第120話 酒場・殺人鬼の話
町の入り口でキョウラに回復を済ませてもらい、とりあえず酒場へ急いだ。
クエストの完了を、報告しなければならないからだ。
件の酒場の扉を開けると、マスターはすぐに反応してきた。
「おや、ご帰還ですか。いかがでしたか?」
その反応に、俺は瞬間的な怒りを覚えた。
「…あのなあ!あんなのがいるってわかってたんなら、ちゃんと説明しとけよ!」
「おや?今回のクエストに危険があるということは、最初にお伝えしていましたよね…?」
「…!!」
確かにそうだが、しかし…
なんだか煮えきらない気持ちになった。
「あのような危険な異人がいるなんて思いませんでした。いきなり襲いかかってきて、姜芽様たちの技どころか、私の術もまともに効かない…なんとか逃れる事ができましたが、一歩間違えていれば命を落としていたでしょう」
キョウラは落ち着いてはいたが、怒っていた。
それを見て、マスターはようやく非を認めた。
「そうでしたか…それは申し訳ございません。私の説明不足でした。それより、その異人について詳しくお聞かせ願えないでしょうか」
自分の非を認めたのはいいが…妙にあっさりした謝罪に、なんだかモヤモヤが残った。
「…なんと!それは『影の狂人』と呼ばれる殺人鬼、クレシュ・デヴァータです!」
今回遭遇した異人の特徴を説明したところ、マスターはひどく驚いた様子でそう言った。
「影の狂人…?」
「殺人鬼…?」
キョウラと俺は、別々の所に反応した。
「はい…殺人鬼は、文字通り殺人者の上位に位置する種族で、戦闘能力、凶悪さ、残虐さの全てにおいて殺人者を上回るとされています。数は少ないですが、これまでにも殺人鬼に襲われて命を落とした者が多数報告されているんです」
マスターがそう言うと、キョウラが言った。
「殺人鬼のことは、私も聞いたことがあります。心が欠落しており、人の世で生きることができず、罪を犯して生きる種族だと…」
「そうです…殺人鬼は、いかなる時も自分のやり方で、自分の利益だけを追求する種族。他者と関わることが難しく、集団生活が困難で、社会の中で生きていくことができないために命を奪うのだと言います。日々の生活のために人を殺すのはもちろん、いたずらに他者の命を奪うこともあるそうです…」
要は、盗賊の上位互換のような感じなのか。
なんか、ホラーとかサスペンスものの映画やドラマに出てくる殺人鬼とは違うが…いかにも殺人者の上位種族、といった感じだ。現役の殺人者である猶や紗妃も、いずれ昇格すればそうなるのだろうか。
「それで…影の狂人っていうのは何なんだ?」
「クレシュ・デヴァータの異名です。奴は数十年前からこの国をうろついている殺人鬼で、殺しの際は自らの『影』を使うといいます。その首には150万の賞金がかけられており、今までに何度も奴の首を狙った者がいました。ですが、みな返り討ちにされ…結局、誰一人として奴に打ち勝った者はいません」
「…」
キョウラが黙り込むと、マスターは不安げに言った。
「奴は、ここしばらくは姿をくらましていたのですが…そう簡単にはいなくならないようですね。いずれここにも、奴の退治依頼が来るでしょう。その時は…ふむ、どうしたものでしょうか…」
そこまで言って、マスターは唐突にはっとした顔になって言い出した。
「あっ、そうだ。帰ってきたばかりで申し訳ないのですが、新しい依頼があるのです。どうか、引き受けてはもらえませんか?」
こいつ…舌の根も乾かぬうちに。
だが、まあ…聞くだけは聞いてやろう。
「はあ…で、なんだ?」
「匿名の方からの依頼でしてね…最近、深夜…日付が変わるころの時間帯になると、奇妙な人物が町をうろついているそうです。それは妙にふらふらとした、酒に酔ったような動きで町中を歩き回るのだとか…」
「単に酔っぱらいじゃないのか?」
「それは有り得ません。この町では、夜11時以降の飲酒は原則禁止されていますので」
「そうか…とすると、なんだろう?」
「はっきりとはわかりませんが…おそらくは、アンデッドの類いではないかと思われます」
「…え?アンデッドが堂々と町に入ってくるのか?」
「詳しくは存じ上げませんが…ものによっては、町や集落の中に潜り込むアンデッドもいるといいます。そのようなものは、昼間は普通の住人のように振る舞い、夜になると本性を現して活動を開始するとか…」
ということは、夜になるまでわからないということか。何ともたちが悪い。
「アンデッド絡みの依頼は、その性質上引き受けてくださる方が限られています。しかし皆さんのお仲間には、殺人者や現役の吸血鬼狩りの方がいらっしゃるのですよね?」
「なんで知ってるんだ?」
マスターは友人から聞きまして、とだけ答えてきたが、念の為そいつはどこにいるんだ、と問い詰めた。そうしたら、意外な所にそいつはいた。
「彼は、そちらの席に座っています」
マスターが指した先は、俺達から見て一番近いテーブルの席。
そこには、青髪の若い男が座っていた。
近かったのも驚いたが、その顔に見覚えがあったのにも驚いた。
「あれ、宗間?」
宗間は康介の兄だ。
3歳違いらしいが、双子と間違うくらいそっくりだ…少なくとも、昔見た時はそうだった。
「…おっ、和人さん!久しぶりだな」
「ああ。宗間、だよな。あんた騎士になってたのか」
「そうだよ。おたくには、康介が世話になってるな」
「いやいや…てか、なんで知ってるんだ?」
「腐ってもあいつの兄貴だからな、ちょくちょく連絡を取ってたんだ」
なるほど。マスターが俺達の内情を知ってたのも、康介からこいつに情報が伝わってたからだったのか。
まあ俺の知り合いでもあるし、別にいいか。
「皆さんのことは、彼から聞いています。これまでの冒険譚も…ね」
マスターはそう言いつつ、念を押してきた。
「そんな皆さんの実力を見込んで、お願いします。今日でなくてもいいです、深夜に町中をうろつく者の正体を突き止めてください。そしてもしそれがアンデッドだったら、早急な撃破をお願いします。後ほど、結果を報告してください。この依頼…受けていただけますか?」
あくまで依頼を俺達に受けさせるつもりなのか。その精神は見事だ。
だが、断る理由も見当たらないので引き受けた。ついでに、宗間にも仲間に加わってもらった。
武器は弓と剣で、術は水属性を使うらしい。種族は騎士だが、もう少しで昇格できそうだとのことだ。
それでふと思った。うちのメンバーも、そろそろ昇格できる奴が出てこないだろうか。
もちろんマウントを取ったりしてるわけではないが。
しかし、宗間を加えて一旦馬車に戻ることにしたのが俺達の運命を変えることになったのであった。




