第130話 西の森の探索
森自体にはすぐについた。
ちなみに酒場では「西の森」と呼ばれていたが、正確にはこの森は城下町から見て南西にあり、この国に来る時に通った国境付近の森とは違う。
と言っても、あの森と同じようにちゃんとした道があり、通行自体は楽なのだが。
みなやたらとキョロキョロし、妙なほど警戒しているが、おかしくはない。
何しろ、森に入る時にメニィが探知結界を張ったところ、森の中には軽く30人を超える浪人がいるだけでなく、あちこちに虫系や魔獣系、植物系の異形がいることがわかった。
そんなに強い異形の反応ではなかったようなのだが、念の為注意を払っておくのだ。
そうしているうちに、さっそく道の脇の低木 の中から異形が現れた。大きさは2mくらいあり、色は真っ白く、フォルムはまさしく蜘蛛。煌汰によると、「エルカノ」と呼ばれる虫系の異形らしい。
蜘蛛は一般に「虫」と呼ばれる「昆虫」ではないと聞いたこともあるが…まあ、気にしたら負けだろう。
異形はこちらを見て、前足を上げて威嚇?してきた。
試しに「ソロファイア」を放ってみると、異形の全身は容易く燃え上がり、見る間に消滅してしまった。
虫系である故、火には弱いらしい。
「やっぱり、害虫と雑草駆除には火が一番だな」
龍神はそう言いながら、メニィの方を見た。
「一応確認だが…娘さん、あんたも火、使えるよな?」
メニィは、驚いたようだった。
「…なんで、わかるんですか?」
「ふむ、そうだな…長年の経験と、魔力の感じ方の差異によるもの…かな。魔力持ちのメイン属性は、何となく感じ取れる。ついでにあんたは地属性にも適性があるらしいな」
「…」
彼女が黙り込むと、龍神は続けてこうも言った。
「術士、だっけか。今の時点でその魔力があるんなら、たぶん昇格も割と早くに出来ると思うぜ。若いせいか知らんが、なかなかにかわいい顔してるしな」
メニィは驚き、同時に照れるような反応をした。
しかし、龍神はさらにこう続けた。
「けど、色々と《《小さい》》のがちょっと残念だな。それだと、男は寄ってこないかもしれないぜ?ははっ」
メニィはたちまち表情を変え、奴を睨みつけた。
その目は、彼女が魔法に精通していることを考えると普通に怖い。
なお、当の本人は彼女に怯えるどころか、そもそも彼女が怒っていることにすら全く気づいていない。
そして、極めつけにこう言った。
「どうした?…あ、ひょっとして小さいってことをコンプレックスに感じてたか?なら、ごめんな。自分でもよーくわかってることを他人に指摘されるのって、ムカつくよな」
メニィは今にも魔弾を放たんばかりの形相で龍神を睨みつけた末、かすかにため息をついた。
「…姜芽さん。この人、本当に悪い人じゃないんですよね…?」
「あ、ああ…」
…やはり、奴は相変わらずである。
悪気はないんだろうが、いつも思ったことをストレートに言えばいいというものではない、ということに早く気づいてほしいものだ。
少し進むと、また異形が出てきた。今度は大柄な猫のような姿をしており、全身が緑色の毛で覆われたものが3匹。煌汰曰く、「アンギィ」という魔獣系の異形らしい。
それらはまさしく猫のように全身の毛を逆立て、キシャーという声を上げて威嚇してきた後、飛びかかってきた。
「[稲光の道筋]」
龍神の声と共に、空中を青い稲妻のような光が走り、それと同時に異形たちはまとめてふっ飛ばされ、地面に落ちて消えた。
「…」
みんなの視線が彼に集まる。
当の本人は刀を普通に納め、何食わぬ顔で言った。
「…楽で助かるな。進もうぜ」
その後もちょくちょく虎や狼のような異形が出てきたが、その度に誰かが出て倒した。
龍神とメニィがやってくれる事が多かったが、煌汰が氷魔法や冷気を放って倒す事もそこそこあった。
そもそも、魔獣系の異形は冷気と高温に弱いらしく、本来ならば煌汰と俺の格好の獲物であるという。また魔獣系異形は皮膚が頑丈で、物理攻撃は効きづらい、とも言っていた。そう考えると、奴らを刀一本で容易く斬る龍神がいかに異常であるかがわかる。
ちなみに敵の数が多く、一人の攻撃だけで仕留めきれなかった時は残りの誰かが追撃して残党を仕留めていたのだが、当初龍神だけは追撃をしようとしなかった。
煌汰に「倒しそびれた奴がいたら追撃してくれ」と頼まれ、初めて追撃するようになった。
ちょっと変わってるな…と思ったが、今更な気もする。
もしかしたら、自分が手を下さずとも誰かがやると思っているのかもしれない。まあ、間違いではないが…。
ブナの木の異形、「ビーチル」が現れた際には、みんなが一丸となって戦った。
最初は俺もメニィも燃やしてしまおうと思い、火術の構えを取ったのだが、それを見て龍神が助言をしてくれた。
「こいつを燃やしたら、周りにも火が燃え移る!みんなして焼死したくなきゃ、火は使うな!」
一瞬、「えっ…?」と思ったが、言われてみればその通りである。
俺は斧を抜き、メニィは地の魔法に切り替え、戦闘態勢を取った。
異形は葉っぱを飛ばしたり、枝を叩きつけたりして攻撃してくる。
それらを躱しつつ煌汰が氷の魔弾を飛ばし、メニィが鋭い岩を落とす。
幹が硬いのか、ろくに傷をつけられていないので、俺は斧を振りかぶった。
すると、龍神が待ったをかけてきた。
「ただ斬るだけじゃあ面白くないよな。協力するぜ」
龍神は手を伸ばし、斧の刃の部分に電気を蓄積させた。
そしてそれが完了したのを確認し、俺は斧を肩に担いで飛び上がり、技を繰り出した。
「斧技 [大地裂斬]」
文字通り大地を割るかの如く、斧を力いっぱい振り下ろす。
薪を割るような音と共に、無数の稲妻がほとばしる。
ビーチルは見事に真っ二つになり、崩れるように倒れて消滅した。
「…!」
「すげえ!」
メニィと煌汰が驚く中、俺は飛び上がって空中で一回転しながら舞い戻る。
サラッとカッコつけたのだが、気づかれただろうか?
「あんな硬い異形を、一撃で倒すなんて…あ、ひょっとして電撃で…?」
メニィの疑問に答え、龍神は言った。
「その通り。電撃ってのは、植物系異形に対しても効果的なんだ。特に樹木系の奴には、効果抜群だぜ。あと、斧っていう武器種自体が植物系異形に特効があったりもする。だから、今のは当然の結果とも言えるな」
斧に、植物系特効があるのか。それは初めて知った。まあ確かに斧は木こりとか使ってるイメージあるし、しっくりくるか。
「それと姜芽、その斧って変形するタイプだよな?もしかして、剣とか槍も使えるのか?」
えっ?と思い、改めて斧を見た瞬間、はっとした。この斧、よく見たら刃の根本のあたりに変な機構がある。
これは、ひょっとして…
「うわっ!」
刃の根本の柄の所に手を当てたら、突如斧が変形し始めた。
刃の部分が丸い盾のようになり、柄の部分は細い剣のようになって、互いの合体が外れた。
この瞬間、俺はようやく理解した。
この武器は、単なる「斧」ではないことを。




