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黄昏の路


「一人で帰れるね? 気をつけるんだよ?」


 おばあちゃんが心配そうに僕を見つめる。

 幼い弟がもっと遊んでよとすがりつく。

 そんな僕らの足下をマロンが嬉しそうに走り回る。

 父さんが弟を抱え上げて、手を振った。


 僕は振り切るように一人歩き出す。

 涙を見せたくないから、振り返らずに。


 黄昏の路。

 残照の中に浮き上がる懐かしい街のシルエットに、夜の心地よさに、胸が締め付けられる。


 それでも一歩、また一歩と、一生懸命進める足が、次第に重くなる。

 光と、痛みとが、僕の周りに広がって……目を覚ます。

 いつもの病室で。


 疲れきった母さんが、僕の右手を握りしめながら僕を見つめている。

 窓の外は暗い。

 仕事帰りに寄ってくれたんだな。

 無理させてしまっているのはわかっている。

 僕のせいだ。

 こんな風になってしまった僕さえいなかったら、母さんはもっと……。


「ありがとうね。今日も、生きていてくれて」


 母さんの声が、僕に響く。


 あの黄昏の路で何度振り返ろうと思ったか。

 おばあちゃんの作るご飯を何度食べようと思ったか。

 でも、僕はちゃんと帰ってくる。

 皆の月命日につながる夜の世界から。

 この世界へ。

 ほとんど動けない、喋ることもできなくなってしまった僕へと。


 右手に精一杯の力をこめる。

 指はまだ動かない。

 でも、母さんには伝わる。

 母さんは嬉しそうに笑顔を浮かべてくれる。

 つながっているんだ。

 ちゃんと。

 母さんと僕と……皆とも、つながっている。

 だから。


「今、指が! 指が動いたわよねっ?」


 今日はこれで精一杯。

 でも、少しずつ。

 僕は頑張るよ。

 いつか母さんに伝えるために。

 父さんたちの言葉を。

 いつも見守ってくれていることを。




<終>


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