第170話 黒昼の城内
「よし…潜入は成功だな」
全員が入ったことを確認し、裏口の扉を閉める。
「あとは、奴の所を目指すだけだね」
「だな。でも、どこにいるんだろう?」
「玉座の間か、あいつ自身の部屋かどっちかだろう。騎士王直属の軍師だったなら、専用の部屋をもらってるはずだ」
「それの場所はわかるのか?」
「確か、3階の南側にあったと思う。玉座の間は1階にあったはず」
煌汰はかつて王城の騎士団のメンバーであり、当然ながら城内で勤務、訓練していた。故に、この城の構造はよく知っているのだろう。
「いや、それはそうなんだけどさ…」
美羽があたりを見回しながら言った。
「なんか…やけに暗くない?」
言われてみれば、あたりは奇妙なほど薄暗い。電気をつけたいと思うほどだ。
「確かに暗いね…なんだろう?まだ昼間なのに…」
「逆に感じ取れない?煌汰…」
「え?」
ここで、龍神が口を開いた。
「この暗闇からは、闇の魔力を感じる…それも、結構な強さのな」
それで、美羽が言った。
「そう。この闇、おそらく明かりをつけたところで大して明るくならない。このまま進めば、視界の悪い中で戦うことになるわ」
「…!」
「でも、何のためにこんなことを?」
「十中八九、私達の妨害をするために用意されたものでしょうね。そしておそらく、敵側はこの暗がりでも普通にこっちが見える。…普通の夜の戦いとはまた違った、危険なものになるっぽい」
「てことは、敵がいつどこからくるかわからない…ってことか。でも、敵って祈祷師…ってかアジェルだけだよな?」
「…」
美羽は黙った。
その時、闇の中から誰かが現れた。
「!!誰だ!?」
「それはこちらのセリフだ…と言いたいところだが、あいにく来ることは知っていたのでな。よくぞ来た。アジェル様を討ちに来た、『ブレイブ』の一行だな?」
淡々と喋るそいつは、見た限り普通の兵士のようだったが、どこか言葉にならない違和感を感じた。
「この城に入ったからには、もう生きては出られない。お前たちは、この闇の中で死ぬのだ。こうか…」
そこまで言った時、龍神がそいつに一太刀を浴びせた。
すると、兵士は悲鳴を上げることもなく静かに倒れ、消滅した。
「き…消えた…?」
「やっぱりそうだ。こいつは、兵士であって兵士ではない」
「?どういうことだ?」
「こいつは死に人形…闇の力を持つ者に造られたアンデッドだ」
「あ…アンデッド!?」
俺が驚くと、煌汰も驚いた。
「アンデッド…って、体が腐ってたり骨だけだったりするもんじゃないの?」
「必ずしもそうとは限らない。そもそも実体を持たない『霊体系』って呼ばれるアンデッドもいるし、…」
また無限スピーチを始める予感がしたので、ストップをかける。
「ストップだ、ストップ。とにかく、あいつはアンデッドだったんだな?」
「…ああ。今のやつだけじゃない、おそらくこの城の兵士はみんなアンデッドにされてるだろう。もしかしたら、騎士団のメンバーも…」
すると、美羽が嘆いた。
「そんな…!」
「まあ、わからんぞ?あくまで『もしかしたら』だからな。…それを確かめるためにも、とっとと行こう」
「あ…!待ってよ!」
龍神は3歩進んで、こちらを振り向いた。
「どうした?姜芽も来いよ」
「ああ、行くよ…」
こいつ、暗闇の中に一人で突っ込むことを怖いと思わないのか。
もしくは、場の空気を読めないのか。
いやまあ、それは知ってるが。
聖水をかぶって進軍を始めたのだが、とにかく視界が悪くて進みづらい。
ちょくちょく暗闇の中から敵が現れるのだが、これが背後から襲ってきたり、曲がり角に潜んでいたりするので、こちらにも苦労させられる。
「いきなり出てくるの、ほんとやめてくれよな…」
康介がビクビクしながらこぼす。
そう言えば突如敵が出てくる度に驚いていたし、怖いものが苦手だという龍神の話は本当なようだ。
ちなみに、今回はメンバー総出で来ている。
アルバン城の時などと同じように、相手が手強いと思われるので仲間を全員連れてきたのだ。
もっとも、さすがに全員を一緒には連れず、いくつかのチームに分かれて動いているが。
「この暗さがな…」
俺は思わず呟いた。
最初に龍神達が言ってた通り、この暗闇はただの闇ではない。何しろ電球並の明るさの火球を浮かべても周りが明るくならないし、何より向こうには普通にこちらが見えるのである。
龍神や猶、紗妃などの殺人者組とラウダスは「闇の力に耐えられる」とかで普通にあたりが見えるようなので、今はラウダスと紗妃に同行してもらっているのだが、俺たちには2メートル先も見えない。
「私は普通に見えるけど…確かに明かりは欲しいわ。姜芽、太陽術でどうにかならない?」
紗妃の言葉を聞いて試してみようかと思ったのだが、ラウダスに止められた。
「いや。この闇の純度だと、並みの術ではわずかな間あたりを明るくするのが限界だと思う。持って10分…いや、5分も持たないかもしれない」
「マジか…となると、諦めてこの闇の中を進むしかないのか」
その時、美羽から電話がかかってきた。
「美羽?どうした?」
「ごめん、姜芽。さっき、玉座の間は1階にある…とか言ったけど、あてにしない方がいいかも」
「え?どういうことだ?」
「さっきから薄々気づいてはいたんだけど、今の城、私達がいた時と構造が全然違う。今、私達は2階にいるのよ。で、2階には騎士団員の部屋があったはずなんだけど、ないの」
「ってことは、どこにどの部屋があるかわからない…ってことか」
「ごめんね。まさか構造自体が変わってると思わなかったから…」
「気にしないでいい。もしアジェルの部屋か玉座の間らしきところを見つけたら、連絡してくれ。こっちも、それっぽい部屋を見つけたら連絡するから」
「了解。そっちも気をつけて」
「ああ、必ずまた会おう。以上」
俺が電話を切ると、目の前に妙なものが浮かんでいた。
槍を持った兵士が黒い球体に閉じ込められ、もがいている。
それは数秒間空中に浮かんだ後、勢いよく地面に落ちて割れた。
横を見やると、ラウダスが両手を伸ばして術を使っていた。
ちなみに兵士は、立ち上がることなく消滅した。
「姜芽さん。美羽さんから?」
「ああ。城の構造が変わってて、どこにどの部屋があるかわからないらしい」
「てことは、デタラメに探し回るしかないってこと?」
「そうなる。…みんなには申し訳ないが、当分はこの闇の中をやみくもに進む事になりそうだ」
「ええ!?マジかよ…」
康介は頭を抱えた。
秀典か渕部がいてくれればよかったのだが、仕方ない。俺が彼を元気づけた。
俺と一緒にいるのはラウダス、紗妃、康介の3人。
聞いたところ、ラウダスは回復魔法も使えるらしいので、俺と合わせて2人回復持ちがいることになる。とはいえ、あまり長い時間彷徨うのはまずい。
なるべく早めに、目的の部屋に辿り着かなくては。




