第9話 古き友たち
草原に伸びる道を進んだ先には、何やら立派なゲートみたいなのがあった。
その両脇には、槍を持った兵士らしき男がスタンバイしている。
「あれが関所か?」
「ああ。あそこを通れば、セドラルの町だ」
ここで、キョウラが明るい顔で言った。
「セドラルはこの大陸で最も栄えている町の1つです。同時に、私の故郷でもあります。素敵な町ですので、姜芽様もきっと気に入ってくださるかと思います」
「そうか。それは楽しみだ」
関所のゲート前に近づくと、兵士の方から話しかけてきた。
「町へお入りですか?」
「はい。私はこの町の者です」
キョウラが名乗り出ると、兵士は「そうでしたか。では、お通り下さい」と言って通してくれた。
俺と樹の事は、気にもかけていない様子だった。
まあ、たかが町への入場口だし、そんな厳重な警備を敷いてる方がおかしいような気もするが。
その町並みは、いかにもファンタジーの世界という感じのものだった。
歩いてる人達の服装もまた。
「おお…やっぱりいかにもな感じの町だな」
「だよな。ここは、セドラル城って城の城下町なんだ」
「城下町…か。いいな、雰囲気あるじゃんか」
少し歩いてみると、ちょうど祭りの屋台みたいな感じで色んな店があった。
その光景はまさしく、異世界の町である。
「で、あれがセドラル城だぜ」
樹が指差す先には、これまた異世界っぽい西洋風の城がそびえていた。
「うわぉ…立派な城だな」
「…見た目は、な」
その言い方は、どこか含みがあるようだった。
「何か、あったのか?」
「実は、もう1年くらい前から、あの城には主がいないんだ」
「え…そんなことあるか?」
「前の城主はこの国の王でもあるエジオっていう奴だったんだが、ある時突然行方不明になったんだ。国王には妻はいたけど子供はいなかったし、その王妃も王を探してどこかに旅立っちまった。なもんで、あの城には今誰もいない。ほとんど廃墟みたいなもんだよ」
「え…あ、でも、兵士くらいはいるんじゃないのか?」
「まあ、兵士はいるな。けど、あくまで掃除とかして、見た目を小綺麗にしてるだけだ。肝心の主がいないんじゃ、廃墟も同然だろ」
「それは…そうかもな。ところで、さっき言ってたシェアハウスってのはどこにあるんだ?」
「あ、あれか。あれはこっちだ」
樹は次の角を左に曲がった。
「ここだ」
それは、一見まわりの他の家と大して変わらない家であった。
「ここ…?普通の家にしか見えないけど」
「魔法で外見を取り繕っているのではないでしょうか」
「ご名答!そうだ、その通りだ」
「なんでそんな事してんだ?」
「まあ、詳しくは中で説明するよ。さあ、行こうぜ」
樹は、その片開きの扉を開いた。
「ん?ああ、樹か」
家の中にいた男。
その顔には、見覚えがあった。
谷口直生。樹と同じく俺の同級生であり、中学で別れた。
まさか、こいつもこっちに来てたとは。
「…あれ?そいつはひょっとして…」
「姜芽だ。…いや、和人だ」
「だよな。いやー、久しぶりだな!」
「だな。お前もこっちに来てたんだな」
「俺はもうだいぶ前に来たぜ。お前は今来たとこだな?」
「ああ。あ、こっちの女の子はキョウラって言うんだ。修道士らしいぜ」
キョウラは、頭を下げて挨拶をした。
「そうかい。俺は飛谷猶だ。…あ、猶って猶予の猶な」
「…え、なんだ、お前も名前変えたのか?」
「ああ。…ま、変えたというか勝手に変えられたんだけどな」
「桐生にか…俺と同じだな」
「和人…じゃなかった、姜芽は何の種族なんだ?」
「防人だ」
「防人…か。俺は…」
突然、ドタドタという音が響いた。
そして、上へ続く階段から誰かが転がり落ちてきた。
そいつは、若い男のようだった。
「大丈夫ですか!?」
キョウラがあわてて駆け寄った。
「あいててて…」
「全く、何やってんだよ」
上の階から声が飛んできた。
「って、あれ?なんで女がいるんだよ?…ありゃ、なんか見覚えある顔…って、ひょっとして和人か!?」
その男の顔を見て、俺は驚いた。
「ありゃ、悠輔」
それは間違いなく、中学までの俺の同級生にして友人の岩本悠輔であった。
「えらく久しぶりだな。あ、樹。お前が連れてきたのか?」
「ああ。てか、そっちは何してんだ」
「俺は何もしちゃいない。こいつが勝手に…」
その「こいつ」はと言うと、キョウラに心配されながら立ち上がってきた所である。
「うぅ…いててて」
「大丈夫かよ?」
「なんとかね…ってあれ、和人!?」
「ん…あれ、宏太?」
簸川宏太。こちらは高校まで一緒だった友人だ。
「久しぶりじゃん…なに、いっくんが連れてきたの?」
宏太は、樹のことをいっくんと呼ぶ。
それは、今でも同じであるようだ。
「そうだよ。てか、お前は何やってんだ」
「いや、下に来ようとしたら滑ってさ…派手に転んじまったよ」
よりによって階段で転ぶとは。
相変わらず、ドジな奴である。
「はあ…何してんだ、まったく」
「しょうがないだろ。こいつはアホだしな」
「ちょ、猶!なんだよその言い方!」
「本当のことだろ。なあかず…じゃなくて姜芽」
「姜芽…?」
ここで、樹が説明した。
「あ、こいつは今は和人じゃないからな。生日姜芽、って言うんだ」
「そうか…僕と一緒だな。僕もこっちに来た時に名前変わったんだよね。今は李遼煌汰って名前なんだ」
「俺は胡松柳助だ。姜芽、だな。そっちの女の子は?」
「私は、修道士キョウラと申します。わけあって姜芽様と樹様に同行させていただいております」
「そうか。おい煌汰、大丈夫かよ?」
「まあね…階段から落ちるのは慣れてるし」
普通、慣れるものではないと思うのだが。
「いや、普通慣れるもんじゃないだろ。…ところで樹、和人…いや、姜芽を連れてきたって事はアレだな?」
「ああ。ちょうど呼びに行こうと思ってたとこだ」
どうやら、何かをしようとしていたようだ。
「何する所だ?」
「お前ら二人の事をみんなに紹介するのさ。
あと、説明もサラッとな」
その後、俺達は一階のリビングらしきテーブルを囲む椅子に座った。
後からもう一人来た―森星暉、これまた中学まで一緒だった同級生。
一人称に「ひっか」という独自の言葉を使う、愛嬌のある奴だったと思う。
正直あまり関わらなかったが、悠輔とは仲が良かった印象がある。
どうやらこいつも改名したらしく、今は聖斗輝と名乗ってるらしい。
何気に俺以外のメンバーは下の名前の読みは変わってないようだ。
と、まあこうして、リビングに7人が揃った。
「結構いるんだな」
「まあな。…あれ、龍神は?」
「…え、龍神もいるのか?」
龍神…もとい望月龍神。
俺とは直生、悠輔と並んで保育園の時から一緒だった奴で、樹と同じくらいかそれ以上に仲が良かった奴である。
勉強は出来なかったがとにかく物知りで、俺達の中では雑学王として認識されていた。
一方で変なこだわりを持ってたり、ちょくちょく場の空気を読まなかったりという面もあり、変わり者としても認識されていた。
何気に保育園から高校までずっと一緒だった数少ない奴だったりする。
「そうだよ…僕らは全部で6人いるんだ。あいつがいないと地味に困るんだよなあ…」
「まあ、いいだろ。あいつはいっつも1人だし、自由にさせる他ないからな」
猶がそう言ったが、正直これには俺も同感だ。
学生時代、龍神は友達もほぼおらず、いつも一人で本を読んだり下手な絵を書いたりしてたし、一人が好きだと言っていた。
樹は机上に肘をつき、顔の前で手を合わせて言った。
「んじゃ、始めるぞ…『チーム・ブレイブ』の特別会議をな!」




