3同級生
夜の更衣室は、もう誰もいないらしく電気も消えていた。
泥のように疲れた小田切誠は、ベチョベチョの衣類を抱えて部屋に入ると、洗濯機に衣類を放り込み、シャワーを浴びた。
最後は、不思議なほど思う通りに動く事が出来た。
もはや自分が影を重ねているか、どうかも判らなくなっていた。
それでもとてもアクトレス教官には勝てなかったが、何度かパンチを避け、透過で交わし、幾度か落としかけた。
一番自分でも思いがけなかったのが、教官のパンチを交わし、ボディに1撃を入れられたことだ。
それでも10分ほどで倒れたのだが、
「10分持ったか。
今のあんたにしちゃあ上出来だ。
よし、よく頑張ったね、合格だよ」
それからまた、長いマッサージが始まったが、続けられると、誠自身も気持ちいいと感じるようになっていた。
シャワーでベッタリ貼り付いた汗を流し、ざっと汗を拭くと、更衣室の床に座って、教わったヨガのポーズをとる。
足を上げ、肩甲骨を大きく引っ張って、自分の利点、身体の柔らかさを存分に引き出すように腹式呼吸をゆっくりと行いながら、時間をかけて体を伸ばしていく。
はぁぁ、と息を長く吐き出しながら背中を逸らせると、床に裸の足が見えた。
え、と見ると、レディこと春川順平が面白そうに誠を見ていた。
「あれ、レディさん、まだいたんですか?」
レディは、自身も素っ裸で誠を見下ろし、
「お前もだいぶ絞られたみたいだな」
と笑った。
誠は足を自分の腕で肩口に持ち上げ、
「ええ。
疲れすぎて、痛いのも何も判りません」
笑顔で返した誠だが、レディは、す、と誠の顔に近づいて、
「あのな、予め言っておいた方が良いと思うんだが、もうすぐここに弟が来るんだ」
え、と一瞬考えた誠だが、
「え、カブトが、ですか!」
12月の戦いの後、入院したとは聞いていたが、そこまで回復したとは聞いていなかった。
「でな、誠、俺たちは兄弟になったんだ」
「何です、元々双子でしょ?」
怪訝な顔の誠の肩に手を置いて、
「だから双子は止めて、兄弟になったんだ。
カブトはちょっと性格が変わっちまった。
一つ上の兄だと、俺の事は思っている。
もうベッタリなんだ。
元々、ちょっとブラコンだったのかもしれない。
でな、奴は俺と同じ学校、つまりお前と同じ学校に入学するんだが、奴を一人にはできない。
判るな」
誠の体を、嫌な汗が流れた。
「な、何が言いたいんです…」
「新年度の1年に影繰りはお前しかいないんだ、誠。
カブトはお前と同級生になる。
判っているとは思うけど、嫌な記憶を蘇らせるようなことなあっちゃいけない。
頼むぞ」
ええっ…、と心の中で叫んだ誠だったが、更衣室の扉が、ぎぃ、とゆっくり動いていた。
「奴は戦場で怪我をして入院して、今退院したと思っている。
俺たちと敵対した、とかは忘れてるんだ、頼むぞ」
レディが早口に誠の耳に言葉を投げ込むうちに、扉から、顔が覗いて、それがレディを見つけると、パァ、と輝いた。
「順平、迎えに着ちゃったよ!」
レディは一瞬で1学年上の落ち着きを身に纏い、
「おお、恭平。
待っていたぞ。
こいつがお前と同級生になる、最強の新人、小田切誠だ」
カブトは、同じ人間とは思えないほど毒気の抜けた無邪気な顔になっていた。
「ああ。
誠、知っているよ。
2つの影を使う新人の誠だろ。
俺、カブトだよ。
君は…」
レディより頭一つ背の名高い弟、カブトは、人懐っこく笑って言った。
「大好きだよ、誠。
裸が可愛いね」
ヨガのポーズのまま、誠は横倒しに崩れた。