第124話 伝説の人
レジェンド、という言葉に心を引かれたのは言うまでもない。
俺は、素早く亮に質問した。
「なんだ、それは?」
「…え?」
「今、レジェンド…って言ってただろ。一体誰のことだ?」
「ああ、そうか、ご存知ないか…」
そうして、亮はその"伝説"について語りだした。
「私達が伝説と呼ぶ存在…それは、とある一人の異人だ。彼は上位種族にして、この大陸…いや、この世界の全ての吸血鬼狩りの原点にして頂点。いかなる絶望的な状況からでも、彼は必ず生還してきた。紛う事なき、最強の吸血鬼狩りだ」
「そんなに強いのか?」
「そりゃあね。あいつは、間違いなくあたし達よりずっと強い。上位種族だし、そもそもあたし達とは年季が違いすぎるし」
未菜が口を挟んだ。
「あたし達の間では、あいつを知らない奴はいない。あいつは全ての吸血鬼狩りの源流である『カオスホープ』のリーダーで、今生きている中では最古参の吸血鬼狩りなんだ」
「そうだ。…1つ、彼にまつわる話をしよう。彼はこの世に生を受けた時より、他の者とは異なる性質を持っていた。故に長らく孤独で、数多の苦労を重ねてきた。成長しても周囲の人間に合わせることができず、人の世で生きていくことができなかった。そんな彼は、やがて世界の線を跨いで異人となり、人としての線路を外れて生きるようになった」
世界の線を跨いだ、ということは元々人間界にいたのか。俺達と同じ経緯があるというのは、なんか変な親近感を感じる。
だが、人の道を外れる…という言い方には、いい感じはしない。
「無情者…即ち殺人者の亜種となり、非情に世界を彷徨っていた彼は、ある時一人の魔女と出会った。その魔女は、彼の生きづらさを緩和し、その心を解きほぐし、打ち解ける事ができた。やがて彼女は、彼にとってかけがえのない仲間となった」
魔女…と聞くとプラスとマイナスのイメージがあるのだが。この世界の魔女は、どちらなのだろう。
「2人は長らく共に旅をした。こんな時間が、永遠に続けばいいのに…双方が、そう思っていた。しかしある時、事件が起こった。空を舞っていた2人は大陸の北東、呪われた森に落ちた。その森は無数のアンデッドが潜むことで知られており、入った者は出てこられないと言われていた」
まあ、それだけ聞くとよくある感じの「曰く付きの場所」って感じだ。
そして…そこからどうなったのか。
俺は、知らず知らずのうちに亮の話に夢中になっていた。
「それから何日かの後、彼は生きて森から出てきた。彼は、呪われた森に入った者の中で最初の生還者となった。だが、そこに魔女の姿はなかった。彼は彼女を救えなかった事を悔やみ、彼女の残した意思に従った。アンデッドを狩り、人々の脅威を排除する組織を築き上げた」
これもまた、よくある話だ。
自分は生きて帰れたが、友を救うことは出来ずに終わった。そして、そのせめてもの償いとして、友の残した意思に従う。
なんというか…悲しいが、心が震える。
「彼は人と関わることが極度に苦手だったために、仲間の勧誘は行わなかった。だが、彼の行いは次第に大陸中に知れ渡り、その後を追わんとする者が少しずつ現れた。そして彼の後を追う者が10人を数えた時、彼は吸血鬼狩り組織、『カオスホープ』の樹立を宣言した。後の世に、カオスホープの団員は弟子を取り、その弟子もがさらに弟子を取るようになった。そうして数を増やした吸血鬼狩りは、やがて複数の組織に分かれ、活動するようになった。そしてそれは、彼の物語から1500年の時が流れた今に至るまで、継承されている」
亮は両目を閉じ、そして開いた。
「と、いうわけだ。彼は吸血鬼狩りをこの世界にもたらした存在であり、彼が樹立した『カオスホープ』は全ての吸血鬼狩りの原点。我が組織ジャックも、元をたどればカオスホープに辿り着く。まあ、私自身はカオスホープにいたことはなく、先代の団長がそうだったんだがな」
俺は、一声唸って言った。
「なかなか壮大な話だったな。1500年前から続く組織か…」
「そうだ。吸血鬼狩りは今でこそ全体で数千人を超える組織だが、元はたった1人の異人が始めたものだ。それに、彼は人と付き合う事を嫌っていた。なのに、彼の後を追おうとする者が自然に現れていき、それが今の吸血鬼狩りの多さに繋がった。その強さと幸運、そして独特な魅力。それが、彼を伝説たらしめている理由だ」
「…。亮は、そいつに会ったことあるのか?」
「あるにはある。10年前、先代が亡くなって間もない頃に、高位の吸血鬼に襲われた時、彼が現れて助けてくれた。私と彼との間に会話はほぼなかったが、一目でわかった。丁寧に、そして荒々しく使い込まれた刀、暗く冷徹な瞳、雷そのもののような電撃…」
亮は、再び目を閉じた。
「彼は吸血鬼狩りでありながら、それを生業としていない。これは、私達の概念では驚くべきことだ」
「えっ?」
その発言に驚くと、青空が補足してくれた。
「私達もそうなんだけど、普通、吸血鬼狩りは一般の人から報酬をもらって働くもんなの。まあ、対アンデッド専門の傭兵、みたいな感じかな」
「なるほど。てか、てことは…」
俺が言わんとしたことを察してくれたのか、青空は笑って言った。
「あーいや、安心して。あんた達に同行してるのは別に契約じゃないから」
「…ならよかった」
まあ、ぶっちゃけそうでもいいのだが。煌汰や樹によれば、金を落とす異形というものはここまでに遭遇してこなかっただけで結構いるらしいので、このまま旅を続けていれば嫌でも溜まっていくだろうから。
「彼は決まった家を持たず、非情にその刀を振るいながらアンデッドを追っているという。もしここのことが彼に認知されていれば、彼が来てくれるかもしれない。そうすれば、私達の仕事も大分楽になるのだが…」
亮は、渇望するような表情をした。
吸血鬼狩りの頂点…か。
亮たちも十分強いと思うが、彼らを上回る強さを持っているというのなら、気にはなる。
殺人者の上位種族、ということは殺人鬼なのだろうが…何となく、悪いやつではなさそうな気がした。
アンデッドを倒すという目的のためでもいい、もし味方してくれると言うなら…一度、会ってみたいものだ。
ちなみに、猶はこんなことを言っていた。
「姜芽。レジェンドの正体…お前ならとっくに知ってるはずだぜ。何なら俺たちより詳しいんじゃないか?」
どういうことだろうか?
意味がわからなかったが、適当なことを言っているようには思えなかった。
それは、後のナイアの回答からも容易に導き出せた答えだった。
部屋を出たあと、ナイアの元に行って占い風に託宣を頼んだのだが、彼女はこう言っていた。
「正確なことはわからないけど…『意外な人物』『古くから親交のある人物』『最近出会っていない人物』らしいよ。…何か、心当たりない?」
…そう言われても、わからなかった。




