第160話 真実を暴くは
その後、吏廻琉とキョウラには村長の様子を見るという建前で監視を続けてもらい、こちらはまだしたいことがある、という建前で村への滞在を続けることを村長に伝え、適当に時間を稼いだ。
しかし、彼女が俺たちの滞在を認めてくれてよかった。でなければ、そもそも話にならないところだった。
薬ができるまで5日。その間に、何事もなければいいが…なかなかそうはいかないものだろう。
だから、俺は気を引き締めていた。
しかし、3日4日経っても何も起きない。
もちろん何も起きないに越したことはないのだが、なんかこれはこれでつまらないというか…。
そう思っていた矢先、ちょうど5日目のことだった。
「姜芽、いるか?」
部屋でくつろいでいたら、唐突に龍神が訪ねてきた。
「ん、龍神?どうした?」
「どうした、って程でもないが…暇だから遊びに来た」
確かに、俺は今暇を持て余している。
何もすることがないメンバーは、村民の仕事を手伝ったり異形を狩ったりしている。言うて俺も、昨日まで異形狩りに出向いていた。
だが、朝から晩まで異形を狩り続けるのを3日も続ければさすがに疲れる。なので、今日はオフ…というか、休ませてもらっているのだ。
しかし、休むとそれはそれで暇になる。今だって、まだ10時前だが暇を潰すために昼寝でもしようかと思っていた所である。
それは、龍神も同じであったらしい。
「そうか。…今いく」
扉を開けると、龍神はだるそうにしながら入ってきた。
彼は座り込み、しばしぼんやりとした後に口を開いた。
「何かすることないか?」
「いや…特には…」
「そうか…まあそうだよな」
「…」
なんか、変な空気だ。
昔から、龍神と話しているとちょくちょくこの空気になる。気まずい…とまでは行かないが、独特な奇妙さがある空気。
それもまた、彼の特異な点の一つである…もっとも、本人は気づいてないようだが。
「あっ、そうだ。例の殺人鬼の件なんだが」
「何だ?」
「昨日、アードルとまた話したんだが、そこで面白いことを聞いたんだ。今みんなで探し回ってる殺人鬼…クレシュ・デヴァータは、既に亡き者になってる可能性が高いらしい」
「…え?」
突拍子も無いセリフに驚いた。
「どういうことだ?もう誰かにやられてるのか?」
「まあ、待て…。順を追って説明するとな、奴は、確かに以前は国中を騒がせる殺人鬼だった。だが、ここ数年はあまり姿を見せなくなっていて、同族同待遇の殺人者ですらろくに姿を見なくなっていた。で、奴は1年半くらい前から、数人の手下を従えてアラル近くの山で暮らしつつ、辺境の村を荒らしたり無防備な旅人を襲ったりするようになったんだが、それから半年ほど経ったころ…つまり今から1年くらい前に、このあたりにも来たそうだ」
1年前…というと、ラナの事件があった時期と一致する。ひょっとして…とは思ったが、念の為深く聞いた。
「それで、その後どうなったんだ?」
「それがだな、奴はそれまで必ず得物を手下たちの所に持って帰ってきてたらしいんだが、その日を境に帰ってこなくなり、さらに連絡もつかなくなった。それから考える限り、最後に襲いに行った所で返り討ちにあったか、捕まったかのどちらからしい。…どちらにせよ、もう生きてはないだろうな」
そう言えば、ラナは襲ってきた異人を死闘の末に倒したと聞いた。
つまり…そういうことだったのだろう。
「とすると、もしかして奴がラナに呪いをかけたのは…」
龍神は、真剣な顔で言った。
「それと、これまたアードルから聞いた情報だが、奴もアジェルから悪辣石を受け取ったモノの1人だったらしい。そして、これこそ奴がかつてここを訪れた証拠だ」
以前、アードルに見せられたのと同じ黒い塊がテーブルの上に置かれた。
それは、まだ微かに魔力を放っている。
「これは…!」
「井戸の近くにあったのを拾ってきた。魔力はだいぶ薄れてるが、まだ残ってる。…姜芽。こいつの魔力、なんか変だと思わないか?」
そう言われて、塊をじっと見つめた。
…よく見ると、ただの闇とは少々異なる魔力をまとっているように感じられる。
「確かに…なんか変な感じするな」
「だろ。これは、月の魔力だ…太陽術と対を成す、『月術』の魔力だ」
「月術…でも、それがどうしてこれに?」
「奴は月の術を扱えた。そして月の術には、自身の魂を他者の体に移す術もある。もっとも、術というよりは呪いに近いものだが。…あ、そうだ。前々から思ってたんだが、村長が変身した姿…なーんか見覚えがあったぜ。確か、どっかの山だか森だかで見たような…」
それで、真相を理解した。
1年前、ラナはクレシュを倒した。しかし、奴は最期に呪い…もとい月の術を使い、ラナの体に乗り移った。
奴は彼女の体を乗っ取って、村で盛大に暴れるつもりだったのだろうが、彼女の精神力が奴の想定より強かったために、色々と不完全な状態になった。
それで、このようなことになったのだろう。
そして、もしその力がこの塊によるものであったとしたなら、吏廻琉と苺が総力を以てしても呪いを解けなかった、というのも納得だ。
「でも、なんであいつはあの山にいたんだろう?」
「部下の顔を見たかったんじゃないか?奴とその部下はあのあたりを根城にしてたんだよ、きっと」
なるほど。そう考えると、辻褄が合う。
しかし、あの時は昼間だった気がするのだが…。
「としたら、奴の呪いを解く方法は…」
「そうだな…まずは、こうだな!」
龍神は悪辣石を空中に投げ上げ、瞬速で斬り裂いた。
真っ二つになって床に落ちた塊は、すぐに魔力を失った。
「これでオーケーだ。あとは、俺たちの仕事だぜ」
ちょっと意味がわからなかったが、すぐに知ることになったのだった。




