第156話 深手の村長
キョウラと苺の他に龍神と猶、あとナイアを連れて村長の家を訪ねた。
家の前には、もう前のような人だかりはできていなかった。
しかし、中から何か大変な事が起きている…という雰囲気が漂ってきていた。
家の前で苺が一声かけた、というか叫んだが、返事はなかった。
村長は、寝室に寝かされていた。
しかし、その全身には戦場にでも行ってきたのかと思うほどの傷を負っていた。
吏廻琉が枕元で彼女を診ているが、明らかに回復魔法を使ったほうが早い傷である。
「お母様!」
キョウラが声をかけると、吏廻琉はこちらを振り向いた。
「あっ、キョウラ。来たのね。…あら、あなた達も来たの?」
「ああ…彼女、一体どこでそんなひどい怪我を…」
「それが、本人もまったくわからないそうなの。ただ、おとといの夜にはなんともなくて、昨日の朝にはこの状態になっていたそうよ」
「なんだそりゃ…彼女は、助かるのか?」
「五分五分ってところね。昨日は息があったみたいなんだけど、今はない」
「そんな…!」
キョウラが悲しげな顔をしたが、吏廻琉は言った。
「大丈夫よ。彼女の全身の傷を調べてみたんだけど、どうも魔法や異人の技を受けて負った傷がほとんどみたいなの。だから、治癒の魔法と魔法薬を総動員すれば助かる可能性は十分にあるわ」
「…!なら、よかったです…」
キョウラは胸を撫で下ろしていたが、俺からすればそこまでしても助からないことがあるのか…という驚きの方がでかかった。
まあ、そりゃそうなんだろうが。
「キョウラ。あなたは、重い怪我を負った者を治療したことはないでしょう?模擬治療は修道院でしたことあるでしょうけど」
「ええ…」
「手伝ってとは言わないから、私が彼女を治療するのを見ていなさい。自分がこのような状況に巻き込まれた時、どうすればいいか。それを、ある程度覚えなさい」
「はい」
吏廻琉は、杖や様々な色の液体が入ったビンを取り出して治療を始めた。
キョウラは、それを横に座って見ている。
俺たちは、立ったままそんな彼女を見る。
「吏廻琉…彼女の傷は、どのようなものが多いのですか?」
苺が、不安げな顔をしながら尋ねた。
「光魔法を受けた痕跡もあるけど…基本的には切り傷ね。全身を色々な武器で切りつけられたみたい。傷が結構深いから、おそらくは刀剣類の武器の技を受けた傷だと思う。もしかしたら、斧なんかで受けたのもあるかもしれないわ」
吏廻琉は、そう言ってため息をついた。
「それにしても大層な傷ね。一体、どこでこんな傷を負ったのかしら…。この辺りに異人なんていないはずなのに…」
俺たちは、とりあえず家を出た。
吏廻琉とキョウラに、治療を任せようと思ったからだ。
「しかしまあ、えらい怪我してたな」
「ああ、思ってたよりひどい傷だった。まるで、戦争にでも行ってきたみたいな…」
俺がそう返すと、猶は言った。
「もしこんなことで死なせちまったら、申し訳ないな」
確かにそうだ。もし彼女を助けられなかったら、吏廻琉とキョウラはさぞ嘆くだろう。俺だってそうだ。
「自身に非はないのに、どっからか突然来た異人のせいでひどい怪我をして、それがもとで死ぬなんて…さぞかし無念だろうし、悲しいだろうな」
その通りだ。何もしていないにも関わらず、どこからか突然現れた異人に痛めつけられて殺されるなんて…。
ん?待てよ?
俺は猶を見た。
「いやー、本当にかわいそうだ。せめて、あいつをやった異人の正体だけでも突き止めらんねえかなあ…」
やつは、わざとらしく続ける。
さらに、龍神までもがそれっぽい感じの発言をした。
「まったくだ。しっかし、あの女をやったのは一体どこのどいつなんだろうなあ…この辺には、異形はいても異人はほとんどいないはずなんだが…」
…この2人、もうわかってるな。
変に焦らす…というかすっとぼけられるのはイラつくので、いっそ声に出して言った。
「わかったよ!彼女の負傷は、俺たちのせいなんだろ!」
すると、みんなに異変が起きた。
苺とナイアには驚かれ、龍神と猶には口を押さえられた。
「しっ…声がでかい!」
「むぐっ…な、何だよ…」
「察しろよ…彼女に何があったのか…!」
ここで、苺とナイアが説明を要求してきた。
「…どういうこと?一体、何なの!?」
「彼女の負傷が、私達が原因…それって、どういう意味ですか!?」
「…」
説明できない。いや、説明はできるがしたくない。にわかには信じがたいことを事実として含めるからだ。
しかし、俺が黙っていると、猶と龍神が代わりとばかりに喋りだした。
「あの女をやったのは、俺たち…正確には、あの時外に出た連中だ」
「あの時?」
「昨日…いや、おとといか。おとといの夜中、深夜の村に異形が現れるっていうから、俺と姜芽とナイア、あと美羽とキョウラは出撃しただろ。…その時だ」
「えっ…?」
ナイアは察しが悪いようだが、苺は察したようだった。
「…!それって、つまり…」
「ああ…」
龍神は、一度下を見てから言った。
「あの時俺たちが倒した異形は、実はここの村長だったんだよ」




