第180話 異形の竜
倒れた騎士王の骸は、すぐに苺が術をかけて消し去った。
「おっし…!これでもう蘇ってはこないはずだ!」
龍神がグッドサインを出し、キョウラも喜びの顔をした。
「…」
イーダスは、しばらく騎士王の消えた床を見つめていた。
父親との別れがこんなものになって、彼はどんな気持ちだろう。
「…はあっ!!」
掠れたような声と共に、王女の攻撃が飛んできた。
「兄様…!どうして、どうして…!」
王子は振り向き、妹を見つめた。
「僕は、生きて動く屍を…アンデッドを斬っただけだ。あれは、僕の知る父上ではない」
そのセリフを聞いて、龍神は「そうだ、そうだ…」と頷いた。
「そんな…どうしてそんなひどいこと…!」
すると、王子は叫ぶように言った。
「ひどいことをしたのはどっちだ!父上を…誰も望まぬ形で蘇らせ、望まぬ戦いを強いた!そして、父上の騎士としての尊厳を傷つけた!…本当にひどいことをしたのは、おまえの方だ!」
初めて兄が怒る所を見たのか、それとも兄の怒りに触れると思わなかったのか、王女は肩をすくめた。
「僕だって、父上を思う気持ちはおまえと同じだ。でも、そのためだけに自然の摂理に逆らい、死してなお父上に負担を強いるのは間違いだと思う。まして、自ら異形になるなど…!」
そうして、王子は剣を再び構えた。
「シアナ…!おまえがしたことは、僕が責任を負わねばならない。だが今回のことは、もはや僕には責任を負いきれない。ならば、せめてこれ以上過ちを犯さないようにする!」
「兄様…」
ジームリンデは、その光が鈍くなりつつある二つの瞳で兄を見た。そして、ため息をつくように不気味な息を吹き出して言った。
「悲しいです。兄様が、そんな風に考えるだなんて。私の行動は、兄様のためを思ってでもありましたのに…」
そして、彼女は諦めたように言った。
「わかりました。兄様がそのようにお考えならば、私は私の考えを貫くだけです!」
そうして、王女はさらなる変化を遂げた。
「これは…!」
イーダスが息を呑む。
王女の姿は、頭部の髪と髪飾り、そして緑の目はかつてと変わらないが、その全体的なフォルムはまさしく「竜」だった。
翼を持たず、全身が灰色で、首の長い竜だ。
「その姿…あなた、まさか!」
苺が叱るように叫んだ直後、彼女はその口より放たれたどす黒いブレスの餌食となった。
吏廻琉が駆け寄ってすぐに回復したが、それでもかなりのダメージを受けたことは想像に難くない。
「これは…竜!?今の時代に竜がいるなんて…!」
そう叫んだのはラウダス。彼が驚くのも無理はない。
なぜなら、この世界の竜というのは基本的に異形の一種で、正式名称は「異形竜」と言う。そして、この竜ははるか遠い昔…『異形の戦争』があった時代にこの地を跋扈していた存在であり、異形の頂点たる存在の竜王ガルディアルが滅びたと同時に一匹残らず消え去ったはずなのだ。
「私は…もはや異人ではない。今の私は、異形の竜…」
彼女はそう言いながら、こちらにもブレスを吐いてきた。
結界を張って防ぎ、破られこそしなかったが、結界越しに恐ろしいほどの魔力が伝わってきた。
「哀れなものね!目的を見失って、異形どころか竜にまで身を落とすなんて!」
苺が叫ぶ。
「その姿を騎士王が見たら、何と言うと思う?…あなたはもう、騎士どころか異人ですらない。ただの異形…怪物よ!」
「怪物…私が…?」
次の刹那、王女は再び苺にブレスを吐いた。
しかし、今度はしっかり結界でガードした。
「この息吹…間違いなく、竜のものだわ。やはりあなたは、すでに心まで変わってしまっていたのね…」
「私は力を得ただけで、心は変わっていません。歴史に出てくるような、獣の竜とは違います」
「自覚がなくとも、傍から見ればあなたは変わってしまったわ。私達の目の前にいるのは、かつてのロードア王女、異形竜ジームリンデよ!」
異形竜、と呼ばれたことにショックを受けたのか、王女はブレスをまき散らしながら喚き始めた。
素早く結界を展開した。今度は俺だけでなく、場のほぼ全員が結界を展開した。
「っ…!こんなにやたらめったら吐かれるとキツいな…!」
「竜のブレスなんか、ほとんど食らったことないからな…!どんだけの威力かはわからんが、これだけはわかる…俺たちがまともに食らったら、怪我じゃ済まないぜ!」
龍神の言う通りだ。さっき苺は吏廻琉に回復してもらってすぐに動けていたが、それは彼女が司祭、即ち高位の異人だったからだ。
中位か下位の異人である俺たちがブレスをまともに食らえば、致命傷は避けられない。
それに、王女が吐いてるブレスは色からすると「魔のブレス」と呼ばれるものだが、これが問題だ。
竜のブレスは、ものにもよるが物理または魔法のどちらかに属する攻撃であり、魔法耐性や物理防御を無視して攻撃してくるという。そして「魔のブレス」は、名前とは裏腹に無属性の物理攻撃で、物理的な防御力を無視する性質がある…と本で読んだ。
元々の体力が多い苺だからあの程度で済んだのであって、俺たちが食らえば…。
「これが、古の竜の息吹…ああ、なんて凄まじいんだ。かつて異人だった存在の吐く息吹とは思えない…!」
ラウダスは震えながらも喜びを浮かべていた。こんな状況なのに…研究者魂というやつだろうか。
とにかく、このままでは攻撃できない。
どうにかして、隙を作らなければ…。
そう思っていた矢先、キョウラが突如術を唱えた。
「[ディヴァイン]!」
強烈な白い光が王女を襲った。
彼女は目が眩んだのか、ブレスを吐くのをやめてただ頭を動かしながら呻くだけになった。
今がチャンスだ。
俺たちは結界を解除し、一斉に反撃に出る。




