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黒界異人伝・異世界英雄譚 -ようこそ、造られた異世界へ-  作者: 明鏡止水
間章・海物語

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第93話 海中の物語

大陸の西部、アルバン地方沖に広がるゼアン海。

大陸の北部から南西端までを網羅する広大な海は、大陸を囲む4つの海の一つであると同時に、多くの生命を育む場所でもある。

そして、この世界の海共通の特徴として、海に生まれて海に生きる異人が数多く存在している。

彼らは陸の異人や人間から「海人」と呼ばれているが、彼らもまた陸の者達を「陸人」と呼んでいる。


かつては、海人はみな陸の地に憧れを抱き、陸人との交流を望んでいた。

そのため、海に近づいた陸人をみな快く思っていた。

しかし、数百年前から陸人によって海が汚染されたり、海人が彼らの糧として犠牲にされるようになってからは、その心情にも変化が現れてきた。

今や海人は陸人を憎む者と憧れる者に分かれ、その思想の違いによる種族間の争いも日々頻発している。


そしてそれに振り回され、苦しんでいる海人も少なくない。

それはただ争いに巻き込まれて日々の平和な生活を失っている者だけでなく、自身の思いに素直になれずにいる者も相当数存在する。

だが、その存在を認知し、意識している者は少ない。


心が傷ついている者は、体が傷ついている者より辛い…

それは海人も、陸人も同様である。








リトという少女がいた。

小さな体に希望に満ちた碧眼を持ち、「薙刀」という武器を扱う彼女は、海に暮らす「海人」と総称される異人の一種族…正確には「水守人」という種族の異人だ。

水守人はこの世界では最もよく見かけられる海人系種族の一種で、世界中の海の表層付近から水深300mの地点まで、幅広く棲息している。


ちなみに、種族名にこそ守人、すなわち陸の異人である防人系の種族と同じ字が入っているが、大きく異なる種族だ。

守人並びに防人系の種族が人間をベースとした種族であるのに対し、水守人は太古の昔、この世界の海に自然発生した海人から枝分かれした種族の一つ。

つまり、人間とはまったく無関係の種族なのだ。故に、その外見や身体的特徴も人間とは異なっている。


ただし、その外見は真正の海人に近い。

真正の海人との違いは、体に明確な鰭と鱗がないことと、比較的水温が低く浅い海域に棲息していること。そして、自分から陸の世界に近づくことだ。

その行動は、地上への飽くなき興味に由来するものであると言われている。


彼女…リトも、例外ではなかった。

生まれてから50年あまりの年月を海で過ごす彼女は、幼き日より地上に興味を持っていた。

そして、事あるごとに陸へ上がってみたい、陸の者と話してみたいと思っていた。

しかし、不幸にも彼女の生まれた時代は海人の陸人へ対する想いが揺らぎつつあり、彼女の想いに賛同する同族もいる一方、批判する者も決して少なくなかった。


その上、ここ数十年は極端に陸人を恨み、嫌う海人が陸に憧れる海人を武力行使で抑え込み、支配するようにもなってきた。

そのせいで、リトはますます想いを口に出来なくなっていた。

だが、その想いは決して消える事はなかった。


ある時、彼女はついに行動を起こした。

深夜、監視の海人の目を盗んで集落から脱走したのである。

幸い、誰にも気づかれずに海人の監視領域から抜け出せた彼女は、ひたすら東へ向かって泳いだ。

遠い昔、ずっと東で陸を見たというかすかな記憶を頼りに、ひたすら泳いだのだ。


彼女の行為は、ただ陸への憧れというだけで引き起こされたものではなかった。

ここ最近の海人の暴挙を止めるために、必死に考えた打開策でもあったのだ。


本来水守人は群れや集落は作らず、家族で海の各地を放浪して生活する。

しかし、陸人に強い恨みと憎しみを持ち、それを振りかざす過激派の武装海人…通称「マクダット」が現れてからは、本来は自由に生きる種族である水守人も彼らの干渉を受け、その監視下に置かれている。


今では、陸への憧れどころか陸地に関する発言をしただけでマクダットの者が飛んでくる状況である。

そうしてそのような発言をした者は捕らえられ、海人の「裏切り者」として処刑される。

そのため、今の水守人は陸の者を蔑むような言動をせざるを得なくなっている。


当然、この状況に不満を感じる者はたくさんいた。

しかし、誰も行動を起こさなかった。

みな、海人を…マクダットを、恐れていたのだ。

そこで、リトが動いたのだ。


陸の異人は自分たちと同様、海人に興味を持っていると聞く。

ならば、きっと話を聞いてくれる。

そして、同族を助けてくれる。

そんな思いを胸に、彼女はひたすら陸に向かった。




しかし、そう上手くはいかなかった。

陸まであと少しという所で、リトは水棲系の異形とばったり遭遇してしまったのだ。

薙刀を扱い、それなりの戦闘経験はあるリトだったが、この異形には歯が立たなかった。

必死で立ち向かったが、勝てなかった。


結局、命は奪われずに済んだ。

しかしひどい傷を負ったリトは、その場から逃げ出すしかなかった。

そして術でなんとか傷を癒やしつつ陸へ向かっていた彼女だが、やがて体が限界を迎えた。


リトは、陸まであと数キロという所で意識を失った。

幸運にも、近くに海人を捕食する異形や生物はいなかった。

また、彼女が気絶したのはちょうど陸の近くを通る海流の中だった。

この2つの幸運が、彼女を生かした。

陸と同族への強い想いと勇気を持ったうら若い海人を、海が助けたのである。





そうして、リトはある海岸に打ち上げられた。

念願の陸地にたどり着いた彼女だが、その喜びを噛みしめることは出来なかった。

しかし、彼女は惨めな終わりを遂げたわけではなかった。

第一に、彼女はまだ生きていた。

第二に、彼女を発見した者がいた。


旅先で仲間を増やしながら、大陸を回る旅人の一行。

それが彼女を発見し、助けたのであった。

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