第174話 祈祷師アジェル
「増えやがったか…なら!」
龍神は刀を横に持ち、術を唱えた。
「[静水月鏡]」
…特に何も起こらなかったように見えたが、本人にだけは変化が起きたことがわかったらしく、5人のアジェルのうち真ん中にいるやつに刀を突き付けた。
すると、そいつは血を流してにわかに苦しんだ…が、分身は消えなかった。
そして、側面から一斉に龍神に攻撃を仕掛けた…が、彼は速やかに飛び退いて回避した。
「本体を叩いたところで、分身は消えないパターンか…となると!」
龍神は刀を高く掲げ、分身全てに雷を落とした。ところが、奴らは怯む気配もなく平気な顔をしていた。
なので、次は俺と猶が炎と竜巻を撃ち出した。
しかし、これもまたまったく効いている気配がない。
「無駄ですよ?私には、魔法攻撃は通じない…闇のもの以外はね。ですが、あなた達の中に闇を扱える者はさっきの雑魚しかいない。そうでしょう?」
それで、ラウダスの方を見た。
彼は愚弄されたにも関わらず落ち着いており、先ほどと同じように闇魔法を放っていた。
しかし、やはりアジェルにはさして効いていない。
「ふふ…まあ気の済むまで使うといいでしょう。それより、ブレイブの皆様並びに美羽殿。あなた達からは、よいチカラが取れそうです…あの騎士王と同じくらいの」
それを聞いて、イーダスが飛び出してきた。
「やっぱり、父上を殺したのはお前か…!」
「おや、イーダス様。お久しぶりですね。妹様はそちらへ行っていたようですが…兄妹水入らずで話して、楽しかったですか?」
「そうなるはずだった。けどお前のせいで、台無しになった。以前、妹から父上が亡くなったことを聞いた。あの時はまだ確証はなかったが、たった今わかった…お前は、父上の仇だ!」
剣を向けるイーダスに、アジェルは冷笑して言った。
「ほう…そのためにわざわざ、戻ってきたというのですか…素晴らしい親子愛ですこと。しかし、我らにとってそんなものは無価値。私が欲しいのは、あなたのその気持ちと力だけです」
「…!?どういう意味だ!」
「それをあなたが知る必要はない。…しかし、つくづく哀れな者たちです。あの山で、賊に怯えて逃げていればよかったものを」
なんとなくそんな気はしてたが、ザムの山で襲ってきた賊はこいつがけしかけたものだったようだ。
「この闇の城に入った時点で、あなた達の死は確約されたようなもの。ですが、あまり引っ張るのも時間の無駄だ。さっさと死んでいただきましょう」
そうして、奴は分身と共に魔弾の構えを取った。
単独でならそうでもないかもしれないが、分身して一斉に魔弾を放たれると痛いだろう。そこで俺のほか、数人を護れる大きさの結界を張った…のだが、なぜか魔弾は結界をすり抜けてきた。
それでわかったが、一発でも十分痛い。腹をもろに貫かれ、武器で貫かれたのと同じくらいの痛みが襲ってきた。
しかも魔弾はすぐに消えず、何度も壁にぶつかって跳ね返った。
5発の魔弾が部屋中を跳ね回り、みんなを襲う。結界を張っても、どういうわけか貫通される。当然、軍が半壊するのにさほど時間はかからなかった。
「…」
地面に這いつくばり、なんとか目を動かしてあたりを見回す。
体のあちこちが痛い。だが、ここで倒れるわけにはいかない。
幸いにも、今アジェルは俺を見ていない。この隙に回復を…と思ったら、新たな術が思い浮かんだ。
小声で、術を唱える。
「[燃ゆる生命]…」
ドクン、とひときわ大きな心臓の鼓動を感じ、同時に全身の傷が癒えてゆく。
そして俺は、立ち上がった。
「おや、まだ立てる気力があるのですか?…感心です。しかし…」
突然、アジェルは言葉を切った。奴の体を、下の地面から生えてきた白く太い糸のようなものが貫いたのだ。
「…!?」
横を見ると、美羽が手をまっすぐ前に伸ばしていた。
彼女は糸がアジェルを貫いたのを確認すると掌を下に向け、糸の先端を下に向けてもう一度アジェルの体を貫かせた。
それを見て、分身たちが一斉に美羽に攻撃してきたが、イーダスが横から飛び出して一閃を飛ばし、分身たちを切り裂いた。
上半身と下半身を切り離された分身たちは、声も出さずに消滅した。
「がっ…あ…ああぁぁぁ…!」
アジェルは呻きながら手を動かし、黒い魔弾で強引に糸を根本から切った。さらに胸に手を当てて術を唱え、残った糸を消滅させつつ傷を癒やした。
「さすがは…蜘蛛の力を持つ騎士…。しかし、私はここで倒れるわけには!」
すると、美羽は妙に落ち着いた様子で言った。
「ならお互い様だね。私だって、ここで倒れるわけにはいかない」
アジェルは、美羽を見つめた。
「あんたは、私からあいつを奪った。あいつの笑顔も、優しさも、名誉も、全部奪った。…私は、お前を許さない!!」
美羽は桃色の瞳を光らせて叫んだ。
「『冥府の民に、新たな魂を与えん』!奥義 [地獄蜘蛛式術・魂狩り]!」
辺りが瞬間的に暗くなり、無数の蜘蛛の糸が渦を巻くように現れてアジェルの体を縛り上げた。
アジェルは声にならない叫びを上げていたが、やがて事切れた。




