第164話 王なき城は闇に消ゆ
深夜のロードア城。
その一室で、彼は1人佇んでいた。
周りに誰もいないのに何かぶつぶつと喋っているその様子は、傍から見れば少々不気味にも見えるだろう。
だが、彼は決して精神的におかしいわけではない。
「…はい。かの王はすでに始末しました。まだすべきことがあります故、今はそちらへお伺いできませんが、後日必ずや…」
王を殺し、国を乗っ取ったアジェル。しかし、彼の主目的はそのどちらでもない。むしろ、それらのことは本来の目的を果たすための「経過点」でしかない。
そして今は、これまでの経過を主君たる存在に報告している。
ちなみに彼の主君は、誰の目にも見える形で姿を現すことはない。闇に生きる種族にだけ見える姿で、それも不定期に現れるのだ。
「…ありがとうございます。それと、例の旅人たちについてなのですが…申し訳ありません。ここしばらく行方知れずでして。数日前、王女がどこかに出かけてきたようなのですが、どこへ行ってきたのか話そうとしないのです」
例の旅人たち。それは、《《もちろん》》姜芽たちのことだ。
彼らは、既に少なくともサンライトとアルバンの国に足跡を残している。そして、それらはいずれも『異光教団』の邪魔をする行為だ。
彼らの活躍はすぐに教団に知られた。そして教団の一員であったデモリアが倒された後、教団は積極的に彼らを潰そうとするようになった。
サンライトの司祭、ポルクスとカストルを教祖とする異光教団。
その目的は世界各地に混乱と災禍をもたらし、行く行くは『竜王』、あるいは『竜帝』と呼ばれる存在を目覚めさせること。
もし教団の活動を邪魔する者がいれば、どうやってでも消す。それが、教団の信念だ。
アジェルは教団の一員であり、一応は幹部格ということになっているが、実際は彼より上の幹部など何人もいる。何なら、彼と同じような階級の幹部はさらに数多くいる。
そんな立場にあるアジェルは、基本的に教祖に合うことは叶わない。今こうして話している相手も、自身より格上の幹部でしかない。
「…はい、それは心得ております。それで…大変申し上げにくいのですが、奴らの捜索には少々手間取っておりまして。しかしながら、いずれこの城に来る事は間違いないかと思われますので、その時に仕留めるつもりです」
姜芽達が国に入ってきたことを上の幹部から聞いたアジェルは、当初は彼らの動向に目を光らせ、城へ来そうになったら潰すつもりでいた。しかし、騎士王の息子と娘が自身の周りを嗅ぎ回り始めたことに気づいた。
その気になれば消せなくはないだろうが、ここで戦っては時間を無駄にする。何より、アジェル自身は決して教団内で強い異人ではない。そのため、二人に見つからないところでこそこそと計画を進めることになったのだった。
しかし、そうしているうちに肝心の姜芽達の行方を見失ってしまった。
アラルの町にやってきて、自身が差し向けたアンデッド軍団を退けたところまでは把握しているが、それ以降のことはわからない。
最近は王子が姿を消したり、王女がどこかへ出かけたりしているため、彼らが姜芽達と関わっているような気はするが、確証は持てずにいた。
だが、正直それならそれでもいい。王子達が奴らとつるんでいるなら、いずれこの城に来る。その時にまとめて潰せばいい。ただそれだけのことだからだ。
それに、自分の使命は、あくまで…。
「…!奴らは既にこちらへ向かっていると?…承知致しました。…もちろんです。偉大なお力の一部を賜ったこの身、決して腐らせはしません。必ずや奴らを葬り去り、騎士王と共に捧げましょう」
交信を切り、アジェルはつぶやいた。
「よもや、すでに向かってきていたとは。まあいいだろう、この上は奴らにこの黒魔法を見せてくれる」
一連の会話を、アードルはすべて聞いていた。
彼には、アジェルと話している人物の声は聞こえなかったし、姿も見えなかった。しかし、その相手こそがアジェルの裏にいる存在であることだけはわかった。
「…まずいな。今彼らが来たら、奴に全滅させられかねない。急いで報告に行かないと…」
そうして走り出したアードルの目の前に、アジェルがふっと現れた。
「あ…アジェル、様…」
「アードル。…聞いていたな?」
アジェルの冷たい瞳に睨まれ、アードルは凍りついた。
「残念だ。それなりに手をかけてやったというのに。…イシェト」
アードルの背後に、黒髪の女が現れた。
「!?」
「…」
「聞いていたな?…やれ」
「…裏切り者には、死をもって償いを」
イシェトと呼ばれた女は、アードルの体を一太刀で斬り裂いた。
「…!!!み、美…羽…」
アードルは両の目を見開き、硬直した後に想い人の名を呼んで倒れた。
「見事だな、無双者イシェトよ。
お前の剣には、何者も勝てまい」
「…」
「こいつの死体は、そうだな…森の中にでも捨てておけ。奴らへの見せしめにはなろう」
「…わかった」
そうして、イシェトは去っていった。
「…美羽、か。聞き覚えのある名だな。確か、かつての騎士団の一員だったか…ん?」
アジェルは、しばし考えた後に閃いた。
彼は、不敵な笑みを浮かべて呟いた。
「そうか、そういうことか。
誇り高き騎士と言えど、所詮は男と女というわけか。…くだらんな」
人を愛することを知らない、闇の種族の若き男は、暗闇の中で1人ほほえんだ。
そうして、二人は城内を包む暗闇の中に消えた。




