零れ落ちた音
随分と遅くなりましたが、3話目やっと完成しました。
今回は美姫ちゃんのお友達視点となります。賛否分かれそうな話だなぁと思いつつ……
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。
桜並木を抜け、一宮河合高等学校と書かれた門を横切る。見慣れた顔の生徒たちを横目に見ながら、真新しい制服に身を包み、玄関口に張り出されていたクラス表を確認する。
こばやし、こばやし……あ、あった。1年5組かぁ。仲の良い子が一緒だといいなぁ。
そんな事を考えながら教室に足を踏み入れると、さっそく顔見知りがいた。中学校の時に3年間同じクラスだった葉山 美姫ちゃんだ。思わず駆け寄り、声をかける。
「美姫ちゃん、おはよう」
「おはよう、さっちゃん。またクラス一緒だね」
指定されている席へと既に座っていた美姫ちゃんは私を認識して、にこりと笑みを浮かべる。自分の席を探しながら、この日のお決まりの台詞を口に出す。
「だね。友雪君とは今年も?」
ふふっとおかしそうに笑って茶色い目が細められる。
「うん、違うよ」
「これで10年連続?」
「小学校……あ、幼稚園から違うからもっとだね。ここまでクラス被らないと逆に面白いよね」
面白いというか、凄い確率と言うか…
友雪君にとったらただの呪いだろうけど、美姫ちゃんにとってはこれが通常通り。
「面白いというか、哀れというか……」
「ん? 何が?」
思わず漏れた声に美姫ちゃんが首を傾げる。それに私は首を振る。
「んーん、何でもない」
そうやって話しているところに、黒髪おさげの女の子が近づいてきた。ただ、特に仲の良い子ではなかったから、後ろか前の席の子だと気にせず、会話を続けていた。
「葉山 美姫ちゃんだよね?」
突然かけられた声に、私と美姫ちゃんはきょとりとする。ほぼ確信をもってそう聞いてきた子は……誰だったかな。小学生の時に一度同じクラスだったような気がするけど、思い出せない。
「そうだけど……えっと?」
美姫ちゃんは面識がなかったのか困惑したような顔をして、目の前の女生徒を見ている。おさげの女の子は眉毛下で切りそろえられた前髪を軽く指で触って整えるような仕草をして、美姫ちゃんに笑いかけた。
「一緒のクラスになるのは初めてだよね。私は笹崎 夏帆。よろしく」
「あぁうん。よろしく?」
戸惑いつつも返事をして美姫ちゃんは笹崎さんを見つめたまま口を開いた。
「えーと、何か用?」
用って程じゃないけど、と前置きして
「一度、会いたいなってずっと思ってたの。友雪君の幼馴染の美姫ちゃんに」
とにっこりと笑う笹崎さんに美姫ちゃんは、それはそれはもの凄く怪訝そうな顔をした。ほぼ、初対面した人にいきなり会ってみたかったって言われたら、まぁそうなるよね。
「うん? えーと、笹崎さん……だっけ?」
「夏帆でいいよ」
「あぁいや……えと、じゃぁ、夏帆ちゃんは友雪の友達?」
名前を呼ぶべきか明らかに躊躇った美姫ちゃんの顔は若干、引きつっているような気がする。
「うん。中3の時に同じクラスでね」
「そう」
これから先の展開が読めたのか、美姫ちゃんの相槌が適当になってきた。これはあれだよね。時々ある、幼馴染の彼の事どうおもってるのよ! 的なイベント発生……かなぁ。
案の定、というか何というか、笹崎さんは頬をピンク色に染め、ちょっとだけもじもじしながら、美姫ちゃんを真っ直ぐ見つめて声を発した。
「友雪君のこと、好きになったの」
だから? と言いたげな美姫ちゃんはそれを飲み込んだらしい。疲れたような溜息を1つ吐き出した。
「あー……そうなんだ」
ぱっちりとした目が遠くを見つめたようになってる。えーっと半眼?っていうんだっけな。こういうの。
「え〜っと、友雪とはただの幼馴染だから、私の事は気にせず、恋愛はご自由にどうぞ」
「美姫ちゃんは、本当にそれでいいの?」
「は?」
食い気味に聞いてきた笹崎さんに対して、美姫ちゃんの顔にはありありと、何言ってんだこいつと書いてある。しかもいきなり名前呼びかぁ。美姫ちゃん何だかんだ体育会系だから、そういうの案外気にするタイプなんだけど……それを知らない笹崎さんは更に続ける。
「だって美姫ちゃんも好きなんでしょう? 友雪君のこと」
「ライクの方でね」
笑顔を浮かべ間髪入れずに言われた言葉には、イライラとした音が混じっていた。これはそろそろこの話を止めさせた方がよさそう。
「えっと、笹崎さん? 取り敢えずそろそろ席に着いた方がいいかも」
「え? ああ、えーと?」
私の事見えてもなかったのかな。急に声をかけられて驚いてるみたい。
「私は小林 幸。そろそろホームルーム始まる時間だよ」
「あ、ほんとだ。美姫ちゃん、また後でね」
気が付けば教室には生徒が全員揃っていて、壁に掛けてある時計はそろそろ先生がくる時間を指そうとしていた。私の言葉に時計を確認した笹崎さんは、慌てて自分の席へと向かう。それに続くように私も自席へと足を向けた。
「さっちゃん」
「ん?」
美姫ちゃんの席から離れようとしたところで呼び止められる。
「ありがと」
振り返ってみたのはホッとしたような美姫ちゃんの笑顔。私はそれに小さく手を振って応え、席へと着いた。
******
それが入学式の出来事。あれから1週間は過ぎた訳だけど、何故か笹崎さん、もとい、夏帆ちゃんとは一緒に過ごすことが増えた。
最初の頃は美姫ちゃんも対応に困ってたみたいだったけど、友雪君関連のことさえ言ってこなければ、特に害はないと判断したみたい。
3人でいるのにもすっかり慣れて、明後日には体力テストを控えた日。
次の授業が移動教室だったから、授業に必要なものを持って3人で教室を出て廊下を歩く。少し年季の入った木製の床に足音が響く。通り過ぎる教室からは賑やかな声。それを何となく雑音として耳に残しながら、美姫ちゃん達と他愛ないことを話していた。
「あっ、友雪君」
廊下の先に視線を向け、夏帆ちゃんが声をあげた。その声に誘導されるように私と美姫ちゃんも廊下の先へと目を向ける。廊下にあるロッカーに教科書でも取りに来たのか、明るい茶色の髪の男子がロッカーの横にかがんでいた。ちょっとだけ距離はあったけど、友雪君は背が高いから分かりやすい。
確かに友雪君だなぁと思ってちらりと隣にいた美姫ちゃんを見たら、眉間に皺が寄って、険しい顔で友雪君を見ていた。どうしたのかと声をかけようか迷っていたら、美姫ちゃんは無言でスタスタと友雪君の所へと向かって歩き出す。
私と夏帆ちゃんは美姫ちゃんのあまりない行動に驚いて少しの間固まっていた。
「えっ、美姫、どうしたの?」
我に返った夏帆ちゃんが慌てて後を追い、私もそれに続く。私達の声は聞こえていないのかアッという間に友雪君の横へと行ってしまった。
「友雪」
「美姫ちゃん!」
かけられた声に友雪君の表情がパッと輝く。かがんでいた友雪君は自然と美姫ちゃんを見上げる形になる。
「どうしたの?」
嬉々として話す友雪君を美姫ちゃんは無言でじぃっと見つめた後、凄く自然に手に持っていた教科書類をロッカーの上へと置いて、流れるように右手を友雪君の額へと当てた。
「ふぇ?!」
驚きと(多分)恥ずかしさで目を白黒させている友雪君を気にする事無く、美姫ちゃんは自分の額を左手で触った後、小さく溜息を吐き出した。
「友雪、保健室、行こう」
「え? でも、なんともないよ?」
手をどかして言われた言葉に友雪君が首を傾げる。私が見ても友雪君がどこか具合が悪そうには見えない。
「今はそうかもしれないけど、熱出てるよ」
「え??」
自分の事を言われている筈なのに、頭の上に沢山の?マークを浮かべている友雪君にちょっとだけ同情する。
本人に体調が悪い自覚がないのに、他人から熱あるから……って言われるのは、確かに戸惑うよねぇ。
固まって動かない友雪君に痺れを切らしたのか、はぁと大きなため息を吐き出す音が聞こえ、美姫ちゃんが友雪君へと手を差し出した。
「ほら、ついていってあげるから行こう」
「あ、うん」
思わずといった感じで差し出された手を掴み、立たされた友雪君の頬はほんのりと赤くなっている。
これは……熱じゃなくて美姫ちゃんの手を握ったから……じゃないのかなぁ?
友雪君の気持ちを知っている私達からするとそっちの可能性の方が高い気がするんだけど、どうやら保健室には行くことになったみたい。
友雪君が立ち上がった時に繋がれていた手は解かれたけど、今は支えるように背中に手を添えている。
「あれ、葉山じゃん。友雪どうかしたのか?」
廊下で何かやっているのが気になったのか、友雪君のクラスメイトの田中君が顔を出した。
「田中君。友雪がちょっと熱っぽいから保健室連れて行くね」
「えっ? 大丈夫なのか?」
「大丈夫なんだけど、美姫ちゃんが心配してくれてるから、試しに熱だけ計ってくるよ」
表情も何も変わらない美姫ちゃんに対し、オロオロとした様子の田中君と、どことなく嬉しそうにはにかんでいる友雪君。
大したことないと暗に言っている友雪君に美姫ちゃんがまた溜息をついてみせる。
「田中君、とりあえず先生に保健室に行ったって伝えて貰っていい?」
「ああ、わかった」
美姫ちゃんは田中君にそれだけ伝えると、今度は私の方を向いて申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「さっちゃん、ごめん。私の荷物、持っていって貰っていい? 友雪、保健室に連れて行ったらすぐ戻るから」
「あ、うん。先生にも言っておくよ」
「ありがとう」
笑顔でお礼を言った後、美姫ちゃんは本当に友雪君と一緒に保健室へ行ってしまった。しばらく2人の後ろ姿を眺めていたけど、ハッと我に返った夏帆ちゃんがテンション高く口を開いた。
「なに、なに、なに今の〜〜!!」
きゃーという副音声が聞こえて来る。……夏帆ちゃん、テンション高いなぁ
「あんな距離から一目見て体調に気付くとか、もう好きとしか思えないんだけど??」
ねぇ、そう思うよね!と強めに聞かれて、私はうーんと言葉を濁した。たまたま一緒にいた田中君は俺もそう思う!って力強く応えてたけど。
そこから話が膨らむ前にそろそろ授業開始時間になるからって事で、私たちは慌てて教室へと向かい、すでに室内にいた先生に美姫ちゃんが遅れることを伝えて席に着いた。
授業開始のチャイムから10分くらいしてから、ガラリと音がしてスライド式のドアが開いた。静かな教室にその音が大きく響く。開いたドアの前には美姫ちゃんが立っていて、クラス中の視線が注がれる。美姫ちゃんはそれを一瞥して、黒板に向かって板書していた先生にぺこりと頭を下げた。そのあと一言、二言だけ先生と会話し、周りの目を特に気にした様子もなく席に座る。その時、ちらりと私の方を向き、机の上の教科書を指さしながら口がパクパクと動いた。
――ありがとう
私はそれに笑顔を返し、そこからは授業に集中した。
授業終了のチャイムが鳴り、号令と共に白髪交じりの先生は職員室へと戻っていった。教室が一気に騒がしくなる。ふ~と息を吐き出し、少しだけ固まってしまった首を左右へと動かす。パキパキッという音とちょっとだけの痛みを感じて、思わず顔をしかめた。
「美姫、美姫」
夏帆ちゃんの声が聞こえて、そっちを向くと、片付けを早々に終えたらしい夏帆ちゃんは美姫ちゃんの席の前に立っていた。私はそれを何となく眺めながら、出していた教材を片付けてそこに合流した。
「なに?」
「友雪君どうだったの?」
筆箱にシャーペンや消しゴムを片付けていた美姫ちゃんは手を動かしながら、目の前にいる夏帆ちゃんに答えを返した。夏帆ちゃんの顔はニヤニヤとした笑みが浮かんでいる。
「あぁ、熱あったから保健室で休んでるよ」
「え、本当にあったの?」
にやけ顔が一瞬にしてなくなり、驚いた顔へと変わる。
どういう妄想してたのかは判らないけど、熱があるっていうのは、美姫ちゃんの勘違いだと思ってたのかな?
荷物をまとめ終えた美姫ちゃんは席から立ち上がりながら、不思議そうな顔をして頷く。
「あったけど? 38度だったっけな。多分、早退するんじゃないかな」
「ええっ? あんな遠目から熱あるのが判るとか、もう、愛じゃん。好きすぎじゃん」
「はぁ? ただの慣れだよ、慣れ」
興奮気味の夏帆ちゃんに対し、淡白な美姫ちゃん。
「えー? 慣れだけじゃ普通、判んないって!」
「付き合いだけは長いから」
「それだけよく見て、気にかけてる証拠でしょー」
「一緒にいる事が多いから、否が応でも判るだけだって」
「だとしても、あんな距離で体調不良に気付けるとか、特別に想ってるとしか思えないんだけど?」
「慣れだとしか言いようがないんだけど……」
……会話の温度差が凄い。美姫ちゃんからは、この会話もうよくない? みたいなオーラがビシビシ出てる。
夏帆ちゃんの言い分も判らなくはないんだけど、美姫ちゃんと行動をすることが多くなると、こういった場面にはちょいちょい出くわす。
私も最初の頃は、愛の力!? とか思ったりもしたんだけど、美姫ちゃん見てると、そうだなぁ。母親が子どもを気にかけるような……姉が弟を気遣うような、そんな印象の方が強くなってくるんだよね。
そこにあるのは間違いなく『愛』なんだけど、皆が求めてるものじゃないのは確かだなぁ。
「幸はどう思う?!」
「何を?」
美姫ちゃんに何を言っても効果がないと思ったのか、突然、私に話が振られる。どの辺について聞かれているのか判らなくて、聞き返した。
「友雪君と美姫の事! 体調不良が一目でわかるとか凄くない?」
「ああ、それは凄いと思うよ」
それは普通に凄い。どんなに親しくてもパッと見て判るっていうのは実際凄いことだと思う。美姫ちゃんにその自覚はないみたいだけど。だから、そこに関しては肯定しておく。
「だよね! やっぱり愛故にって思うよね」
私に肯定されて勢いづいた夏帆ちゃんが、更に同意を求めてくる。少しだけ考えて美姫ちゃんを見ると困ったように笑っていた。これはもう、会話そのものを諦めたって感じだなぁ。
「うーん。愛と言えば愛……なのかなぁ」
「だよね、だよね、だよね~」
含みを持たせて言ったつもりだったんだけど、そこはあまり感じなかったみたい。
何で美姫はそこが判らないんだろうねーと言いながら、会話している間に着いていた教室の自席へと荷物を置きに行ってしまった。残された私と美姫ちゃんは顔を見合わせる。
「さっちゃんまでそう言うと困ったことになっちゃうんだけど」
「だって愛は愛でしょ? 嘘は言ってないよ」
「まぁ、ねぇ。当てはめるとしたら友愛だけど」
私の言葉に苦笑し、確かにそれだと間違ってはないねとしみじみと呟いて、美姫ちゃんは不思議そうに夏帆ちゃんの後姿を眺めている。
「夏帆ちゃん、友雪のこと好きだって言ってたけど、何で私が好きかどうかを気にするんだろう?」
「友雪君が好きだからじゃない?」
私の返答に美姫ちゃんはますます判らないといった顔をした。
「ただの幼馴染だから何も心配はいらないのにね」
きっとそこじゃないんだよって言っても美姫ちゃんは判らないんだろうし、友雪君は美姫ちゃんの事が好きだから、気になるんだよっていうのは、きっと言っちゃいけない。
「周りはそう思わないんじゃないかな」
「そっか。何か面倒くさいなぁ」
ぽつりと零れた言葉に苦笑する。きっと友雪君が聞いたら泣いちゃうだろうそれは、間違いなく美姫ちゃんの本音。
私はそれを聞かなかったことにして、次の授業を受けるために自分の席へと戻った。
ここまで読んで頂き有難うございました!
次の更新は年明けになると思います。
(年末年始は忙しいのです;;)
それでは、皆様よいお年を~