第90話 悲しき呪い
「ど…どういうことだ!」
「そうだよ!呪いとメリムさんと、何の関係があるんだ!」
妙に鈍い秀典と康介に説明するかのように、メリムは語り出した。
「彼女…デモリアがこの国に呪いをかける際、私がその手伝いをしました」
「…えっ!?」
「彼女の手助けをする代わりに、必ず計画を成功させる。もしそれが叶わなかったら、私が彼女を殺す。私はデモリアとそのような契約を交わし、この国の人々を殺そうとしたんです」
「マジかよ…でも、どうして…」
「私はかつて、メゾーヌの町で兄と共に暮らしていました。当時、私達は日々武術の鍛錬に励んでおり、町で一番の武芸者として町の人達からも国王からも信頼され、尊敬されていました。現に、町に異形や盗賊が現れた時も、真っ先に立ち向かっていました」
彼女の強さは、そこから来ていたのか。
「ですが、8年前のある日…町に異形が襲ってきました。私達は当然先陣を切り、異形と戦いました。でもその異形は、これまでに相手してきたものとはわけが違いました。何とか撃退には成功したのですが、兄は深い傷を負ってしまったのです」
「それで、どうなったんだ?」
「幸い、命に別状はありませんでした。でも、当時私達は貧しく…薬を買う事が出来ませんでした。そこで、町の人達に薬を安く売ってくれるよう頼んで回ったのですが、ことごとく断られて…国王にも相談しましたが、相手にしてくれず…結局、兄はその傷がもとで亡くなってしまいました。
全身の傷が膿み、やがて蛆が湧き、ひどい臭いを放ち…兄が痛がり、苦しんでいる所を、私は黙って見ているしか出来なかった。そして、兄の亡骸を適切に葬ることも出来なかった。葬儀にかけるお金もなかったのです」
悲しい話だ。さぞや辛かっただろう、とも思うし、なぜ彼女らを助けてやらなかったんだ、何度も助けてもらっておいて、という町人達への怒りも感じる。
そして、メリムはすすりながら続けた。
「それ以降、私は心が壊れてしまいました。何をする気にもなれず、食事も喉を通らない。ついには生活も立ち行かなくなり、そのまま一人で…」
あまりにやりきれない話だ。
これでは、メリム達が救われなさ過ぎる…
と、ふと気づいた。
彼女は既に死んでいる、となると今ここにいる彼女は?
「…。あれ?」
康介達もそれに気づいたようで、同情はしつつも違和感を感じているような目つきでメリムを見た。
「けれど、私は死にきれなかった。メゾーヌの人々、そして国王への怒りと憎しみ。それに心を支配された私は、不死者へ姿を変えたのです」
すると、樹がとても悲しそうに言った。
「不死者…ってことは、アンデッドになったのか!どうしてだ…どうしてだよ…!」
「兄はとても優しい人だった。最期まで、町の人達を責めることはしなかった。でも、私はそこまで優しくなかった。どうしても私達を…兄を見捨てたこの国の人々を、許せなかった。でも、それはもう消えた。だって、私は…」
メリムは言葉を切り、その姿を変えた。
全身が紫色を帯びた、半透明の存在。
大まかに異人の姿をしてはいるが、その全身から魔力とは明らかに異なる力を放っている。
「メリム、さん…!」
輝が驚きと悲しみを交えた声を上げる。
俺にも何となくわかる…これがメリムの本来の姿。
そしてこれは、この世に生きる者に強い恨みを持つ不死者…「怨霊」なのだと。
「…ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。あなた達と出会って、私は自分が間違っていた事に気付かされました。出来る事なら、今すぐ消えてしまいたい。でも、それは出来ない。デモリアとの契約がある限り、私は自ら消えることは許されない。そして、私が消える定めからは逃れられない」
「それは、どういう…」
「今回の呪いは、私とデモリアが呪詛となったもの。つまり私とデモリアが死なない限り、呪いは消えません。それに、このまま国の人々が全滅すれば、私も彼らと共に取り込まれる運命。私は、どの道滅びる定めなんです…」
「そんな…」
輝が戦意を喪失する傍で、俺は尋ねた。
「取り込まれる、って一体何にだ」
「それは言えません。でも、この世界で最も恐ろしい存在…それが目覚めるために、私達は使われるんです。今はまだ眠っていますが、もし目覚めたら…誰も"それ"に歯向かうことは出来ません」
つまり、それは今回の事件が起きた本当の意味での黒幕である訳だ。
それが何なのかは、もはやどうでもいい。
何であろうと、潰すまでだ。
「姜芽さん、お願いです。その斧で、私を討って下さい」
メリムはそう懇願してきたが、出来るわけがない。
「出来ると思うか…!?俺は、あんたに…!」
「私が存在している限り、この国の呪いは解けません。それに私は、道を外れた存在。とうの昔から、惨めな最期を遂げる運命にあったんです。私は、もうこれ以上犠牲を出したくないし、あなた達を傷つけたくない。だから…どうか…」
メリムは、後半は涙ながらに訴えてきた。
「…」
俺は、斧を振れなかった。
気持ち的なのも勿論あるが、そもそもアンデッドを殺すことは出来ないのである。
「…姜芽」
苺が声をかけてきた。
「私が力を貸すわ。私があなたの斧に魔力を通す。そうすれば、彼女を逝かせられるはず」
「…でも!」
「残念だけど、これ以上無実の人を死なせるわけには行かない。彼女も言っていたでしょう?それに、これは彼女が自ら懇願していることでもある。本当に彼女のことを想うなら、あるいはこの国を救いたいと願うなら、すべきことは一つしかないわ」
苺はそう言って、俺の斧に手をかけた。
刀身が白く光り、不思議な力に覆われた。
「これでいい。さあ、介抱の時間よ」
俺は、メリムを見た。
彼女は目を閉じ、静かに涙を零し、じっとしていた。
その顔は、やはりここまで俺達を助けてくれた、美しい戦士のままであった。
「…」
俺は心の底から震えた。
そして、斧を振り上げ…
メリムの頭目掛けて、振り下ろした。




