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夜桜とマスク

 あれは四月に入ってすぐくらいのこと。

 会社裏手の公園にまだ桜が残っているからと、仕事終わりに急遽催されたお花見だったが、突然なだけに参加者は少なく、おまけに途中から小雨がぱらついてきたせいであっという間にお開きになった。

 部長が居酒屋で呑み直そうと皆を誘っていたが、僕は失礼しますとそのまま別れた。


 実はここの近くの小学校脇に桜並木がある。なんとなくもう少し花を見ていたい気がして、僕は帰路に遠回りの道を選んだ。


 透明なビニール傘は雨でもさしたまま夜桜を見上げることができるから良いな。

 おまけに散った花びらが雨で傘に貼りついて、まるで模様のよう。もしかしてお花見を持ち帰れるんじゃないだろうか。

 ビニール傘の向こう側、散り際の桜はライトアップこそされていなかったが、充分に明るい街の灯を受け、ほんのりと火照っているようにも見えた。


 こんな時は鼻歌でも歌いたくなる。なあ、君もそう思うだろう、と見上げたのは、この桜並木の中で一本だけやけに大きく立派な桜。

 もともとはこの一本しかなかったらしいが、後からほかのを植えて並木道にしたのだとか。


 その木の陰から不意にくしゃみが聞こえた。


 誰か居るのかと回り込んでみると、ロングコートの小柄な女性が立っていた。時折吹く風がその長い黒髪をばらばらとひっぱり、加えてくしゃみ。長い髪と大きなマスクとを必死におさえこんでいる。そして雨具は持っていない様子。


「あの、駅までご一緒にいかがですか?」


 その申し出に彼女は会釈で答え、傘の中に入ってきた。

 駅までの短くはない道中も、彼女はずっとくしゃみを繰り返す。


「ずびばぜん、がぶんじょぶで……」


「いえ、お気になさらずに。今の時期はマスク外せませんよね」


 やがて駅の近くまで来ると、彼女は突然立ち止まった。


「ごごで、いいでづ」


「はい。お気ををつけて。お大事に」


「あぢがどうございばづ……あの」


「はい?」


「わだぢ……」


 そう言われて覗き込んだ彼女の顔。僕はその時、彼女のマスクの両端から唇がはみ出ていることに気付いた。まさか傷?


「びえ、いいでづ」


 彼女は突然首を横に振ると、大きなくしゃみを一つして、夜の闇へと走り去ってしまった。




 翌日、その話を先輩にした。

「お前、貴重な都市伝説見たなぁ」と笑うが、それが何なのか結局教えてくれない。

 ただ、あの潤んだ大きな瞳がやけに可愛かったなぁと、川面の花筏のように僕の心の中にじんわりと花見の余韻が残っている。




<終>

これを書いたのは一昨年くらい。新型コロナウイルスのコの字も世の中には現れていなかった頃です。あえてそのまま出すことにします。

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