第177話 怪騎士姫
パーツのバランスが悪く歪な顔、ぼろぼろになった服の隙間から覗く醜悪な灰色の肌。ところどころから生えた赤く鋭い骨のような突起と、ゴツゴツした骨そのもののような腕。
フォルムは辛うじて人型を保っているだけの怪物、まさしく「異形」であったが、鮮やかな金髪とそれにつけられた蝶を象った髪飾り、そして光る緑の目だけは、さっきまでと同じだった。
その姿を見て、イーダスが悲鳴とも取れる声をあげた。
「シアナ…!」
王女は、ただ一声彼の名を呼んだ。
「その姿…異形になったのね!」
吏廻琉が叫ぶ。
「勘違いしないでください…私は、私のままです」
その声もまた、かつての王女のそれのままであった。
「どういうこと?」
「この髪飾りを付けた時、声が聞こえたんです…汝の望みは何だ、と。だから私は答えました…家族みんなで、平和に暮らしたい。お父様と、兄様と家族揃って穏やかに、幸せに暮らしたいと」
「その結果が、そのザマか…」
「そんな言い方されなくてもいいでしょう。それに、もうすぐ私の願いは叶います」
「なに…?」
「私は、ただ家族みんなで平穏に暮らしたいだけ。お父様を蘇らせたのもそのためです。あとは…」
彼女は、王子の方を見た。
「兄様。あなたがこちらへ来てくださるだけです」
「僕が…?どういうことだ」
「お父様はすでに亡くなっています。私も、もはや人の身ではない。そして、この身はどんな異人より長く、健康に生き長らえることができます。でも、兄様はまだ生きた異人のまま。兄様が騎士である限り、私の望みは…家族揃っての幸せな生活は、叶いません。兄様。どうか私の側へ来てください。またお父様と三人で、穏やかに…幸せに暮らしましょう」
彼女は左胸の一部を風船のように膨張させ、破裂させるように開いた。
その中は赤黒く、恐竜のような牙が並んでいた。
イーダス本人は、目と口を見開いて硬直していた。
「イーダス王子…」
ナイアが心配そうに呟く。
俺も、思わず声を上げた。
「王子!惑わされるな!あいつの話を真に受けたら、あんたは…!」
「邪魔しないでください!!」
王女が叫びつつ槍を振るってきた。
「ぐっ…!」
胸を右から左に切り払われたが、痛みも出血も結構もある。骨ばった腕で振るわれたとは思えないほどのパワーだ。
「王女様…あなた、なんてことを…!」
彼女の行為に驚いたナイアが声を上げると、彼女はナイアにも槍を振るった。
やはり結構なダメージだったらしく、ナイアは倒れて胸を押さえていた。
「ナイア…!」
吏廻琉はナイアの身を心配しつつ、魔導書を出して異形の姿となった王女の方を向いた。
「[ルミーナ]!」
何やら強力な光魔法ぽかったが、王女は胸元の骨を数本伸ばして防いだ。
「司祭様…?」
司祭である吏廻琉の姿を見て動揺したのかと思ったがそういうわけでもなく、それどころか普通に吏廻琉に反撃した。
単に槍を突き出しただけのように見えたが、吏廻琉が張った結界をいとも容易く破壊して彼女を貫いた。
それを見て、苺が悲鳴を上げた。
「どうして…」
王女が、切なげに言った。
「どうして、皆さん…邪魔をするのです!私はただ、家族の時間を取り戻したいだけなのに…!」
彼女は泣きそうな声で叫んだ。
その顔は…どんな表情なのかわからないが、恐らく悲しみを浮かべているだろう。
「ジームリンデ王女…」
「あなたは…ああそうだ、サンライトの大司祭様でしたね。あなたなら、私の気持ち…わかってくださいますよね?」
「…」
苺は黙り、下を向いた。
「確かに、あなたの気持ちはわかります。親を取り戻し、幸せな家族の団欒を取り戻したい。その感情は、何も間違っていません」
苺の言葉を聞いて、王女は安心したようだった。
「…ですが、あなたはその前に大切なことを忘れています」
「私が…?何を忘れたと、言うのですか?」
苺は俯いたまま、それには答えなかった。
「…まあ、いいです。さあ、兄様。私と共に来てください。またお父様と3人で、穏やかな生活をしましょう…いつまでも、いつまでも」
王女が伸ばした手を、王子はじっと見つめた。
「っ!!」
突如、王女は流血と共に手を引っ込めた。
その原因は、この刹那に走った斬光にあった。
「…ナイア!」
そこには、大剣を手にしたナイアの姿があった。
その刀身は鈍く光り、にわかに血がついている。
俺は彼女の身を心配した。
「大丈夫なのか…!?」
「ええ。…言ってなかったっけ?私、『星』の術を使えるのよ」
「…え?」
「だから、星術の中で『星』をシンボルにした術を使えるの。そして、その中の回復の術を使って、立ち直ったわけ」
「そういうことか」
確かに、星をシンボルとした『星』の星術の中にも回復できるものはあるだろう。というか、ナイアがそれを使えるのは知らなかった。
「てことは、もしかして今の攻撃も…?」
ここで、王女の腕が再生した。
くじゅっ…ぐじゃっ、という音を立てて腕が生え変わるのは、何とも不気味な光景だ。
「へえ、再生するんだ…まさしく異形、って感じだね」
「私は攻撃より防御に身を置いていまして…この姿になってからというもの、どんな傷も恐るるに足らなくなりました」
そう言いつつ鞭を振るってきたが、ナイアはこれを横にジャンプして躱した。
「鞭なんか使うのね、元騎士のくせに。…さて、皆さん。こいつ、どうする?」
「そりゃ、倒すしかねえだろ」
龍神が指をポキポキやりながら言うと、猶や柳助も賛同した。
「王女様と戦うのは気が引けるけど…異形になったなら仕方ない!」
勇気を出して言った煌汰に、樹やタッドも続く。
「ジームリンデ様…望みを叶えるために異形になるなんて。この上は、せめて私達があなたをお救いします!」
美羽が斧槍を構えると、輝やメニィも武器を構えた。
「みんな、考えが同じなようでよかったわ」
苺の声が飛んできた。
「経緯はどうあれ、異形となることは許されない。そしてそれを犯した以上、命を奪って救うほかはない。…私達が、その命を絶ってでもあなたを救うわ、王女様」
その目と向けられた杖は、文字通り『紫』の苺のものだった。
彼女に続いて、キョウラと吏廻琉も武器を取った。
「…そうですか。悲しいです。本当に…」
王女は、涙を拭うように顔をなでた。
「私の望みは、誰にも迷惑をかけるものではない。なのに、それを妨害するなんて…誰であっても、許しません!」
異形となった王女…もとい怪騎士姫ジームリンデ。
彼女は、兄を飲み込もうと開けていた口を閉じ、今度は顔にある舌も牙もない真っ黒な口を開けて雄叫びを上げた。




