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黒界異人伝・異世界英雄譚 -ようこそ、造られた異世界へ-  作者: 明鏡止水
間章・仮面の者

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第183話 寒い夜の道

 進むにつれて標高は上がり、寒さがじわじわと増していく。

やがて日は暮れ、あたりも次第に暗くなっていった。

雨はそのうち雪へと変わり、岩肌を白く染めていく。


その冷え込みは、馬車の中にまで届いていた。

「寒いな…」


「今、外では雪が降ってるんだ。寒いのも当然か」


「雪か……」


 メニィとセルクは、窓の外を見ながらはしゃいでいた。どうやら2人は、雪を見るのは初めてらしい。

まあ、サンライトは砂漠の国だ。雪など降るはずもない。


ちなみに、サンライト出身で雪を見たことがないのはこの2人だけで、修道士たちやラウダス――ついさっき聞いたが、彼もサンライト出身らしい――は、過去に雪を見た経験があるという。


 彼らの中でも、雪に対する思いはそれぞれ異なる。

たとえば、キョウラと彼女の母・吏廻琉(りえる)は、まるで正反対の考えを持っていた。


「雪の積もった道を歩くのは大変ですし、除雪も苦労しますが…私は冬が好きです。理由は自分でもよくわからないんですが…とにかく、昔から寒さと雪は好きなんです。それに、子どもにとっては、雪って楽しい遊び道具でもありますしね」


「雪、ねぇ。積もった様子は綺麗だけど…歩きにくいし寒いし、あまり好きじゃないわ」


 とはいえ、キョウラがサンライトの砂漠を苦もなく歩いていたのを俺は覚えている。

彼女いわく、魔法種族は悪路には強いらしいが――まあ、細かいことは言わないでおこう。


「雪は、雨の本来の姿なんだ。けれど気温が低くないと、それを見ることはできない。高いところで生まれたそれが、落ちてくる途中で溶けてしまうんだから…でも、そもそも、どうして“温度が高いと溶ける”のか。僕はそこに興味があるんだ。雪や雨は空から落ちてくるけど、僕たちには想像もできないくらい高い空の上では、どんなドラマが起こっているのだろう…僕にとって雪は、研究と冒険のロマンをかき立ててくれる存在なんだよ」


 ラウダスは、無駄に長い話を熱っぽく語った。

まあ、彼が学者兼探検家であることは疑いようもない。熱意だけはしっかり伝わってきた。


「雪は…昔はよく見ていました。私がまだ幼かった頃は、サンライトにも雪が降っていたんです」


 苺は、どこか懐かしげで、それでいて少し切ない顔をしていた。

彼女の“幼い頃”というのが、どれだけ昔の話なのかは想像もつかない。


だが、あの灼熱の地にかつて雪が降っていたというだけでも、どこか感慨深かった。


「とはいえ、この寒さはちょっと辛いわね。姜芽、お風呂、空いてるかしら?」


その一言で、苺はすっと“素の苺”に戻っていた。もう今更驚きもしない。


「ああ、大丈夫だ。さっき猶が上がったところだから、今は誰も入ってないと思うぜ」


「わかった。ありがとう」


苺はそう言って、風呂場へと消えていった。




 寒さのせいで樹は元気がなかったが、逆に煌汰は妙にテンションが高かった。

今も「ジルドックに来た記念に朝まで飲もう!」と意味不明なことを言っている。


ちなみに龍神と猶は、すでに酒を酌み交わしていた。

殺人者である彼らにとって、ジルドックは第二の故郷のような場所らしい。久しぶりに訪れるのが、よほど嬉しいのだろう。


猶はともかく、龍神はいつでも行けた気もするのだが。


 なお、紗妃と青空はこの国の生まれだという。

どちらも元は人間で、紗妃の親は異人だったらしい。


しかし紗妃の両親は、父親はギャンブルに溺れ、母親は宗教にのめり込み――とてもまともとは言えなかった。


紗妃自身も言葉の発達が遅れ、周囲の子どもと比べて明らかに成長が遅れていたため、早々に見放されたのだという。


 そして、彼女と姉は冬の寒さの中で捨てられた。

姉は奴隷商人に売られ、今も行方不明のままだ。


「何となく、もう死んでるんじゃないかって思う。でも…どこかで生きててくれたらなって。だって、私にとっては姉さんが唯一の肉親だったんだから」


 後になってわかったことだが、紗妃は軽い知的障害があった。

姉もまた読み書きができず、間違いが多く、感情の制御ができなかったらしい。


そういう特性も、親に捨てられた理由の一つだったのだろうと、彼女は淡々と語った。


「今まで、生きてくのが本当に大変だった。仕事もろくにできないし、人の言うこともよくわからないことが多くて…結局、盗みと殺しでしか生きられなかった。ゼノスが潰れてからは盗賊一本だったけど、それもつらかった。でも――」


 紗妃は言葉を切り、そして静かに続けた。


「この軍に入ってからは、ちゃんとした生活ができてると思う。少なくとも、もう飢えて死ぬことはないし…うまく言えないけど、あんたには感謝してるよ」


そう言って、彼女は髪をかき上げながら微かに笑った。

青空もそうだが、女の殺人者というのは、見た目だけなら美しい者が多い。


なのに、その殆どは環境や運命に潰されてきた…

気の毒な種族だと思う。




 夜の22時を回る頃、雪はさらに激しくなっていた。


龍神の話では、あと3時間も進めば山のふもとに着くという。

だが視界は悪く、風も出てきたため、輝と相談して馬車を停めることにした。


すると、龍神は露骨に不満げな表情を見せた。

彼はこのルートを進む際、必ず一晩で越えるという“マイルール”があるらしく、今回それが破られたことが気に入らないらしい。


 まあ、彼がそういう奴だってのは、もう慣れっこだ。

今は彼ひとりの旅じゃない。安全のためにも我慢してくれ――そう言うと、しぶしぶではあったが納得してくれた。




 寝る前に、猶から「面白いから読んでみろ」と一冊の本を渡された。

タイトルは『仮面の人々』。ミステリー小説だろうか? 暇つぶしにはちょうどいい。


明日の朝、早起きできたら読んでみよう。

そう思いながら、枕元に本を置き、布団に潜り込む。


 …真冬のような寒さだ。

電気毛布が欲しいと、心の底から思った。



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