第5話
大門寺さんの後を追うと学校のグラウンドに着いた。夕日を雨雲が隠し始め薄暗くなっている。辺りを見渡すと雨宮さんも居た。
「良かった、二人ともここに居たんだね」
声を掛けるが二人には届いていないようだ。深刻な表情で彼女達の会話は続く。
「雫ちゃん、どうしてそんなことを......」
「どうしてだろうね。雪なら理解してくれると思ったからかな」
「その薬に頼っていたってこと!?」
「うん、そうなるね」
嫌な予感は的中した。陸上競技の不自然な記録は例の薬による影響だ。
「そんな物に頼っちゃだめ!」
「私には、ウッ!」
雨宮さんは自分の胸を押さえ苦しみ出し大門寺さんを睨み付けた。
「ア"ア"ア"!」
両手を付きだし襲いかかった。
「危ない!」
庇うように入り込み彼女の両手首を掴んだ。
「潤君!」
人とは思えない力だ。そのまま地面へと投げ飛ばされた。
「グハッ!」
「雫ちゃん!」
大門寺さんの呼び掛けに頭を抱え唸り声を出す。
「ううぅ、雪と白鋼? 私どうして.....」
気付けば手に注射器を持っている。焚流が持っていたやつと同じだ。
「そうだ、これだわ。これで私は生まれ変われた」
「雨宮さん、ダメだ。それを捨てるんだ」
「私にはこれしかないから。私から力を奪うと言うなら」
例の注射器の針を自分の首に突き立てた。じわりと血流が滴る。
「雨宮さん、それを捨ててくれ」
「雫ちゃん......どうして」
「私はもう戻れない! あの頃の弱い私には戻りたくない!」
彼女は首に当てた注射器の内筒をゆっくりと押した。
「う"あ"あ"ぁ!」
苦しむ彼女の全身は鳥の羽に覆われ、両腕は巨大な鳥の翼になり鋭い爪が生えた。鳥人間に変身した雨宮は天へ舞い上がり、足の爪を向け急降下してくる。
「避けるんだ! 大門寺さん!」
狙い済ました上空からの強襲攻撃に対し、俺は全力で大門寺さんを突飛ばした。互いに地べたに伏せ、攻撃を回避することができた。
「大丈夫ッ!? 大門寺さんッ!」
大門寺さんは俺の声は届かないほど雨宮さんを心配している。
「優しい雫ちゃんに戻って!」
彼女の叫び声が鳴り響くが鳥人間は変わらず上空から獰猛な眼で睨み付ける。
「俺が必ず元に戻すから」
「ハァハァ、大丈夫か二人とも」
肩で呼吸しながら、蒼助が到着した。
「大丈夫だ。蒼助は大門寺を頼む」
「だいたい状況は分かった。頼んだぜ、潤」
「おう」
蒼助は大門寺さんと一緒に安全な場所へ移動した。
「やるしかない」
固唾を飲み右手に装着したスマートフォン型のデバイスを起動させる。
「装甲ヲ展開シマス」
電子音声とともにデバイスからパワードスーツのホログラムが出現し肉体に重なり実体化した。
「正常ニ装着サレマシタ」
モンスターに対し生身では勝ち目はない。このパワードスーツはその最適解である。
同じく鳥人間は足の爪を突きだし急降下攻撃を放つ。直前まで引き寄せてから攻撃を避けその足を両手で掴み投げ飛ばしたが、すぐに体勢を立て直し空中へ飛んだ。
「クソッ」
蒼助からの通信が入る。
「潤、動きを鈍らせる。スタンロッドを使え」
「了解!」
パワードスーツの左右の腰にそれぞれ、バッテリーが内臓された柄と、電気が流れるロッドが装備されている。二つを合体させ、構える。
ヤツの急降下に合わせ一撃を振りかぶるが、ロッドの電撃はむなしく暗闇を引き裂く。鳥人間は寸前で空間を踏み込むように前方に宙返りし背部へ周り込み、両手の爪で背中を引き裂かれた。
「ぐぁー!」
「しっかりしろ! 潤!」
「背部ユニット損傷率10%カクニン」
「大丈夫だ!」
体勢を立て直す。致命傷にはならず、スーツも正常に機能している。しかし、このままだとじり貧だ、いずれやられる。安全装置を解除した一撃も回避されるだろう。空中を自由自在に行動できるヤツにどうすれば。
「天候を利用するぞ。」
「ん? 策があるのか!」
気付けば、雨が降りだし、雷の音も聞こえる。
「ヤツが空中に飛び立ったときにスタンロッドを投げろ」
迷う暇はない、蒼助の作戦に賭ける。接近戦に持ち込めば、鳥人間は空中へ逃げる。最大限まで上がったところに目掛けスタンロッドを投げた。
「うおぉ!」
流星のように飛ぶスタンロッドを鳥人間が避けようとしたその時、閃光が走った。雷がスタンロッドに落ち、衝撃に巻き込まれヤツは落下する。
「今だ!」
「安全装置ヲ解除シマス」
ブースターを吹かし接近し、自由落下する鳥人間に拳を構え打ち込む。寸前の所で意識を取り戻し、翼を羽ばたかせ強風によりに拳が逸れた。
「一筋縄じゃ行かないか」
近くでよく聞く声がする。戦闘中で気が付かなかった。
「私知ってるから! 雫ちゃんがたくさん努力してきたことを!」
「誰よりも陸上部が好きなことも!」
「何でここに戻って来た!」
俺の声を無視し彼女は上空へ飛ぶ鳥人間に向かって何度も叫ぶ。ヤツはそれでも足の爪を向ける。
「雫ちゃんは誰よりも強い人って、私知ってるから! だからお願い!」
彼女の声が届いたのだろう。空中にいる鳥人間はもがき苦しみ落下していく。
「本当にこれで終わりだ!」
拳によるインパクトを与え薬液を射出した。吹っ飛ばされた後、人間の姿に戻る雨宮。駆け寄り泣き崩れる大門寺さん。
「雫ちゃん......」
「アハハ......バカだな私は......」
「ごめんね、苦しんでいるのに気付いてあげられなくて......」
「ううん、ありがとね。ずっと雪の声がしてたよ」
大門寺の頭を撫でながら話す雨宮。
「あんた達に聴いて欲しい」
「雨宮さん?」
「白鋼、桐谷、生徒会長アイツはヤバイよ。けどあんた達なら......」
「会長がどうかしたのか!?」
雨宮さんは気を失った。
「連絡はしてある。大門寺、一緒に居てやれ」
「うん......」
蒼助は救急車をすぐに呼び大門寺さんが同乗された。いつものパターンからすると意識は取り戻せてもモンスター関連の記憶だけ綺麗に忘れているだろう。
「生徒会長に聞いてくるよ。蒼助はバックアップを引き続きたのむ」
「大丈夫なのか?」
「身体を張るのは俺担当だろ?」
「なら、任せた。無茶はするなよ」
「おう」