第102話 脅威の深海人
「さあ、残るはお前だけだ!」
イルが剣を構え、指導者を睨みつけた。
「…そうだな。お前たちを侮っていた訳ではないが…見事だ」
指導者は落ち着いた様子で、俺達みんなを見渡した。
「ふむ、こうして見ると錚々たる顔ぶれだな。いずれも相応の経験があるようだ」
「なんでそんなことわかる」
「顔は、それまでの経験によって作られる。長く生きていればわかるものだ」
一瞬、長くって…と思ったが、なぜかすんなり納得できた。
「陸人には、我らの事が認知されていると聞く。私はもちろん、今の4人は他の団員とは異なる種族なのだが…お前たちの中に、我らの事を知っている者はいるか?」
皆の顔を見ると、樹が喋りだした。
「深海人…水深200メートル以深の深海に住む海人の一種、だったか。通常の海人より高い能力を有し、海面付近まで上がってくることはほとんどない」
指導者は、唸るように言った。
「…続けろ」
「深海人は全ての能力において海人を上回る。それは戦闘力だけでなく、水質や温度もだ。ゆえに普通の海人が暮らせなくなるような環境の変化が起きても、深海人は耐える事ができる。そして、深海人は陸はもちろん、浅い海で暮らす同族にも興味はない。だから海の表層に上がってくる事はまずない。だが、もし彼らが上がってくることがあれば、よほどの事が起こった証拠だ」
「その通りだ…我らは本来、ここよりずっと深い海…微かに光が届く場所で生きる存在。わざわざ表層に上がってくる理由などない。ましてや陸人のことを気にするなど…」
「なら、一体なぜ?」
「我らの暮らす深海は、長らく平和な場所であった。争いもなければ汚れなどもない、美しい場所だった。だがいつの頃からか、明らかに海で生み出されたものではないモノが降ってくるようになった。そのせいで、我らの平和な生活は脅かされるようになった。美しい海底は至る所が醜いゴミで汚され、そこに生きる生物はゴミによって汚染され、食料にできなくなってしまった。我らはみな苦しみ、考えた…なぜこんなことになってしまったのか。
その結果、たどり着いたのだ。これらは海でない場所で生きる者達…すなわち、陸人の出したものであると。故に我らは、深海の者を代表して立ち上がったのだ」
この海は割とキレイだと聞いていたのだが、それは表面だけだったようだ。
考えてみれば、表面がいいから内面もいいとは限らない。
この世界でも、深海の汚染は深刻なのか。
「陸人よ…お前たちの所為で、我らは苦しむことになったのだ。我らはこんなことをされる謂れはない。お前たちは一方的に海を汚し、我らを虐げた。よって我らもまた、お前たちを虐げる。…当然の報復であろう」
指導者がそこまで言うと、リトが叫んだ。
「よくそんなこと言えるね…!あんた達だって、私達にさんざん酷いことしたじゃない!自分達の考えをみんなに押し付けて、言うことを聞かない人は殺して…私の家族だってそう!あんた達に、陸人を責める資格はない!」
「言ったはずだ、未来を切り開くには犠牲や我慢も必要なのだ。そしてもう一つ…未来というものは、時として戦って勝ち取らねばならないこともある。そして、今がちょうどその時なのだ」
指導者は立ちあがり、槍をクルクルと回して言った。
「さあ、これで最後だ。陸人達よ、かかってこい。双方の未来は、この戦いにかかっている!」
話し合う気はもとよりなかったが、どうやら話を聞いてはもらえなさそうだ。
そこで、俺達は再び構えを取る。
「[海竜断ち]!」
「[乾きの刃の乱れ]!」
イルとリトが技を放つが、指導者…もとい深海人マーガルは槍を立てて受け止めた。
「なら次は僕だ!剣技 [鎧裂き]!」
煌汰が剣を豪快に振るう。
マーガルは槍で受け止めたが、少しだけ後退した。
「ほう…少しはやるようだな。だがこの程度で私に傷はつけられん!」
奴は槍を横に持ち、技を放った。
「槍技 [打ち崩し]」
槍を水平に振るったかと思えば、こちらの足元の床が突然大きく隆起した。
俺は足元をすくわれて転倒するだけで済んだが、イルは大きく打ち上げられ、天井に背中を打ち付けた。
リトが心配の声を上げるが、あいにくそんな事をしてる暇はない。
マーガルは、続けて技を放ってきた。
「槍技 [ボルテクスライサー]」
槍を放り投げて操り、こちらのメンバー全員の周りを高速で回転させて切りつけてきた。
結構キツいが、即座に回復して耐える。
幸い、数秒後には煌汰が結界を張ってくれた。
一応、攻撃が飛んでくる前にリトも結界を張ってくれたようだったが、残念ながらほとんど意味を成さなかった。
「うう…やっぱり私じゃ、ろくな結界を張れない…」
嘆くリトに、イルが励ますように言った。
「結界なんか張れなくてもいいんだ…!おまえには、優れた攻めのスキルがある!それを活かせばいい、ただそれだけだ!」
「でも…!」
「結界は私達が張る。おまえは攻撃を頼む!」
兄の様子に心を打たれたのか、リトは頷いて薙刀を振るった。
「[草薙の打ち払い]!」
一筋の斬撃がほとばしり、マーガルの胸を切り裂く。
マーガルは表情を変え、槍を杖代わりにしてうなだれた。
「…やった!」
喜びを浮かべるリト。
しかしその直後、彼女の体に一筋の斬撃が走り、リトは血を飛び散らせて倒れた。
「…!!リト、リト!?しっかりしろ!」
一応、生きてはいるようだ。
だが、かなりのダメージを負っただろう。
一体、今何が起こったんだ。
「…もしかして!」
俺はマーガルの方を見る。
奴は、傷に回復魔法を使いながら言った。
「気づいたか…。私は[報復]の異能を持つ。何人たりとも、私に傷をつければ、相応の報いを向けるのだ…」
やはり、そういうことか。
となると、リトは自分の技をそのまま返されたのか。
マーガルは不敵に笑った。
「私は倒れぬ…少なくとも、一人では決して死なん。お前たちの中の誰かを…地獄への道連れにしてくれる」
これは厄介な相手だ。
下手に強力な技を出せば、こちらが痛い目を見る。
敵としては始めての異能持ちの異人であるのもあってか、脅威の能力持ちであるように感じられた。
こいつを倒すには、どうするべきか。




