第1話
街外れの眠る漁港。満月に照らされる漁船は水面と共に揺れている。俺はアスファルトを蹴り抜いて指定ポイントまで駆け抜けていた。
「潤、少し息が上がってないか」
蒼助の声がスピーカー越しに響く。パワードスーツで身体能力が強化されているが、長距離の移動で俺は少し息が上がっているようだった。バックパックのブースターの出力を上げながら答える。
「大丈夫! へっちゃらよ!」
白鋼潤、俺の取り柄は体格と身体能力だろ。目標時間に間に合わない事の方が重大だ。
「どこに居るんだ、ヤツは?」
目的の地点まで近づいてきたが、敵の姿は見えない。すぐにスピーカーから無機質な声が返ってくる。
「3時方向、約100メートル先だ」
「了解!」
スピーカーの声は共に戦う親友の桐谷蒼助。
蒼助は遠距離からパソコンでドローンを操作しサポートをしてくれている。俺には何をしているがよく分からないが、1日の半分以上は本かキーボードか何かしらの機械に触れている。冷静沈着。氷のメカニックだ。
ヘルメットの内部モニターに「ヤツ」の現在地が写し出された。
そいつは魚人とも言うべき姿をしていた。ニメートルはあろうかと言う背丈に、不自然なほど筋肉質な体格。全身にはメタルブルーの鱗で覆われ、両腕には魚のヒレのような鋭いブレードが月明かりに煌めいている。
「漁師たちを襲ったのはお前か!」
「ゴルルルオオオォォ!!」
「やっぱり通じないか…...」
「ガギャアアアア!!」
全身の鱗を震わせながら雄叫びを上げ、魚人はブレードを構え突撃してきた。刹那の跳躍で間合いは詰められる。瞬きは許されない。魚人は右腕を振り抜いてきた。俺は咄嗟にしゃがみ込み、斬撃は空を切る。魚人は左腕を上へ振りかぶったままだ。一歩踏み込み懐へ。ブースターを噴かせて下顎へカウンターのアッパーを入れた。暗闇に鈍い音が響く。
「うぉ!!」
魚人は体勢を崩し後退する。尽かさず追撃のため距離を詰める。
「もう一撃!!」
拳を握り右腕を構えると魚人はよろめいた頭部をこちらに顔を向けて、口から墨の様な体液を発射。メインカメラが塞がり、暗黒に包まれる。すぐにその場で防御姿勢を取る。
「クソッ!」
「慌てるな、ニ時の方向からくるぞ。カウント三」
蒼助の声が響く。
「ドローンの映像を送る」
…ニ、一
魚人が俺に飛びかかってきている映像に切り替わった。
…零!
「ここだあ!」
攻撃はヤツにヒットするも感触は浅い。サブカメラに切り替わり、魚人は海の方向に向かっている。
「逃すか!」
「潤、あれを使え」
あれというのは、所謂必殺技だ。左の手を右腕に装着されたデバイスにかざした後に、右手の拳を握る。このシークエンスを行うことで使用が可能となり、電子音声が流れる。
「安全装置ヲ解除シマス」
通常時に加え背部ユニットに隠されたブースターが展開される。出力を限界値まで上げて、魚人へ跳躍。右手で後ろから殴り地面へ叩きつける。
「これで終わりだ!」
安全装置を解除するとインパクトと同時に拳から小さな針が射出し特殊な薬を打ち込む。
魚人の肉体は灰塵となり、風で掻き消されると、その中には人間が横たわっていた。
「やっぱりか」
後方のカメラが接近物を知らせる為、部分的に映像を映し出す。振り向くと蒼助が小走りでこちらへ向かっていた。
「蒼助、早いな」
「だって、検体を取らないと」
蒼助は息も絶え絶えになりながら剥がれ落ちた鱗を拾い集め出していた。特殊な薬のために必要なのだ。
特殊な薬というのは、ヤツらに対する特効薬であり、その一撃は救済でもある。誰が何の目的で人間をヤツらに変えているのか、はたまた、自らの意思で変わったのか。その真実を探すために俺達は死闘を繰り広げている。
海辺の満月はまだ港町を高く照らしていた。