第116話 首都アラル
異形を消し去り、吏廻琉はため息をついた。
「さて…と。あとは、彼らを戻しましょう」
吏廻琉が樹に向かって「[セイブ]」と唱えると、小さな白い光が空中に現れ、樹の胸に吸い込まれるように消えた。
そして、樹は目を覚ました。
「樹!無事か!?」
「…。あれ?あいつは?」
「異形はもう消えた。吏廻琉が倒してくれた」
「そうか。それはよかった」
吏廻琉は続いて、セルクにも魔法を使った。
「[リテール]」
バラバラになったセルクの体の一つ一つが浮き上がり、元通りにくっついた。
「セルクさん…!」
メニィが声をかけると、セルクは目を覚ました。
「メニィさん…」
セルクは辺りを見渡して状況を理解したらしく、
「そうか…皆さん、ごめんね」
「気にするな」
一応、本当にあいつが司祭と関係があるのか吏廻琉に聞いてみたが、「そんなわけないでしょう?あれは邪霊系の異形よ」と一蹴された。
まあ、それはそうだろう。
「それにしても、実に不愉快な異形だったわ。司祭の使いを騙るなんて…」
何やら、意味深な感じなように感じられた。
「もしかして、あんな感じの異形は他にもいるのか?」
「ええ…上位の異人や権力者の関係者を騙って、悪事を働く異形はそれなりにいる。勿論、総じてそれらの権力者とは関係ない。肩書きを借りれば好き勝手できると思ってるのかもしれないけど、そんな事はないわ」
吏廻琉は杖を横に持ち、目をぎらりと光らせた。
どこか妖艶なようにも取れるが、見方によっては不気味だ。彼女の敵たる異形なら、尚更だろう。
そんなこんなでラニエダを抜け、30分もしないうちに町についた。
騎士の町…というから、いかにもな感じの西洋風の鎧が歩き回ってるのかな、なんて思ったが、そんなことはなかった。寧ろ、なんというか…軽装の旅人みたいな格好の人ばかりだった。
なんか意外だな…と思ったが、よく考えれば騎士である煌汰もこんな感じの格好をしてるし、おかしくはないか。
街角でハンマーを持ち金属を叩いている人、剣を背負って数人で盛り上がっている人、とファンタジー世界らしいことをしてる人もちらほら目についた。
「あとは、真っ昼間から酒盛りしてる連中でもいれば完璧なんだけどなあ…」
思わず心の声がこぼれた。
いや、別に大した意味はない。ただ、もう少し雰囲気を感じるためのあくまで個人的な意見、というだけである。
しかしそれが通じたのか、はたまた偶然か、煌汰がこう反応した。
「いるよ。外にはいないだけで、酒場に行けばまず間違いなく見れると思う」
「マジかよ。じゃ、行ってみよう」
煌汰の案内で、町の西にある酒場へやってきた。この町には酒場は5箇所あるらしいが、ここが一番入り口から近いという。
確かに、ここまで5分くらい歩いただけで着いた。
個人的に意外…というかちょっと気になったのが、店の外に飲食スペースがまったくないことだ。それはここだけでなく、道中の料理店なども同様だった。
この現象について煌汰に尋ねた所、何でもこの国ではもとより屋外で食事をする文化があまりない、というのと、酒の存在が大きいのだという。
騎士は酒好きが多いが、酔った様子を部外者に見られる事には恥を感じる。そのため、外で飲んで酔った様子を不特定多数に見られないために、外に飲食スペースを置かないようになったらしい。
代わりに、酒場や飲食店の店内はかなり広いという。
ものは試しとばかりに覗いてみたら、確かに結構広かった。何畳くらいあるかはわからないが、学校の教室を3つか4つくっつけたくらいの広さはある。
店自体がやたらと縦長だったのがなんか新鮮な感じだった。
そして奥には、煌汰の言ってた通り酒盛りをしてる騎士達がいた。
4人から6人の3つのグループが、豪快に笑ったり大声で話したりしながら宴会を開いていた。
それを見てたらなんか腹が減ってきたので、適当に食事を取ることにした。
居酒屋っぽく焼き鳥や刺し身もあったが、刺し身が妙に割高な事に驚いた。
焼き鳥が100テルン(記号はアルファベットのVにUを逆さにしてくっつけたような形。一見読めなかったが、3秒後にわかった)、ビールが120テルンであるのに対し、刺し身は600テルンと書かれていた。
マスターに聞いたところ、この国には海がないため、海水魚は貴重らしい。
一方で降水はそこそこあり、年間通じての気温も高めなので農業は比較的容易で、古くから酪農や耕作が盛んだった。そして、その中でも特に発展していったのが麦類、そして酒の製造であったという。
「この国では、パンとビスケットと酒が庶民の味方なんです。いや、城のお偉方だってほぼ毎日これらが食卓に上がってる。もしもこれらがなくなったら、この国の人達は、まあ…生きていけないでしょうね」
マスターはそう言った。
ビスケットか…騎士もお菓子は食べるんだな。と思った矢先、お通しの野菜の漬物をつまみながら、煌汰が突拍子もない事を言い出した。
「ねえマスター、なんかクエストはない?」




