第88話 召喚された異形
炎陣の効果はあったようで、デモリアは大きく後退し、倒れそうになったが辛うじて持ちこたえた。
「がはっ…!お…お前は…っ…!」
メリムを睨むように見つめ、そう唸った。
面識があるのだろうか。
メリムは無言かつ無表情のまま、燃え盛る大剣を構える。
俺はそんな彼女に声をかける。
「メリム!連携で行こうぜ!」
「…はい」
メリムの隣に立ち、剣を構えた。
「ふ…ふん…!何を勘違いしてるのかしら!お前達がいくら頑張った所で、無駄な事よ!私には勝てないわ![ベティ]!」
デモリアは手元に3つの黒い球を浮かべた…かと思ったら、それらは俺達の周りをぐるぐると回るように飛び、やがて一斉に飛びかかってきた。
ダメージは少しばかりきつかったが、これで倒れはしない。
すぐにこちらも術を唱え、反撃する。
「炎法 [カルネージフィン]」
俺が術を唱えると、メリムも同じ術を唱えた。
…これも昇格した時に自然と覚えた知識だが、同じ相手に二人で同時に同じ術や技を決めると単独で放つよりも威力が高くなる。
これは『ツープラトン』と呼ばれる戦術で、比較的手軽に出せる割に効果が優秀なテクニックだ。
今は火の術なのでメリムと出しているが、同じく火の術を扱えるメニィとでも出せると思う。
技で出す場合は二人で同じ武器種を使う必要があるため、ナイアと連携する必要がある。
メリムは一見剣を使っているように見えるが、彼女が使っているのは大剣であり、俺が使う長剣とは別の武器なので、連携は出来ない。
とは言え、彼女の場合俺と連携するまでもなく強い。
それは、現に今技無し術無しでデモリアとやり合って着実に追い込んでいる事からも容易に想像できる。
…しかし、大剣という重みのある武器相手に杖でまともにやり合うデモリアもなかなかだ。
やがてデモリアは追い込まれていると気づいたのか、突然結界を張ってメリムの剣を受け止めつつ、魔弾を放った。
メリムは身をよじって躱したが、その隙に距離を取られた。
そして、デモリアは術を唱えた…ただし、これまでのとは何か違う。
「んふふ…こうなったら…!」
奴は地面に手を当て、何やら不気味な魔法陣を展開する。
そして、またにんまりして言った。
「お前たち皆、滅ぼしてくれるわ…!いでよ、異形ルモッグ!」
魔法陣が光りだし、全身が茶色っぽく大きな異形が浮かび上がるようにして現れた。
それが何の異形か、一目でわかった…
「ひ…ヒグマ…!?」
黒く光る目に、異様なほど長く鋭い爪を持つ熊。
博物館で見たこともあり、めちゃくちゃ威圧感を感じた記憶がある、インパクト抜群の巨体。
それが、異形として呼び出されたのだ。
「ふふふ…さあ、奴らを全員、惨殺してしまいなさい!」
デモリアの意思に応えるかのように、ヒグマは咆哮を上げてこちらへ向かってきた。
メリムがとっさに火を放ったが、対して効いていないようだった。
まあ、それはそうだろう…ヒグマは火を怖がらないって聞いたことあるし。
それに、ヒグマと同じなら全身を分厚い脂肪で守られていて、火や多少の攻撃程度では怯ませることも出来ないだろう。
「きゃっ…!」
ヒグマの爪を受けたメリムは吹き飛び、悲鳴と共に血を飛び散らせた。
それを見て、思わず目を背けそうになった。
熊に人が襲われる様子は、なぜか直視出来ない。
よく知る動物であり、その恐ろしさをもよく知っているからだろうか。
俺は、反射的に「ラスタードヨーヨー」を出していた。
結界破壊の効果がある技なのは、防御面も硬い事をなんとなくわかっていたからだろうか。
斧はいずれもヒグマの胸や頭に命中し、多少の傷を負わせた。
ヒグマは唸り声を上げながら両手を上げ、俺に倒れ込むように襲いかかってきたので、バク宙で回避する。
「[光陰一矢]!」
輝が腹に矢を打ち込むと、ヒグマは再び唸り声を上げた。
その隙に樹と秀典と康介がかかったが、みんな容易く振り払われてしまった。
特に樹は部屋の隅にあったタンスの角に頭をぶつけ、出血を起こしていた。
すぐに自分で回復していたが、割りと痛みを想像しやすいだけになかなか辛い。
「ルモッグ、だっけか…ヒグマの異形なんて、おっそろしいもん出しやがる!」
秀典が言った。
「異形にしたって、デカすぎだろ…バケモンじゃねえか!」
康介の言う通り、こいつの体長はゆうに5mはある。
ヒグマはデカいとは聞くが、それにしてもこいつは超大物だ。こいつ一頭だけで、この部屋の三分の一近くを占領してしまっている。
だが、秀典達も怯みはしない。
「[メガスマッシュ]!」
秀典が飛び上がってヒグマの頭に大剣を叩きつけ、
「[ヘッドクラッシャー]!」
康介がハンマーを額に打ち付ける。
どちらもかなり威力がありそうな技だったが、それでもヒグマは一瞬ふらついただけ。
そしてヒグマは大きく息を吸い込み、大きな咆哮を上げた。
慌てて耳を塞いだが、もし間に合っていなかったら鼓膜を破られていただろう。
俺は、思わず言った。
「い…苺さん!あいつを…何とかできないか!」
苺は少し黙っていたが、やがて、
「…やってみるわ!」
と言って杖を構えた。
幸いにも、ヒグマはまだ彼女に狙いを定めてはいない。
苺は目を閉じ、杖に莫大な魔力を集めた。
「奥義 [神命・邪悪掃滅光]」
ヒグマの足元の床から4つの光が飛び出し、その周囲を回転し動きを止める。
そうしてヒグマの頭上で結束して一つの光となり、強烈な光が降り注いだ。
吏廻流が小さく「ようし…!」と言っていた所を見ると、彼女もあれの威力を知っているのだろう。
それならば、大丈夫そうだ。
…と思ったのだが、ヒグマは大したダメージを負っていないようだった。
驚いたのは吏廻流だ。
「えっ…どうして…!?」
対して、苺は何か気づいたようで、納得していた。
「そうか、『耐性』ね…」
「ふふ…お気づきになられたようね!」
デモリアが、また邪悪な笑みを浮かべた。
「これは、ある方法で特別な強化を施した異形でね…光には完璧な耐性があるの。つまり、あなた方司祭がお得意な光・白魔法は一切効果がないのよ!」
「一体どうやって…何にしても、考えたわね」
「これで、あなた達に無駄な抵抗はさせない…大人しくその命を捧げなさい!心配はいらないわ、いずれこの国の奴らも後追いするんだから!」
デモリアはそう言って、高らかに笑った。




