第121話 喜びと新たな使命
馬車に戻ると、猶とキョウラが出迎えてくれた。
猶は昔宗間と面識があったと思うのでまだわかるのだが、キョウラはなぜ出てきたのか。
「ナイアさんが託宣を受けたそうで、次に姜芽様たちに会った時、なにかいいことがある…と仰るのでお待ちしていました」とのことだが、宗間が来て何かいいことなんてあるのだろうか。
そう思った矢先、宗間は何やらキョウラを見回した。
「…どうかなさいましたか?」
「いや…あんた、もしかして修道士か?」
「そうですけど…それが何か?」
「ならよかった。ちょうどいいものがあるんだ」
宗間が取り出したのは、何やら神々しい雰囲気をまとう、真っ白い十字架のような彫刻。
「なんだ、こりゃ…?」
猶と同じことを思ったが、キョウラはそれを見て表情を変えた。
「こ…これは『僧侶の首飾り』ではないですか!?」
「ああ。前にちょっとした人助けをしたときに謝礼ってことでもらったんだけど、おれには使えないからな。どうせなら、修道士さんが使ってくれ」
「い…いいのですか?」
「いいよ。どうせ修道士の知り合いなんていないしな」
キョウラは恐る恐るそれを受け取った。
そしてしばらくじっと見つめていたが、やがて覚悟を決めたような表情をしてそれを首にかけた。
すると、キョウラの体が白い光に包まれて―
「…!」
光が消えた時、キョウラは変わらずそこにいた。ただし、白い法衣を身にまとい、白い帽子を被っていた。
そして首には、今かけたばかりの首飾りが変わらずある。
「おっ…!上手くいったじゃん!」
宗間の口調からして、今の首飾りが何であるのかわかっていたようだ。
俺としても、彼女の変わりようを見ればなんとなく見当はつく。
そして、キョウラは宗間に向かって言った。
「ありがとうございます、宗間さん。あなたのおかげで、私は昇格ができました」
やはり、そうだったか。
つまるところ、以前武器屋でもらったアイテムと同じだ。
あれは「防人」である俺が使えるアイテムだったが、あの首飾りは「修道士」であるキョウラが使えるアイテムだったのだ。
確か、修道士の上は「僧侶」。
経験を積んだ修道士が昇格でき、中級相当の白魔法を使い、邪悪なものの魔法や呪いを打ち払うことができる種族。
修道士より数が少なく、あまりお目にかかることのできない種族である。
…と、もはや毎度おなじみの「俺の中の何か」が言っている。
「いや…いいんだ。あれが『僧侶の首飾り』っていう、修道士の昇格アイテムだって話はちらっと聞いてはいた。でも、まさか本当に修道士を昇格させる力があるとは思わなかった」
「おや、首飾りの力を信じていなかったのですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど…なんか、修道士ってもっとすごいもので昇格するイメージがあったからさ」
「イメージ、ですか。まあ、それは仕方ないところもあるかもしれません。世間一般のイメージは、実像とは異なることが多々ありますから」
キョウラは俺の方を見て、
「姜芽様。宗間さんのおかげで、私は僧侶となれました。これからも、光と白魔法の力で姜芽様をお助けしますので、何卒姜芽様のお近くで頑張らせてください」
と頭を下げてきた。
「あ、ああ…」
ガラッと雰囲気が変わったもので、そう言うのが精一杯だった。
しかし、猶は普通に答えていた。
「僧侶か…でも、キョウラは俺たちに理解はしてくれてるだろうし、いいか。ま、適当に頼むぜ」
そんな彼に対し、キョウラはやや表情を引き締めて言った。
「猶様。私は、この軍の皆様のことは理解しています。しかし、道徳から外れた行いまで理解しているわけではありません。どうか、私の前で道を外れた行いをするのは謹むようお願いします」
「むっ…わかったよ」
猶を言いくるめるとは、見事な限りである。
以前樹に聞いたが、猶は少々キレやすく乱暴なところがあるらしい。
そんな奴を論破…というか口で牽制するのは、シンプルにすごい。
ちなみにキョウラの母吏廻琉…もといエリミアは、昇格した娘の姿を見てとても喜んでいた。
「こんなに早く、僧侶になった娘を見られるなんて…」とか言って、めちゃくちゃ嬉しそうにしていた。
当のキョウラも、「お母様に、少しだけ近づけたような気がします」なんて言っていた。
だが、僧侶が司祭になるには相当な時間がかかるとのことなので、本当の意味で母に近づくのはまだ先のことだろう。
その夜、俺はキョウラに呼び出された。
しかも、なぜか馬車の外に。
「姜芽様、ごめんなさい。こんな時間帯に呼んでしまって」
「キョウラ…一体何の用だ?」
「実は、この町に不死者…いわゆる『アンデッド』が潜んでいるようでして。夜のうちに彼らを可能な限り倒したいのですが…それについて、姜芽様に協力をお願いしたいんです」
「え、アンデッド?」
その言葉に驚くと、キョウラはかしこまったように続けた。
「はい。少々長くなってしまうんですが…実は私、この国に来た時から、いやな魔力が見えていたんです」
「いやな魔力?」
「はい…生きた者が持つものとは異なる、邪悪な魔力。上手く表現できませんが、不死者に特有のものです。それが、この国には漂っています。そして、この町にも…」
「この町にアンデッドが?でも、一体どこに…」
「正確にはわかりません。しかし、彼らは夜…特に深夜に活動します。今の時間帯なら、彼らを見つけ出すチャンスです。どうか、ご協力をお願いします。私の力を施しますので…」
「力…?」
すると、キョウラは杖を掲げて唱えた。
「『浄化の力、此処にて与える』」
目の前に不思議な光が現れ、俺の体を包みこんで消えた。
「これで、姜芽様も不死者を倒せます。どうか、私にお力添えをお願いします」
キョウラは頭を下げてきたが、正直断る理由はない。それに、深夜に町を徘徊する人影を調査するというクエストを受けている。
これは、やらないという選択肢はあるまい。
「もちろんだ。でも、そういうことなら、吸血鬼狩りの連中を連れてきたほうがいいな」
馬車に戻ろうとしたら、止められた。
「待ってください。今回の不死者からは、通常の不死者より強い力を感じます。吸血鬼狩りの方が同行されると、気配で気づかれるかもしれません」
「でも、2人で大丈夫か?」
「…。であれば、普通の殺人者の方をお連れしましょう。それなら、気配で気づかれることはないと思うので」
というわけで、とりあえず紗妃と猶を連れ出した。
紗妃はギリギリまで寝ぼけてたが、アンデッドが相手だと言うと途端にパッチリ目を覚ました。
猶は、そもそも寝てなかった。なんか寝付けなかったらしい。
そうして、アンデッドを見つけ出すため、クエストを達成するため、俺たち4人は深夜の町に繰り出した。




