二話目、始まりの五月八日
今更だが、昨日思いついた事はいくらなんでも下衆な考えかもと校門の前でそう思う。
「統|やっぱり正直に言うべき…」
いや、そんな事しても誰も得をしない。
そもそも正直に言えないから、こうしたらいいって思ったんじゃないか。
「統|でも、騙されたからって騙していい理由には…」
「よっ、何の話だ?騙されたって?」
「統|うおあ!って、拓巳か。驚かせるなよ」
「悪い悪い。何度も呼んだんだけど、気付かれなかったから近付いたんだ」
「統|あ~…それはごめん…」
背後から呼びかけてきたのは、榎本拓巳。
学内じゃあ結構親しい友達だ。
少し馬鹿っぽい所はあるが、楽しい奴だ。
…何故か俺以外のクラスメイトとは親しくないみたいだけど…まあ、俺も同じようなものだが。
「拓|別にいいって。それで、何の話だったっけ?」
「統|昨日、風邪引いてたみたいだけど、大丈夫か?」
「拓|ああ。一日寝てたら治ったよ」
「統|そうか、それは良かった」
こんな風に話してる内容をすぐに忘れる奴も居ないだろうな…おかげで助かったけど。
「拓|良くねえよ。風邪引いたせいで、昨日は退屈…って、思い出した。
昨日持ってこようと思ってたんだけどよ」
「統|あ~いつものアレなら後でいいか?今日は用事があって」
「拓|何だよそれ。まあ用事なら仕方無いけどな」
「統|終わったらすぐ見に行くから」
「拓|分かった、先に見てるよ」
その後は、いつものような他愛のない話をしながら教室に向かっていった。
「統|はあ…気が重すぎる…」
「拓|何でだよ?ただ教室に入るだけだろ?」
「統|何でも無いよ。…普通に入るって」
教室に入るのを躊躇する奴なんて俺くらいだよな…理由が理由なだけに悲しくなってくる…
「統|まだ居ませんように…」
教室の扉を開け、あの二人が居ないか確認する。
「統|…何で居るんだよ…」
「拓|誰がだよ?つうか早く通せ」
「統|…お先にどうぞ…」
拓巳を先に行かせ、扉の陰に隠れて、教室に居た人物から逃げる。
「統|居てもおかしくない時間だけどさ~…」
また確認するため、扉に隠れながら教室を覗く。
そこには、さっき見たように、御蔵さんが席に座って本を読んでいた。
…見間違いだったら良かったのに…
「統|ここで悩んでいても仕方無い…さっさと済ませよう…」
幸いな事に新城さんはまだ居ない。
…やるなら今だ。
そう意気込んで、俺は御蔵さんに近寄った。
「要|国東君?何か用でもあるんですか?」
「統|あ、うん。昨日の事で話があるんだけど…教室から出て話さない?」
「要|…はい、分かりました…」
御蔵さんと二人で教室を出て、今の時間は誰も来ない階段脇の空き教室の前で立ち止まった。
御蔵さんは此処に来るまでの間、ずっと顔を伏せて不安そうだった。
…そんな態度をとられると罪悪感が…
「要|あの、昨日の事って告白の事ですよね?…返事を聞かせてください」
今も顔を上げない御蔵さんの態度が俺には、
嘘を吐いたんだから何と言われても受け入れるしかない、と思っているように見えた。
…最低だ…俺。
傷付けられたからって、同じ事をしようとしてた。
御蔵さんは好きでこんな事してるわけじゃないって昨日言ってたのに、
俺はそんな事も考えずに御蔵さんに酷い事をしようとしてた。
本当に…何考えてんだよ、俺…
「統|…そうだね。今日、返事をするって言ったんだ。…ちゃんと言わないとね…」
だけど今更どうするって言うんだ。
今考えたって大した事は…
「要|あの、急に黙り込んでどうしたんですか?」
「統|あ、ううん、大丈夫。ただ…言葉を探してただけだから」
いかん、考え込みすぎた。
早く言わないと変に怪しまれる。
でも何て言うかまだ決まってないし…どうすれば…
切羽詰まり、早く何か言わないと、と思った時、どうすればいいか思いついた。
…これもどうかと思うけど、最初のと比べたらまだいい…かな。
「統|…昨日からずっと考えてた。
御蔵さんに好きって言われて嬉しかったから、だから返事は真剣に考えたかったんだ」
「要|…はい…」
「統|でも、真剣に考えるのに、俺は御蔵さんの事をあまり知らない」
「要|…それは…告白を断る、という事ですか…?」
御蔵さんの問いに、俺は首を振るだけで答える。
…御蔵さんの顔が残念そうに見えるけど気にしないでおこう。
「統|俺は御蔵さんの事を知りたい。だから、一ヶ月の時間をもらえないかな?」
俺が思いついたのは、見栄と虚勢を張る期間を作る事だった。
でも、これなら俺は、一ヶ月だけ疑似交際を体験出来るし、
二人だって嘘を吐くのは変わらなくても罪悪感は少なくなるし、一ヶ月嘘を吐き続けられる。
お互い損はあるけど得もある、悪くない考えだと思う。
…いや…一ヶ月過ぎたら虚しくなるだろうけど…
「統|我が侭を言ってる自覚はある。
それでも、ちゃんと考えて答えを出したいんだ。…駄目かな…?」
「要|あの…それって、告白の返事は、付き合うという事ですか?」
「統|えっと…とりあえず、告白の返事は保留にして、
一ヶ月は友達以上、恋人未満でいる、という事になるかな」
「要|…分かりました」
「統|じゃあこれから一ヶ月、よろしく」
「要|…はい」
「統|とりあえず、話は終わったから教室に戻ろうか」
御蔵さんを先に行かせてから教室に向かう。
その途中で、どうしてもこれでいいのか考えてしまう。
…いや、昨日思いついたのよりはましな考えだとは思うぞ。
思うけど…
そんな堂々巡りな考えを頭に巡らせている間に、教室に着いていた。
中に入って見回してみると、新城さんはまだ居ないようだった。
仕方無い、来るまでは拓巳と時間を潰すか。
「拓|お?統次郎か。用事はもういいのか?」
「統|いや、まだなんだけど…用がある人が来てないから、待たないといけないんだよ」
「拓|用があるのって、さっきの…誰だっけ?」
「統|御蔵要さんだろ。同じクラスなのに忘れるなよ」
「拓|悪かったよ。で、その御蔵さんに用があったんじゃないのか?」
「統|別な人だよ。見てれば分かるだろ」
「拓|いや、見てねえし。でも、それならコレ見ようぜ」
「統|まあ…いいけど…」
いつものように、近くの席から椅子を借りて、
拓巳の正面に座り拓巳が持って来たアレを一緒に見る。
「統|…こういうの好きだよな~お前…」
「拓|そっちだって好きだろ?グラビアアイドルの水着写真集」
「統|お前程好きじゃないぞ…」
ほぼ毎日見せてくるから見てるだけで、好きだから見てるわけじゃないぞ。
そう思いながら、めくられたページを見る。
「拓|おおっ。このポーズ、谷間が強調されてエロいなあ」
「統|でも、胸が大きいですって感じが強くて、俺は好きじゃないな」
「拓|そこがいいんだよ。じゃ次」
「統|へえ、これは…」
「拓|堪らねえなあ…こう、寝そべっていて、太腿のむっちりとした感じがすごく…」
「統|ポーズは悪くないけど、モデルの尻が小さくてバランスが悪い」
「拓|変なとこ見るよな…お前は…」
そんな話を四、五分していた時。
教室に新城さんが入ってくるのを目にした。
「統|あっ…来たか…悪い拓巳、待ち人が来たから俺はもういいや」
「拓|ん、そうか行ってこいよ」
「統|…こっち見て言えよ…まあ、いいけど…」
つれない返事をした拓巳に呆れながら、新城さんの席に向かった。
「統|新城さん。ちょっといいかな?」
「美|国東君、あたしに何か用?」
「統|昨日の事で話があるんだ。…来てくれないかな?」
「美|昨日?…あっ、あれね。いいよ行こっ」
朗らかに教室を出ていく新城さんと一緒に、人気のない空き教室へまた向かう。
その間、新城さんの表情を見ていたが、嘘を吐いている事に引け目を感じている様子は無く、
むしろ何も気にしていないようにしか見えない。
…何だろう…思いっきり大声で、誰が付き合うか!と言いたくなってきた…
断ろうかな…いっその事…
「美|それで、昨日の告白の返事、聞かせてくれるんでしょ。早く…聞きたいな…?」
空き教室に着いてすぐ、新城さんは楽しげな笑みを浮かべて話を切り出してきた。
…この人、振られない自信があるんだろうな~…そんな顔してるし…
本当は嘘だって知ってるって言おうかな?
でもそうなると、御蔵さんと新城さんの扱いに違いが出るしなあ…
俺は別に新城さんの事は嫌いじゃない。
…ただ嫌いになりかけてるけど…
「統|えっと…確かに、告白の返事をするよ。…昨日言ったからね…」
今迷うべき事じゃないだろうけど、御蔵さんと同じようにするべきなんだろうか?
別にしなくてもいい気が…
「美|何でいきなり黙ってるの?まさか…何も考えてないとか?」
「統|違うから不機嫌にならないで。少し…迷ってただけだから」
しまった、迷いすぎてた。
早くどうするか決めないともっと不機嫌になりそうだ。
迷ってる場合じゃない…もう決めないと…
腹を固めて、告白の返事をどう言うか考える。
…正直、あまり気は進まないけど、他のよりはまだいい…と思う。
「統|俺は…新城さんの事をよく知らない。だけど…好きだって言ってくれた事は嬉しかった」
「美|…そうなんだ…」
「統|新城さんの気持ちにちゃんと応えたい。
でも、それには新城さんの事を今よりも知らなきゃいけないんだ」
「美|それって…付き合うって事?」
新城さんの言葉に少し迷い、間を空けてしまった。
…新城さんの態度に振られない自信が見え隠れしているのは見ないでおこう…
「統|俺はただ、新城さんの事を知っていきたいんだ。そのために、一ヶ月の期間をもらいたい」
結局はまた、見栄と虚勢を張る事にした。
だって、御蔵さんと違う扱いをするのは嫌だったし、
新城さんに本当の事を言う勇気が出なかったからしょうがない。
…自分でも少し情けないけど…
「統|先延ばしにしてるのは分かってる。だけど、必要な事だと思うから。…嫌かな…?」
「美|嫌じゃないけど…つまりはお試し期間、って事?」
「統|一ヶ月間の関係は、友達以上恋人未満で、それから先は俺の気持ち次第だよ」
「美|なるほどね、分かったわ」
「統|良かった。今日から一ヶ月の間、よろしくね」
「美|うん、よろしく」
「統|さて、話も終わったし、教室に帰ろう」
新城さんの後を歩いて教室へ行く。
その間、昨日の思いつきを行動に移さなくてよかったと思う。
…いくらなんでも酷い考えだったと、今は思う。
なにせ、嘘だと知った上で二股をかける事、だったからなあ…
昨日の下衆な考えを思い返しながら教室に帰ってきた。
そのまま拓巳の席に向かって行く。
どうやら、新城さんと一緒に教室へ戻った所は見てたらしく、拓巳の顔はニヤついていた。
「拓|用事って新城さんにかよ。何だ?告白でもしたのか?」
「統|告白はしてないって。昨日の事で話をしただけ」
「拓|なんだ、つまんねえな。じゃあ何の話だよ?」
「統|個人的な話だから話せない」
「拓|あっそ。ならいいや」
「統|諦め早いな…まあ、ありがたいけど」
「拓|用事が終わったんなら、また…」
キーンコーン…
拓巳がしゃべるのを邪魔するように、予鈴が鳴った。
「統|もう席に戻らないとな。それはもう読むなよ」
「拓|あ~あ、分かったよ」
前に時間ギリギリ迄読んで没収されてから、予鈴が鳴ったらアレは机に仕舞う事にしている。
まあ、俺のものじゃないけど一応読んでいるから取られないようにさせてる。
「全員席につけ~出席とるぞ~」
席に座ると同時に扉が開く。
教室に入って来たのは、我らが担任である豊中早苗先生だ。
怒らせると色々恐いが、生徒からの人気はある、古文担当の先生だ。
「早|え~っと。昨日休んだ榎本は居るね。他は…休み無しか」
尊敬されているかは別として、このクラスじゃあ慕われているのは確かだ。
…ただ…
「早|今日は連絡事項は特に無いから終わり!」
少しさばさばしすぎな気がする。
クラスの女子は男らしいって言ってるけど…それは褒めてるんだろうか…?
「早|榎本~国東~ちょっと来なさい」
「統|よし拓巳、逃げるぞ」
「拓|おうともよ」
「早|待てやこら」
先生に名前を呼ばれて良い事なんて無かった俺達は、
逃亡を図るも、襟を掴まれてあえなく失敗した。
いや…身に覚えがあるから余計にね…
「早|次の授業は古文だから、手伝いを頼もうとしただけ、だから逃げるな」
「拓|いや先生、別に俺達は逃げるつもりは…」
「早|逃げるぞって言われて、おうともよって言ってただろ」
「拓|うっ…それは…」
「統|諦めろ。言い逃れは出来ないぞ」
「早|他人事みたいに言ってる君もだからな」
「統|…はい…」
この後、職員室へ先生の手伝いをする事になった。
…いやだって恐いものは恐いんだよ…




