第91話 悲しみと再出発
その後、徐々に国内に食料品が出回るようになり、町の人達の栄養状態は少しずつ回復していった。
メリムの言った通り、国にかけられた呪いは彼女とデモリアの命が解除の鍵だったようだ。
俺達はメゾーヌの人達から大いに持て囃された。
だが、みなそれに明るい顔で応える一方で、心の中は暗かった。
短い間とはいえ、彼女に助けられた記憶は皆の脳裏にこびりついて離れない。
どうして、こうなってしまったのだろう。
特に俺は、ずっとその事が頭から離れない。彼女に懇願され、彼女を殺したという紛れもない事実が心に重くのしかかる。
メリムを叩き割ったあの感触は、きっといつになっても忘れないだろう。
もちろんメリムが自ら選んだことであるし、彼女を討たねば呪いは解けないのだから、必要な犠牲というか当然のことではある。だが…。
もっと、他に何かなかったのだろうか。
とにかく、やり切れない気持ちでいっぱいだった。
後日、俺達はアルバン城に呼び出された。
玉座には、すっかり回復したらしいエウル王の姿があり、王は俺達に心から感謝する、と言ってくれた。
その上で、好きなものを恩賞として取らせる、とも言ってくれたが、みんなの望みは一つだった。
それは、皆を代表して俺が言った。
「それなら、お願いしたい事がある」
王に依頼し、メリムについて調べてもらった。
幸いにも城にはメリムとその兄についての情報がまだ残されており、調査してもらうのにさほど時間はかからなかった。
それによるとメリムが自殺した後、彼女達が住んでいた家は空き家になっているという。
なぜ彼女について知りたがるのかと王に聞かれた俺は、全てを話した。
王は、俺が話を終えるととても辛そうな顔をした。
「…確かに、そのような事があった。なぜ断ったかはもう覚えていないが、今思うとなぜあんな酷い事をしてしまったのか、本当に助ける方法はなかったのか、と我ながら思ってしまうな」
そうして、俺達は彼女らが住んでいたという家へ向かった。
それは一見するとごく普通の家であったが、中に入るとすぐに苺が言った。
「強い感情が残されていますね…悲しみと怒り、そして憎しみが入り混じった、複雑な感情が」
それは、俺も何となく感じていた。
「…まさか、こんな事になろうとは。彼女が不死者となったのも、デモリアに肩入れしたのも、私の責任だ。…私は、本当になんてことを…」
王は前に進み、恐らく彼女の兄が最期を迎えたであろうベッドの前で跪いた。
「すまなかった。本当に、すまなかった。もはや許されぬだろうが、心から謝らせてくれ。この国の王として、否、人としてあるまじき事をしてしまった。何と詫びをすればよいか…」
心做しか、王は泣いているように見えた。
城へ戻ると、王は城の司祭達を集め、あの家に鎮魂の儀式なるものを行うように命じた。
苺に尋ねた所、それは亡者の魂を鎮め、望まれぬ形でそれが蘇り暴走しないようにするものであるという。
つまりは、それを執り行えば彼女の魂が歪んだ形で蘇ることはなくなるのだろう。
儀式には苺と吏廻流、キョウラも参加した。
その様子は参加者以外は見られないという事だったが、少なくとも俺は城から彼女らの冥福を祈って合掌した。
儀式が終わった後、メゾーヌへの滞在及びアルバン城への自由な入城を許可された。
王はきっと、俺達に複雑な感情を抱いているだろう。
でも、それはこちらも同じだ。
また、今回の事件のことはすでに町中にも広まっており、人々は皆メリムの行いと心情について同情していた。
たった一人の異人が町も国も動かすとは、と言いたい所だが、もとはと言えば王含むメゾーヌの人々のせいであるのがなんとも言えない。
ちなみに次の目的地については、ここから南東の国、ロードアという事になった。
これまでに聞いた話と、地図から情報で認識している限り、かつて八勇者の一人、霊騎士オレグによって建てられた騎士の国である。
向こうまでの所要時間は推定一週間。出発は3日後。
これは、王から直々に提案を受け、みんなで話し合って決めたことであった。
当日の朝には王が直々に見送りに来た。
「色々とすまなかったな。せめてもの詫びとして、ロードアの国王に話を通しておいた。安心して向かうと良いだろう」
「ありがとうございます」
「それと、そなたらは旅人だな?であれば、一度西の海に行ってみるとよい。こんなことを言うのも何だが、海水浴でもすれば、きっと疲れを吹きとばせるぞ。それに、運が良ければ海人にも会えるかもしれん」
「海人?」
「なんだ、知らんのか?海人はその名の通り、海に住まう異人だ。我らに興味があるとも聞くが、なにぶんあまり姿を見せんのでな、詳しいことは知らぬ。仮に彼らに会えなくとも、海には一度は行った方が良い。まあ、そなたは既に行ったことがあるのかもしれんが」
確かにそうだ…というか、何気に俺は海に行ったことがない。
だから、ご好意に甘えさせてもらうことにした。




