第117話 酒場・霊騎士の話
え、何だいきなり?と思ったが、マスターはごく普通の注文を受けたかのようにすまし顔で答えた。
「ええ、ちょうどいくつか依頼が入っています」
「僕らで引き受けられそうなのはある?」
ここで、俺は待ったをかけた。
「ちょ、ちょっと待て。クエストってなんだ?」
「ギルドに来る、いろんな人達からの依頼さ。達成すれば、相応の報酬をもらえる。ギルドに登録している異人なら、誰でも受注できる」
「てことは、ここはギルドの施設なのか?」
すると、マスターは特別な笑いを浮かべた。
「おや、これは失礼。ご存知ありませんでしたか。この大陸に存在する、異人を管理するための施設…ギルドは、正式名称を中央ギルドといい、各地に支部及び直営の施設を建設しています。そして、この店もそのうちの一つなのです」
なるほど、そういうことだったのか。
「そしてここを始めとしたギルドの直営施設では、正式に登録されている異人に対して、周辺地域の人々から委託された依頼をクエストという形式で提示し、それを達成した者に報酬を支払っています。これを生業とする者を『冒険家』と呼ぶこともあります」
ということは、居間までの俺達は『冒険家』ではなかったのか。
どちらかと言うと、『旅人』と言うべきか。
「まあ、そういうことだね。で、マスター?僕らはどう見える?」
「詳しくは存じ上げませんが…お二方は、ある程度経験のある方だとお見受けします。中級異形の討伐くらいなら、そう難しくないかと思うのですが、いかがですか?」
中級異形?と聞き返すと、マスターはおや?と首をかしげて、
「ご存知ないのですか?中級異形は、下級異形よりも大きく、強大な力を持つ異形の総称です。下級異形の群れのリーダーなどが該当します。一度は見たことがあるかと思うのですが」
と言ってきた。
「下級と上級の中間、ってとこか」
「まあ、そういうことですね。上級の異形はまれにしか現れない上に、知能も戦闘力も高いものばかりだと聞きます。私は見たことはありませんが、言葉を話すものもいるそうです」
確かに、以前出会ったガレグ鬼やさっきのバムトゥといった上位の異形を名乗る連中は、言葉を喋っていた。
となると、普通の異形は喋らないのか。
「いや、俺達は下級か上級の異形ばっかり相手してきたからな…」
すると、マスターは目を白黒させた。
「なんと…上級の異形を倒した事があるのですか!」
「そんなにすごい事なのか?」
すると、煌汰が突っ込むように言ってきた。
「あのね、高位の異形は並の異人じゃ歯が立たないし、場合によっては高位の異人でも普通に負ける存在だとされてるんだよ」
「その通りです。高位の異形に挑んで生きて帰れる者は、上級の種族ならおよそ7割、中級以下の種族なら半分もいません」
「そうなんだよなあ…あれ、マスター。確か、ここにも高位の異形の討伐依頼が来たことあったよね?」
「ええ、何度か。しかし、中級以下の種族で受ける方はまずいません。上級の種族…魔騎士や霊騎士の方なら、受けてくださることはありますが…」
「ん?霊騎士?」
ちらっと聞いたことはあるような気がするが…よくわからない。名前からして、魔騎士の上だろうか。
詳しい説明を願ったところ、こういうことだった。
霊騎士は魔騎士のさらに上に位置する騎士系異人の最上位種族で、魔騎士まで…というか大半の異人とは違って魔力を持っておらず、代わりに「霊力」という独自の力を扱う。
これによって繰り出される攻撃はすべて八属性、つまり火・水・電・地・風・氷・光・闇のいずれにも当てはまらない「霊属性」という固有の属性を持っている。
もちろん最上位の騎士であるため、戦闘では驚異的なまでの強さを発揮するが、霊騎士の存在意義…というか本来の役目は戦うことや何かを守ることではない。
では何なのかというと、現世で亡くなった者の魂を死者の世に運び、また新しく生まれ変わってくる魂を現世に運ぶ、「魂の案内」をすること。それに伴って、霊騎士はこの世とあの世を自由に往来することが出来る。
ちなみに、寿命を迎えた者の魂を取りにくる、いわゆる「死神」とは全く異なる。
寿命に関しては不明…というか、ほぼ無限に近いと考えられている。一見20代くらいの若い霊騎士でも、実は既に数万年生きている…ということも珍しくない。
さらに、仮に死んでも本人の意志で何度でも霊騎士として生まれ変わることができる。それも、記憶を完全にとどめたまま。そのため、実質的には不老不死に近い種族である。
そんな超越種族だが、問題は昇格の方法。
魔騎士が数千年の修行を積むことで成る…とされているが、具体的にどんな修行をすればよいのかがよくわかっていない。おまけに、すでに霊騎士になっている者達はそれを何故か頑なに語ろうとしない。
そもそも、魔騎士は100年の命を持つ種族である。数千年の修行は、人間にすれば数十年の修行に等しく、仮にその修行を見つけたとして、果たして生涯のうちに成し遂げられるかも怪しい。
そうした経緯もあって、霊騎士は非常に数が少ない種族であるという。
「魔騎士なら城に行けばいますが、霊騎士はいません。そして城の魔騎士の方々でも、霊騎士を見たことがあるという方はほとんどいません。身寄りのない転移者や転生者が死ぬ時には、霊騎士が迎えに来る、なんて話もありますが…いずれにせよ、人生で一度でも会えたらとてつもない幸運です」
人生で一度でも会えたら幸運…か。
人間よりずっと長く生きられる異人にとってもそうなら、本当に数少ないのだろう。
期待は出来ないだろうが、出会えたらいいな、と思ってしまう。
「霊騎士かあ…」
煌汰は、恋い焦がれるように目線を泳がせた。




