第13話 セドラルの洞窟
町を出て歩くこと小一時間、ようやく洞窟が見えてきた。
「あそこだな?」
「ああ。セドラルの洞窟って呼ばれてる。なんでも、あの洞窟のどこかに財宝が隠されてるらしいぜ」
そういう事か。
やはり、樹は冒険野郎のようだ。
「しかし、セドラルの洞窟はすでにほとんど調べ尽くされたのでは?」
「いや、そんな事はない。まだ知られてない所とかあるはずだ!」
「そ、そのような事があるのでしょうか…?」
「ある!きっとある!でなきゃ、オレ達の存在意義がない!」
樹は確か、探求者…だっけ。
こういう所でも、本当に探索が終わって何もないのか確かめようとするのが、種族故の本能…みたいなものなのだろうか。
「それに、ああいう『もう何もないですよ』感を出してる所にこそ、スゴいものが眠ってるもんだぜ!…ほら、行くぞ!猶を待たせちゃ悪いしな!」
樹はそう言って、洞窟へ走っていった。
「…樹様、なんだか子供みたいですね」
「そうか?」
「私、修行の一環で孤児院や学校に行った事が何度かあるんですが、今の樹様のように、冒険や探検、戦いといったことに憧れるお子さんは結構多い印象です」
まあ、それはそうだよな。
どこの世界でも、子供はそういう事に憧れるらしい。
「やっぱり、そうなんだな。俺も子供の頃は冒険家になりたいなー、なんて思ってた」
「姜芽様もそうだったのですね。そのお気持ち…私も少しですが、わかります」
「え、そうなのか?」
女の子がそういう気持ちを抱くっていうのは、ちょっと意外だった。
しかも、キョウラは修道士…というか聖女だ。
そんな娘が、冒険に憧れるのか。
「私、母が教会の司祭をやっていまして。幼い時に何度か、冒険家志望者への洗礼の様子を見せてもらった事があるんです。それで、冒険家に憧れを抱いた時期があったんです」
「なるほどな。てか、司祭…ってもしかして種族か?」
「ええ。司祭は大神官と並ぶ修道士系の最上位種族で、私達修道士の…いわば一つのゴールです。最高位の光と白の魔法を操り、さらに闇の魔法も扱えます。
寿命も修道士よりずっと長く、『大司祭』と呼ばれる高位の司祭にもなると、30万年以上生きている方もいらっしゃいます」
「30万年…」
「あ、参考…になるかはわかりませんが、私の母は普通の司祭なんですが、5万年生きています」
「5万年…」
桁がすごすぎて、想像できん。
せめて数千年なら、まだ…。
「姜芽様?」
「あーいや、なんでもない。行こうぜ」
洞窟の入口では、すでに猶と樹がスタンバイしていた。
「お、来たな」
「遅れて悪かったな。さっそく入ろうか」
「ちょっと待て。その前に、異形について説明する」
「異形?」
すると、樹は少しかしこまった。
「異形は、この世界に存在する文字通り『異形』の存在…異人にとっても、人間にとっても脅威となる怪物だ」
「えーと、つまり?」
困惑していた所に、猶が説明を入れてくれた。
「要はな、ゲームとかでは魔物、とかモンスター…って言われる存在だ」
ああ、そういう事か。
なら、ある程度見当がつく。
「説明どーも。ま、そういう事だ。ただ、異形の中には賢い奴とか普通に強い奴もいるから、そこは注意しなきゃないけどな」
「強い奴…か。ボス的なものか?」
「基本的にはそんな感じだけど、たまにやたらと強い大ボス的なやつもいる。そういうやつに関しては、下手すると普通にやられるから油断禁物だ」
「了解だ」
「で、この洞窟にもその異形が住み着いてる。幸い、ここにいるのは弱いやつだけだから、多少なりとも対応の仕方を学んでおくといい」
やっぱり、ここは最初のダンジョン的な場所であるようだ。
中は当然だが、暗かった。
「ここはこいつを使おう」
樹がたいまつを取り出す。
「火は…姜芽、つけれるか?」
「やってみる」
手をたいまつに翳すと、見事火が着いた。
「おお…」
「OKだな。行くぜ」
しばらく進むと、人と犬をくっつけたような化け物が出てきた。
「あれが異形か?」
「そうだ。ありゃ、おおかた『ブルードッグ』って呼ばれてるやつだな。低級の、獣人系の異形だ」
「獣人系…てことは、他にも種類があるんだな?」
「ああ。他に虫系、軟体系、魔獣系、鳥系、植物系、妖精系、悪魔系、邪霊系、亡霊系、精霊系、物質系、魚系、水棲系、怪人系…大体こんなとこだな」
結構いろいろいるんだな。
「まず、あいつを倒そう。オレがやろうか」
「いや、俺が始末する」
猶が名乗り出た。
「そうか。じゃ、頼むわ」
猶は2本の短剣を取り出して両手を顔の前で交差させ、勢いよく振るった。
すると、異形の体に十字の赤い線が走った…
と思ったら、次の瞬間にその線に沿って血が噴き出した。
「うわっ…!」
俺は思わず目を背けた。
キョウラも、目を覆っていた。
「相変わらずむごいやり方するな…」
樹は慣れたもののようだ。
「俺は殺人者だぜ?これくらいして当然だ。それより、どうだ?これで始末できたぜ」
「いや、それはそうかもしれないけどよ…」
床には、無惨な姿になった異形の死体と、流れたおびただしい量の血。
俺はグロ耐性はそれなりにはあるが、これは正直、5秒と見てられない。
「なんだ…異形討伐って、こんなグロいのか…?」
「猶のやり方がアレなだけだ。普通は、ここまで血が出るようなやり方はしない。普通は…おっ!」
樹は別の異形を見つけたようだった。
それもまた、獣顔の異形。
樹は棍を抜いて飛びかかり、真っ向から顔を殴りつける。
そして棍を小脇に構え、刀を抜刀するように振るった。
「[居合い打ち]!」
異形に青い衝撃波がぶつかり、吹っ飛んだ。
そして壁に背を打ち付け、動かなくなった。
「よし。…とまあ、普通はこんな感じでやるんだ。まあ、武器にもよるんだけどな」
「へえ…あれ、そう言えば煌汰達連れて来なくてよかったのか?」
町を出る時、樹の提案で、煌汰達には残って情報集めをしてもらう事にしてきたのだ。
「大丈夫だよ。あいつらがいなくても、オレたちだけで何とかなる。ここはそんな危険な所でもないしな」
「ならいいけどな。なあ、キョウラ…」
キョウラの方を振り向いたら、キョウラは飛びかかって来た異形に魔法を食らわしていた。
さらに異形が吹っ飛んだ所に手を翳し、
白い柱状の光を落とし、跡形もなく消滅させた。
「[ホーリー]」
「うわ…」
その様子に、俺は思わず声を上げてしまった。
キョウラは振り向いて、俺を見てきた。
「姜芽様…どうかなさいました?」
「いや、キョウラも結構するな…って」
「当然です。異形は私達の宿敵ですから」
「宿敵…?」
「私達修道士は、罪のない人々を救い、赦し、守るのが使命の種族。よって、種族問わずあらゆる人々を脅かす異形は、私達にとっては宿敵と呼べる存在なのです」
ちょっと引いてる所に、樹が付け足してきた。
「異形は基本闇属性だから、その意味でも修道士に目の敵にされてる存在だな。あと確か、修道士は異形に特効があったよな?」
え、特効?
「はい。私達は人に仇なす存在を滅ぼす事には秀でていますので」
「ちょ…ちょっと待て。特効、って武器とか魔法についてる…とかじゃないのか?」
「確かにそういう特効もあるけど、種族とか肩書きによっては、特定の種族や存在全般に対してあらゆる面で有利に立ち回れる…っていう特効もあるんだ、この世界ではな」
「マジかよ…」
なんだそれ。
その辺の概念を狂わせに来てるのか。
次に出てきた異形は、俺が倒した。
斧を振り下ろしたら、容易く倒せた。
その後も、出てくる異形はみんな俺がやった。
血まみれになるのは、やはり慣れない。
さて、樹達はそんな俺を褒めてくれたが、正直物足りない。
もっと、強い相手と戦いたいという感情が湧いてくる。
まあでも、雑魚狩りをして経験を積むのがRPGの基本だし…ここは我慢しよう。
それに、よく考えれば俺はまだ技も魔法もさっぱりなのだ。
なんなら、ここでは結局技は使わなかったし、魔法に至っては存在自体を忘れていた。
言うまでもないが、俺はまだまだ経験が足りない。
これから、少しずつ積んでいかねばなるまい。
さて、洞窟をすみずみまで探索したが、何もなかった。
「何もありませんね…」
「ま、そんなもんだろ」
「ちっ…!つまんねーな!」
樹は悔しそうな顔をしたが、すぐに、
「…でも、姜芽が異形との戦い方をある程度覚えてくれたのは収穫だな。それだけでも、よかったよ」
とやわらかい表情で言った。
「ふん…」
猶が鼻で笑ったようだったが、それを気にする者はいなかった。




