果物とワインボトルが入ったかごを持っていた。
「今時間ある?」
「まあ、1時間半くらいなら」
「じゃあさ、ちょっと話でもしない?」
「別にいいけど…」
「じゃ、決まりね」
そして、町中の広場のベンチに座った。
「あんた、何してたの?」
「町を回って戻る所だ。そっちは?」
「買い物。親父に頼まれてね」
「そうか。…酒場やってるのにワイン買ってくるのか」
「親父は変なやつでね、ワインだけは絶対に自分の店のは飲まないの。だから、こうして私が買ってきてるわけ」
「へえ…変わってるな」
「でしょ。…ふー」
彼女は肩を上げて落とし、足をだらんと伸ばした。
こうして見ると、結構きれいだ。
「あなたは白い人だって言ってたよね。白い世界って、楽しいの?」
「うーん…難しいな」
そんな事を聞かれても返答に困る。
「私、白い世界に興味があるんだよね。いつか行けたらいいな…って思ってるんだけど」
そうは行っても、この世界から人間界に行く方法なんてあるのだろうか。
いや、まあ無いことはないんだろうが…。
「でもさ、実際どうなんだろうな…って思ってね。だから、ついこの前まで向こうにいた人に聞いてみようと思って」
「いや、そんな事聞かれても…その…返答に困るんだよな。楽しいかどうかで言われると…まあ…そうだな…」
すると、ナイアは鼻で笑った。
「別にいいよ、無理して答えなくても。私だって、今の生活が楽しいか?って聞かれたら困るし。ただ、私の勝手な気持ちで聞いただけだから」
「なんかごめんな」
「気にしなくていいって。てかさ、あなた斧使いみたいだけど…戦闘の経験はあるの?」
「一応はな。転移してきてすぐに防人の盗賊と戦ったし、セドラルの近くの洞窟で異形とも戦ったしな」
「そう。なら、基本は出来てそうだね。
私も斧使いなんだけどさ、使うのなかなか大変だよね」
「だな…重いし、扱い方に癖があるしな」
「だけど、破壊力はすごいのよね。多少力がなくても、とりあえず当てればデカいのが、斧の魅力なんだよね」
「かもな。ま、俺はまだ斧を使い始めて日が浅いんだけどな」
「私だって浅いよ。15になった時に貰って、まだ10年しか使ってないしね」
「そ、そうか…」
10年『しか』か。
人間界なら、一つの事を10年もやっていればベテランと呼ばれてもおかしくあるまい。
でも、異人にとってはわずかな時間なのか。
「ま、あんたもそのうち有名な斧使いになれるはずだよ。私も頑張るからさ、あんたも頑張ってね」
「ああ…ありがとな」
そう言って、ナイアは去っていった。
なんだろう、普通にいい奴だったな。




