第189話 マスカー・バレー
彼らは雪の積もった森の中を進んでいく。
俺たちは、時折雪に足を取られながら何とかついていった。
道中で、メニィが小声で聞いてきた。
「姜芽さん…あの人達、信じて大丈夫なんですか?なんか祈祷師みたいだし、明らかに怪しいですよ…」
気持ちはわかるが、今はこうするより他にない。だから我慢してほしい、と俺が言うと、龍神も追撃するように言った。
「大丈夫だ。奴らは祈祷師とは関係ないし、悪い奴らじゃない。信じてみよう」
彼女は納得はしたようだったが、それでもまだ不満は言いたげだった。
青仮面の言っていた通り、彼らの集落まではそう遠くなかった。雪道を歩いて向かっても、10分くらいで辿りつくことができた。
案内される途中に集落の中をちょっと見回してみたのだが、竪穴式住居のような家が並んでいた。
そのせいか、なんというか原始的な雰囲気が漂っている。
やがて、青仮面はある家の前で立ち止まった。
「この家を使うといい。多少窮屈かもしれないが、寒さはしのげるし寝ることはできるだろう」
見た目にはお世辞にも広い家とは思えない…が、それは俺たちの馬車も同じである。
入り口には扉であろう木の板が立てかけられており、これを押しのけて中へ入る。
家の中は思ったよりちゃんとしていて、床には床板も敷かれている上に囲炉裏や座布団のようなものもあり、寝床も複数あった。
また奥の部屋もあるようで、奥へ続くらしい通路も見える。
青仮面は、とりあえず今日はここで寝られよ、話は朝聞くと言って出ていった。
ちょっと不安だったが、意外としっかりした家なようでなんか安心した。
寒さも外に比べるとずっとマシだし、寝床として置かれた木のベッドも見た目はアレだが実際に使ってみると意外と暖かい。
これなら、少なくとも休む分には問題なさそうだ。
輝の他数人がここで寝ることを戸惑っていたが、彼らはどうやら枕が変わると寝られないタチらしい。
まあ気持ちはわかるが、それでは旅などできないぞ、という龍神とラウダスの意向を聞いて納得したようだった。
翌朝、目覚めたのは10時過ぎ。
さすがにこれ以上寝過ごすのはまずいので、まだ寝ている者を起こした。
だいぶ遅くなってしまったな…と思っていると、あの青仮面が入ってきた。
「お目覚めのようだな」
あまりにタイミングが良すぎたので、まさかどこかで見てたのか?と聞いてしまったのだが、その通りだったらしい。
「失礼ながら、この仮面を飛ばして貴殿らの様子を一晩見させてもらった。貴殿らを怪しんでいるわけではないが、単なる賊の一行の可能性も捨てきれなかったのでな」
なるほど、納得がいく理由だ。
ところで、仮面を飛ばす、なんてことできるのだろうか。マスカーは仮面が本体だと聞いたのだが。
それについて聞くと、青仮面は「ああ、そうだったな。これは失敬…」とか言って仮面を取った。
その下には、きれいな女の顔があった。
髪は短く緑色で、瞳は左右ともに黄緑色。唇は口紅を塗ったかのように赤く、肌はシミやニキビの一つもなく、美しい。
何となくだが、化粧をしているようには思えなかった。
「私はペルソナ、マスカーの上位種族だ。名をミズハ、姓をアイ。このバレーの長も務めている」
バレーとはペルソナ独自の言葉で、集落を意味すると後で知った。また名乗り方も独特だが、これもペルソナ特有のものらしい。
「ペルソナ…!こんなに早く会えるなんて!」
そう言ったのはラウダス。彼も、ペルソナには会ってみたかったらしい。
「おお…すげえ美人さんじゃねえか…!」
樹が喜びの声を上げたが、龍神が「こいつは男でも女でもないぞ」と牽制した。
「左様だ。我が種族にとって、男女の区別など意味も価値も無い。我らはみな、無性別だ」
「そ、そうなのか…しかし、それにしてもきれいだな…」
見惚れている樹を放っておき、俺は青仮面に尋ねた。
「それより、食事をしたいんだが…」
「それなら、すでに用意してある。こっちだ」
まだ寝ぼけてる連中の目を覚まさせ、青仮面についていく。
…無性別なのは結構だが、そうなると「彼」と呼ぶべきなのか「彼女」と呼ぶべきなのかわからない。
まあ、青仮面の素顔と声は女性そのものだったので、「彼女」とすることにしよう。
彼女に案内された先は、集落の真ん中に置かれたやたら大きなテーブル。
その上には大量の料理が乗っていたが、どれも今まで見たことのないものだった。
「すげえ…!めちゃくちゃ豪華だ!」
「当然だ。我がバレーにこんなに多くの客人がくるのは500年ぶりだからな」
「500年ぶり…」
すごい年月である。というか、こいつはそんなに生きてるのか…いや、上位異人としては大した年月じゃないんだろうが。
「さあ、席についてくれ。貴方達が食事を終えたら、話をお伺いする」
食べてる最中に聞いてくれてもよかったのに…というのは、さすがにお行儀が悪いか。
とりあえず着席し、頂くとする。
見た限り、出された料理はロシア料理に近いものが多い印象だった。ボルシチのようなスープもあれば、ビーフストロガノフのような肉料理もある。
前者は色は完全にそれだが酸味がほぼなく、後者は色が真っ白くシチューのようにも見えたが、味が明らかに違った。
このあたりはジルドックの中ではまだ寒さがマシな地域で、農作物はある程度自由に育てられ、酪農も可能なため、作れる料理のレパートリーも多いのだと言う。
その情報に加えて料理の感じからすると、人間界のロシア辺りと気候が似てるのだろうか。
数多くの料理が並んでいたが、意外にもその中に魚介料理はなかった。
青仮面…もといミズハ曰く、この辺りの水棲生物は異形含めて毒性が強いものが多く、食べられないそうだ。
別に魚料理が好きというわけではないのだが、そこだけはなんかちょっと残念な気がした。
ちなみに、マスカーも人並みに食事をとるらしい。
肉体がないのに食事の必要がある、というのはいささか不気味だが、樹の言っていた通り、彼らは生物なのだろうか。
少なくとも、ペルソナは生物であるように感じられる。
全員が食べ終わったことを確認すると、ミズハは手を伸ばして食器類を浮かせ、そのままスライドするように動かして隣の洗い場らしきところに運んだ。
そこには多くのマスカーがスタンバイしていて、食器が来るや否や洗い物を始めた。
まるで、召使いである。
「さて、ではお話を伺うとしようか」
彼女は仮面を外し、どこか爽やかな顔を見せた。




