第3話
「邪魔だぁ!」
叫びながら逃げる如月は近くの森林に逃げ込んでいた。鬱蒼とした木々の中に幾つかの沼がある場所だ。追うとその先に焚流がいた。
「邪魔な存在はお前だ」
尋常じゃない力で突き飛ばされ尻餅を着く如月。その後、顔面を蹴り飛ばされ地面に倒れ、首に向かって足先が食い込む。
「タ、スケテ......クレ」
「裁きを受けろ」
「焚流! 落ち着け!」
いつもの焚流じゃない。何かに取り憑かれた様な邪悪な笑みを浮かべている。
「白鋼君、居たんだね。見ててよ僕強くなったから」
「人殺しをするつもりか!」
「違うよ。これは世直しだ。白鋼君も一緒にやろうよ」
怒りで目の前が見えてないのか。
「焚流、止めるんだ」
「白鋼君は分かってくれると思ってくれると思ったんだけどな。じゃあ、さようならだね」
如月ではなく、こちらに眼光が向く。それでも説得しないと。
「力で押さえつけたらお前も、アイツらと同じだぞ!」
「うるさい! そういう世界じゃないか!」
地面にひびが入るほど両足に力を溜め、上空へ跳躍した。こちらに向かって脚撃を放つ。
「なんなんだ、この力。まさか!」
避けきれない、とっさに右腕に装着されているデバイスを起動した。
「装甲ヲ展開シマス」
電子音声と共にデバイスの画面からパワードスーツのホログラムが前方に出現する。瞬時に身体に重なり実体化した。
「正常二装着サレマシタ」
脚部のブースターを点火し後ろに距離を置き直撃は避けたが、衝撃に巻き込まれ吹っ飛ばされる。防御が間に合い、バランスを保てた。
「白鋼君も力を持っていたんだね、本当に残念だよ」
焚流は懐から注射器を取り出し自らの首に刺した。
「やめろ! 焚流!」
昆虫の脱皮の様に背中が裂け、そこから粘液を纏い生まれ変わった焚流が出てきた。二つの赤い複眼、二本足で立つ昆虫型のモンスター。両腕は上腕までしかないが、鋭い爪が生えた強靭な両足を地面に突き立てている。
「結局こうなるのか......」
再度、焚流は両足に力を溜める。人間態であの威力ならモンスター化したら計り知れない。跳躍力も何倍も高い。
「生い茂った草木に隠れるしかないか」
それでもヤツは上空から正確に狙いを定め襲い掛かってきた。
「ぐあぁ!」
両腕で防御したが、左腕にヤツの脚撃が直撃し装甲に大きく亀裂が入り火花が散る。
「左前腕、防御機能停止」
そして衝撃により周囲の木々はへし折れ地面は抉られている。
「クソッ、どうすれば」
逃げても隠れても無駄。避けるのに専念するのがやっとだ。足場はぬかるんでいて動きにくい。足場? これだ!
「来いよ! 焚流!」
またジャンプ攻撃を仕掛けてくるが、直撃を避け衝撃に耐える。沼地の泥が飛び散り、雨のように降り注ぐ。そう、ヤツが着地した場所は沼地。浅い沼だが、ヤツの脚力で落下すれば、その足は泥に飲み込まれる。
必死にもがく焚流。両腕が前腕までしかなく退化しているため這い上がって来れない。激痛が走る左腕をやっと動かしデバイスにかざす。
「安全装置ヲ解除シマス」
「目を覚ましてくれ」
拳を顔面に叩き込んだ。倒れ込んだ身体を沼から引っ張り出し、少ししたら人間の姿に戻った。
「へへッ、ざまーみろだ」
気絶していた如月が覚醒し罵声を浴びせる。その姿を見て怒りがこみ上げてきた。
「そこの青いの、誰だか知らんが助かったぜ」
近付いてきた如月の胸ぐらを右手で掴み、そのまま宙に浮かせる。
「おまっ、なん......だよっ!」
「二度とこんな真似はするな」
右手を放し地面に落ちる。
「なんなんだよ、クソッ」
苦痛に歪む顔で睨み付けてくる。捨て台詞を吐き、よろめきながら去っていった。
焚流を背負い小屋へ戻ると取り巻きはおらず、白鷺会長が女子生徒を介抱していた。
「大丈夫かい!? 如月の仕業だね、救急車を呼ぶよ」
上手いこと話を合わせ、戦ったことを悟られないように立ち回らないと。
「お願いします。焚流が噂を嗅ぎ付けて近くに来てました。如月とぶつかり合ってしまい......」
「そうか、焚流君からしたら憎き相手だろうし。けど、戻って来てくれて良かった」
救急車を呼んだ後は白鷺会長が対応してくれた。焚流は当分の間、眠りにつくだろう。今までも、モンスターと化した人間達はそうだった。そして目が覚めるとモンスターに関する記憶は消えている。彼も同じだろう。
後日、蒼助と今回の事件について話していた。如月は白鷺会長の活躍によって罪を償うことになった。まぁ、やつの性格的に更正するとは思わないが。
「お疲れさん。如月の罪が明るみになったし、結果オーライだろ」
「まぁな。けど焚流と彼女の傷が癒える訳じゃない」
モンスター化した焚流を止めたのは正解だったのだろうか。仇を打たせた方が良かったのではないかと考えてしまう。
「白けた顔してんなよ。お前は最善を尽くしたろ」
「本当にこれで良かったのかなって」
「誰かを守る。それが俺達のやり方だろ。お前が止めなきゃ斉賀焚流は殺人者になってたかも知れない」
「そう......だな、そうだよな」
誰かを守る。忘れちゃいけないな。