夜祭り
夜祭りの音色が聞こえ始めると、お盆を意識する。
記憶に一番強く残っている祖父との思い出。
祖父に連れられ夜祭りに行った。
お山へ続く道には夏らしい生暖かい霧。
ゆっくり登ったのは遠くを見通せぬからか、それとも私が幼かったからか。
一歩進むごと懐中電灯の明かりの中に、霧に呑まれていた樹々が現れる。
それが怖くて祖父の手を握りしめたが、やがて霧の中に幾つもの提灯が浮かぶようになると心が躍り、いつしか恐怖を忘れてしまったのも覚えている。
「お小遣い、持ってんな?」
鳥居をくぐった直後、祖父が私に確認した。
私がポケットをまさぐると、いつの間にか綺麗なビー玉が幾つも入っていた。もらった記憶はないのに。
「それじゃ足りんだろ」
祖父は笑顔で自分のポケットからビー玉を次々と取り出し、すべて私にくれた。
中の赤い模様が火のように揺らめく不思議なビー玉。
今考えるといかに綺麗でもビー玉がお小遣いなんてのはおかしな話なのだが、そのときはなぜか納得していた。
それに早く夜祭りを楽しみたかったし。
こっちには水飴にカルメ焼き、射的に金魚すくい、焼きそばにフランクフルトにチョコバナナ。
あっちには輪投げにお面屋、型抜きにヨーヨー釣り、たこ焼きにリンゴ飴にお好み焼き。
奥の方には見たこともない屋台までびっしり並んでいた。
ポケットいっぱいのビー玉をズボンの上から確認し、私は駆け出そうとした。
しかし祖父は、そんな私をつかまえて肩車をした。
そして突然しゃべらなくなった。
何かがおかしい。
さすがの私も気がついた。
祖父がわずかに震えていたから。
だから私もはしゃぐのを止め、祖父が口を開くまではと黙り続けた。
美味しそうなものや面白そうな屋台がたくさん並んでいるにもかかわらず、私たちはただただ眺めて歩き回るだけ。
結局、お小遣いは全く使わずに再び鳥居をくぐった。
提灯の明かりが遠のいてゆく。
それでも祖父はしばらくの間、私を降ろさず、口も開かず、山道を静かに降り続けた。
祖父の家まで戻ったとき、あれだけパンパンだったポケットが空っぽなことに気づき、その翌日は一日中泣いていた。
いや、泣いていたのは祖父が亡くなったからだったかも。
そういえばそのときの祖母の言葉も、やけに耳に残っている。
「お小遣いは使わなかったね? 向こうのものは決して食べなかったね?」
人生で一度きり見た、祖母の怖い顔。
夜祭りの音色が聞こえ始めた。
本当に久しぶり。
幼い頃に療養でひと夏過ごした以来の。
今は手を引かれる側ではなく、引く側だが。
おじいちゃん、あなたからもらった命で、今度は娘を救えます。
霧が出てきた。夜祭りが始まる。
<終>




