第154話 内通者は語り笑う
この国で起こっている事件及び異変のすべては、2ヶ月前のロードア城から始まった。
正確には、騎士王ギルックに仕えていた軍師マースが病死したことから始まった。
ロードアは騎士の国だということもあり、長らく軍事的な政策は騎士王が単独で行ってきた。
しかし、2代ほど前の王の時から外国より魔法種族の軍師を雇用し、軍事的政策に限らず助言を得て仕事をするようになった。
その3代目であるマースはサンライト出身の賢者で、長年に渡って騎士王ギルックを助けており、騎士王自身にも厚く信頼されていた優秀な軍師だった。
しかし、彼は王宮に務めるようになってから既に400年の年月が流れており、25歳だった肉体は45歳になって衰弱が始まりつつあった。
その上、実は長年の疲労から病に侵されていた。だが、それには最後まで自身も他人も気づかなかった。
彼の死後、騎士王はすぐに次の軍師を探し始めた。
これ自体はそんなおかしなことでもないな、と思ったのだが、アードルによるとこの行動は王自身の不安から来ていたという。
「ギルック騎士王は元より軍隊を扱うことが苦手な方で、いつもマース殿に軍政を任せきっていました。私も、騎士王自身の口から「できることなら、軍政はやりたくない」と聞いたことがあります。…故に、一刻も早く軍師を見つけたかったのでしょう」
騎士の国の王様なのに、軍政が苦手なのか…と思ったら、龍神もそれを言った。
「まあ、いると思うよそういう人。私だって誰かを守る…ってかカバーするのは苦手だし」
ナイアがそうつぶやいた。
「…とにかく、それで来たのがアジェルなんだな?」
「ええ。彼はサンライト出身の魔道士を名乗り、謁見からわずか2日で騎士王の軍師となりました。しかし、それ以降国の至る所で異変が起きるようになったのです」
「ふむ…それだけだと、ただの偶然だろとか言ってくる奴いそうだな」
「確かにその通りです。ですが、私は一連の現象の元凶が奴である証拠をいくつか掴んでいます」
「おお…!それ、ここで出せるか?」
アードルは、500円玉くらいの大きさの黒い塊を3つ取り出した。
「これらは『悪辣石』。持つ者の邪悪な心と力、欲望を増幅させ、野獣のような存在に変える危険なアイテムです。もっとも、今は既に効力を失っていますが」
「ああ…これはアレか。奴が、こいつを浪人やら異形やらに配ってたのか」
「ええ。私は、奴がこれを異形や浪人に提供している所も見ています。それで奴らが凶暴性を増しているのも、アジェルがそれを見て笑っているのも」
龍神は塊をまとめて受け取り、一個一個眺めて「確かに、もう力はないみたいだな」と言って俺に渡してどこかにしまっておくよう頼んできた。
何のためにだよ…と思ったが、よく考えると奴の悪事を白日の元に晒す時に証拠として使えるかもしれないので、受け取っておいた。
「それから、私がアジェルが『黒の教典』を使っている所も見ています。黒の教典は祈祷師固有の魔法道具なのですが、これを使えばアンデッドや異形を召喚して操ったり、強化したりすることができます。奴は国中のアンデッドを活性化させ、人の気配がする所に呼び集めているようです」
「そういうことだったか。でも、一体何のためだ?」
「それに関してなのですが、どうやらアジェルは『異光教団』という組織の一員であり、教団指導者の命を受けて活動しているようです」
なんか、いかにもな感じの名前が出てきた。
名前に「教団」とつくと、それだけで怪しく感じられるのは気のせいだろうか。
「異光教団…それについては、何かわかってるのか?」
「詳しくは存じ上げません。ただし、何らかの邪悪な目的のために活動している組織であり、アジェルはその下っ端のようです」
ここまでエグいことをしてる奴も下っ端にすぎないとは。やはり、今回の敵組織っぽい感じである。
「また、奴の上には複数人の邪悪な異人がおり、さらにその上にはポルクス、カストルという謎の2人の女がいることがわかっています」
「ポルクス…!」
久しぶりに聞く名に、俺は驚いた。
「奴らの目的は不明ですが、どうやらセドラルの王城に『何か』をすることが目的の一つなようです」
「『何か』…何をする気だ?」
龍神は腕を組んで考え込んだ。
「今回の新情報は、以上です」
「お、そうか。今度もありがとな」
「いえいえ。…では」
暗闇に去ろうとするアードルに、俺は気になっていたことを尋ねた。
「ちょっと待て。あんた…情報をもたらしてくれるのはありがたいんだが、どうやってそれらを集めてるんだ?」
疑われていると思ったのか、彼はキリッとした目でこちらを見てきた。
「…私はここ数カ月間、ロードア王族の家臣になりすましております。一連の情報はすべてそこで得たものですので、確かなものです」
「そうか…」
そうして、アードルは闇の中へ消えていった。
「…」
自慢の目の良さを活かし、アードルは夜道を迷うことなく進んでいく。
そんな彼の目に、見覚えのある人影が映った。
「…お前は」
「はあい、アードル。久しぶり」
それは、他ならぬ魔騎士の美羽であった。
「ああ、久しぶりだな。しかし何故ここに?」
「ちょっとわけがあってね。あいつらの仲間にしてもらったのよ」
「戦いには、もう参加しないんじゃなかったのか?」
「そう思ったんだけどねー、どうもこの国自体がヤバいらしいからね。さすがに黙ってるわけにいかないじゃない?」
「…なるほど。さすがは魔騎士だ」
アードルがそう言うと、美羽はそんなことないよ、と言って笑った。
この2人、実は恋人同士なのである。
元々は王立騎士団での任務中に偶然出会い、一緒に任務をこなした関係だ。
その後、美羽はしばらく煌汰と話しておらず適当な男と話したかったこと、アードルは妹を亡くしたばかりで年の近い女と話したかったことから休日に会って話すようになり、次第に互いに恋心を芽生えさせていった。
現在は二人とも王立騎士団を脱退し、互いに時折会っているが、アードルは龍神のいわば「密偵」を行っており、最近はなかなか会えずにいたのだ。
「私達同い年なんだしさ、種族とかどうでもよくない?」
「そうはいかない。おれは聖騎士、お前は魔騎士。そして、騎士にとって立場は絶対だ」
「お硬いわねえ、相変わらず。ま、嫌いじゃないけど」
「おれだって、お前のその性格は好きだ」
「あら、そう言ってくれると嬉しいね。あ、そうそう。今の仕事はいつぐらいに終わりそう?」
「わからない。だが、早めに切り上げたいとは思ってる」
「そう。ならよかった」
「ん?」
美羽は、いつになく真剣な顔になって言った。
「あんたの仕事が終わったらさ、私達の軍に来てくれない?そして、とりあえず戦いが終わるまで軍に在籍して、そんでもって戦いが終わったら、うちに来て?」
「美羽、それって…」
「じゃ、そういうことでいいね!ああ、やっとだよ。私、ずっとあんたが好きだったからさ、こうなれて嬉しいよ!」
「いや、あのな…」
「ってわけで、さっさとコトを終わらせて軍に来なさいよ!待ってるからね!」
美羽ははしゃぎながら、戻っていった。
「…勝手な女だ。人の話をろくに聞きやしないで。まあ…いつも通りか」
アードルは微かに微笑み、自身もまた城へ戻っていった。




