第134話 王子の目的 そして…
煌汰たちに助け出され、2人と何か話していた男は、俺の顔を見てきた。
「あなた方は…」
「俺達は冒険家だ。アラルでクエストを受けて、浪人の討伐に来た」
つい冒険者、と言いたくなるが、冒険者は異人の一種らしいので意味が違ってしまう。
「そう、だったか。…何はともあれ、助けてくれてありがとう」
この男は見た限りかなり若い。しかも、羨ましいほど綺麗だ。
引き締まった顔に、きれいな金色の髪と優しい目…。この世界の人々の価値観はわからないが、少なくとも俺から見るとかなりのイケメンである。
まるで、悪役令嬢もののラノベや少女漫画なんかに出てくる王子様のようだ。
というか、もしかしたら本当に王子様かもしれない。
「ちらっと聞いたんだが、この方は何かの目的のために国を走り回ってたのを捕まった所らしいぜ」
龍神が言うと、彼はそうだ、と言って続けた。
「僕は、とある目的のために国を走っていた。だが、途中で浪人に襲われた人々に出会ってね。彼らを救うため、その浪人と戦ったんだが…無念にも敗れてしまった。奴には逃げられ、僕はあの浪人たちに武器を奪われた挙げ句、捕まってしまったんだ」
なんとなくだが、その浪人というのはあの殺人鬼であるような気がする。俺達が4人がかりでも倒せなかったあいつは、今どこにいるのだろうか。
まあ、この近くにいなくてよかったが。
「このままでは、いずれ殺されていただろう。あなた達には、心から感謝する」
頭を下げる男を見て、メニィが絞り出すように言った。
「あの…このような事をお聞きするのも何ですが、もしかしてあなたはロードア城の貴族でらっしゃいますか?」
すると、男は顔を上げて言った。
「…ああ。僕はイーダス、ロードアの王子だ」
「…え、王子様!?」
メニィが声を上げて驚いた。
俺も声を上げはしないまでも、驚いた。
まあ、正直ある程度予想はしていたが。
「王子…あんたが!?」
「あなたが、イーダス王子…!?」
龍神と煌汰も驚いていた。
しかし龍神はともかく、煌汰はこの方の顔を知らなかったのか。
「うん…ん、あなたは僕の同族のようだね。もしかして、我が国の民かな?」
「ロードア出身ではないですけど、かつてはアラルに住んでいました」
「そうか。ならば我が国の民と言って差し支えないな。…しかし、一人で出てきておいて浪人に敗れた挙げ句、一般の人に助けられるなんて…情けないな」
この国の王子…イーダスは、悲しげに言った。
「そんなことはありません。…そう言えば、王子がお一人でおられるなんて珍しいてすね。なにかあったのですか?」
煌汰がそう言うと、イーダスは少し黙った後、言った。
「…あなた方になら、話してもいいだろう。実は、僕はある旅人の一行を追っている。彼らは以前、アルバン国のエウル王を助け、さらに国の食糧危機をも解決したという。…この話は、父上とある人物の会話を漏れ聞いたものだ」
もう、ほぼ展開が読めてしまった。
それは、恐らく煌汰たちも同様だ。
だが、まあ最後まで聞くとしよう。
「彼らは各地を旅しているらしく、アルバンの次はロードアへ来るという。だが、今彼らが我が国へ来るのは危険だ」
「どうしてです?」
メニィが尋ねた。
彼女も、もう察しているだろう。
「父上の軍師…まあ、僕は認めたくないが…その男が、彼らを狙っているんだ。奴は父上をそそのかして、各地の浪人や野盗に旅人たちを襲わせようとしている。今彼らがどこにいるかはわからないが、恐らくはもうこの国に入ってきている。…このままでは危険だ。僕は一刻も早く、このことを彼らに伝えたい」
「…そのことを伝えて、王子はどうするおつもりなんだ?」
「彼らの手助けをする。そして、彼らがこの国で目的を完遂するために、全力で手助けをする」
「でも、それをしたら親父を裏切ることになるんじゃないか?」
「父上は、今となってはあの軍師の男…アジェルの言いなりだ。あんなのは、父上ではない。それに僕は、あの男のことを信用していない。少なくとも、奴が本当にこの国のために働いている、とはどうしても思えない」
「なるほど、つまり多少手荒な真似をしてでもいいから、余計な事をする奴を追っ払って親父を元に戻したい…と。そういう事だな?」
龍神が尋ねた。
しかし、王子様相手にこの口調を貫けるのはなかなか大したものである。
「ああ…」
「ふーん、そっか。なら…」
龍神は手を叩いて言った。
「いいな!なあ姜芽、是非この方に味方してもらおうぜ!」
「えっ…?」
「ああ、そうしてもらえるならありがたい。どこまでやれるかわからないけど、俺達もあなたの目的をお手伝いさせてもらいますぜ」
王子は、まだ状況が理解できていないようだった。
「えっ…えっ?あなた達は、一体…」
すると、煌汰が笑いながら言った。
「まだお気づきになられないんですか、王子。王子が探しておられる旅人ってのは、僕らのことなんですよ!」
「…な!」
王子は、心の底から驚いたようだった。
その頃、ロードア城では…
「…どこだ…どこだ、イーダス!」
いつになく焦り、ギルックは城中を探し回っていた。
なんのことはない、彼の息子である王子イーダスが行方不明なのである。
娘のジームリンデはいつも通り自室にいるのを見たが、イーダスはここ数日全く姿を見ていないどころか、娘に聞いても知らないと言うのだ。
「どこだ…どこにいるのだ…」
ギルックは、疲労と悲しみを浮かべた。
アジェルを軍師として近くに置いてからというもの、ギルックは毎日が激務となった。
驚くほどに仕事が湧いて出てくるようになり、息子たちと話す時間はおろか食事や睡眠の時間すらもろくに取れない。
かつては食事を息子たちと共にしていたが、今となってはそんなことは週に一度できればいい方だ。
ちなみに、ギルックは今年で49歳になる。
いかに異人と言えど、すでに老いが進行してきているこの体に激務の日々は辛かった。
しかし、国のためならば仕方ない。
むしろ、今までが優しすぎたのだ。
自分にそう言い聞かせ、ここまで頑張ってきた。
貴重な時間に子供たちの顔を見られることは、ギルックにとって数少ない心の支えだった。
しかし、それが今はこの有り様である。
息子は姿を消した、恐らくはすでに城を出ているだろう。
娘にも誰にも知られずに城を出られたのはすごいが、一体いつ、どうやったのか。
「イーダス…」
ギルックは、息子の名をつぶやいた。
そこへ、アジェルが現れた。
「おや、ギルック殿。こんな所で、何をなさっているのです?」
「アジェル…息子が、イーダスがどこにもおらんのだ」
「イーダス王子が…?ふむ、どうやら面倒事を察して逃げ出したようですね」
「…!ならば、そなたのせいではないか!そなたがあのようなことを申したから、イーダスは城を出ていったに違いない!」
「なぜ断言できるのです?」
「イーダスは利口な男だ。きっと、あの日のわしとそなたの会話もどこかで聞いておったのだろう。それで嫌になり、城を出たのだ!ああ…なんたることだ!」
ギルックは頭を抱えた。
「なんてことだ、こんな事で息子に愛想を尽かされてしまうなんて…たった一人の、たった一人の息子に…!」
絶望するギルックに、アジェルはすっと手を添えた。
「心配はありませんよ、ギルック殿」
「何故だ?…何故、そう言い切れる!」
「我らの主が、そう申しておられるからです」
「なに…?ぐっ!」
頭から血を流し、ギルックは倒れた。
「あっけないものですね、騎士王さま。…さて、そろそろ私も行動開始と行きましょうか」
アジェルはギルックの骸を担ぎ上げ、姿を消した。




