恐怖!召喚魔法と蛇の一撃
初投稿です。
楽しんでいただけたら幸いです。
「刻獣を出せ!」
そう言い放つと、3人の兵士が詠唱を開始した。
詠唱は空に魔法陣を形成し、雲を割き、風を黙らせた。
「我がアーガスの力を再度、思い知るがいい。」
途端、大地から湧き出るように、巨大な二足歩行の狼が3頭現れた。
鋭利な爪と牙は、並みの武器ならば、枝をへし折る様に粉砕する。
そして何よりも、その灰色の毛並みは仲間の死の数だけ赤に染まった。
アレだ。あの獣を忘れることは無い。
前哨戦の最初の4日間は我が隊の圧勝だったが、あの刻獣が戦況を一変させた。
1頭で20人の兵士を玩具の様に引き裂き蹂躙したのだ。
如何なる使い手の武器も、狼達の分厚い毛並みを超えて、傷を負わせることは容易では無かった。
「出たな! 灰色の刻獣よ。貴様を屠ってこそ仲間への手向けとなろう!」
「刻獣よ、あの恐れ知らずのバカ者を喰らえ!」
「グォォォォォォォォ!!!」
襲い来る3頭の獣、ガンジはすかさず真ん中の一頭の懐に飛び込み、下からジャンの槍を突き上げる。
「ヴァォウ!」
槍は狼に刺さるも、やはり鋼の様な体は貫通出来ない。
血を流す狼は、その痛みに体を翻すと思いきや、その鋭利な爪で撃ち返してきた。
ガンッ!!
辛うじて大剣で受け止めたが、体は限界で、衝撃を抑えきれなかった腕は膨れ上がり、皮膚を突き破って血を吐き出した。
腕の痙攣が治まる前に、残りの2頭が背後を囲む。
「獣の割に知恵が利くな。先に退路を断つとは、あの阿呆の兵士も見習うべきだろうて・・・はぁはぁ」
「グォォォォォォォォォ!!!」
遠吠えのように吠えた後、背後を取った2頭の狼が、巨大な両腕を地面に下ろし、大きく口を開けた。
マズい!
慌てて飛びのいたガンジだったが、時既に遅し。
狼の口から出た灼熱の炎を真正面に受け、全身を焼き尽くした。
ジュウウウウ!!
肉の焼ける匂いが辺りを満たし、周囲一帯が焼け野原と化した。
ガンジの鎧も溶け出しており、生きているのが不思議なほどだった。
「これでも死なないのだから、ほとほと死に嫌われているようだな」
「クゥン」
刻獣は、宿主から魔力を得ているらしく、あのレベルの炎は術者への負担も大きい、どうやら炎を放った2頭は魔力切れで動けないようだな。
ならば、俺が狙うは最初に槍を突き立てた奴だ。
「お前一頭だけでも、ここで潰す!」
「グォォォォォォォォォ!!!」
吠えたと同時に、狼が人の数倍は有るであろう力で、右、左と爪を振りかざした。
またも大剣を使って凌ぐが、炎で熱された大剣は、握るだけで掌を焼き付け、ガンジの体力を奪い去っていく。
ガン!ガン!ガンガン!
「ヴォォォォォ!」
流石に限界だ。
もう剣を構えるので精一杯。奴の攻撃を目で追えているのかさえ微妙なほど。
日々の鍛錬が自動反射の様に手数を裁いているだけ。
死ぬときは、自分を凌ぐ剣士に切られるものかと思っていたが、まさか獰猛な獣に喰われることになるなんてな。
せめて、一矢報いることが出来たなら・・・。
ガン!ガン!
狼の攻撃が依然続く中、右手のジャンの槍が震えている事に気付く。
そうか!これだ!
ジャン!やっぱりお前も!お前の槍も最強だな。
最強の槍使いジャンの使用していた槍
“蛇狩り”には能力がある。
その槍先で浴びた血を覚え、次にその槍を放つ際、記憶した対象の喉元に必ず突き刺さる。必死の槍。
初手に切り出した狼の血を吸って、“蛇狩り”は準備を終えている。
お前の最強をこの場で証明するぞ!ジャン!
狼の連打を渾身の一撃で押し返し、最後の力を振り絞りジャンの槍を投げ放った。
「むんっ!」
槍は速度を上げ、風も音も光さえも切り裂いて、灰色の巨体を目指した。
奴が防御姿勢を取る間もなく、一瞬で蛇は喉元を噛み切った。
「ギャォォォォォ!!!」
「これが最強一撃だ!」
灰色の狼が、悲鳴と共に崩れ去った。
その巨体が倒されたのを見て、敵兵の士気が乱れる。
「嘘だろ!? あの刻獣を倒しただと。しかも傷だらけの戦士風情が・・・」
投げ放った槍が、ガンジの手元に吸い寄せられるように帰ってきた。
既に瀕死で、立っている事すら厳しい状態だったが、消えることの無い闘志を宿す目つきは、敵兵を震え上がらせた。
「なんだ!? あの目は諦めを知らないのか!」
「いや、まだ刻獣は2頭残っている! 殺れ! 奴は間違い無く瀕死だ!」
「無理だぁ。死にたくない。死ぬのは嫌だぁ」
そう言うと、刻獣を呼び出した敵兵二人が敗走した。
刻獣と使い手は一心同体。刻獣が死ねば使い手も死ぬ。
ガンジが刻獣を倒した事で、その使い手も同じく喉を貫かれ死んでいたのだ。
「何をしている。お前ら! 待て! 敵前逃亡は軍法違反だぞ!」
「っへ。流石は貧弱兵士だな。どうする? こんなボロボロでもお前一人くらいは殺せるぞ」
「敗戦者が威張るなよ。貴様もその状態では長くは持つまい。束の間の勝利に浸りながら死ぬがいい」
そう言って、ガンジの前から敵国アーガス兵は去った。
「あんな情けない奴らに負けたと思うと泣けてくるな」
勝利の余韻も束の間、死んでいった仲間への思いが込み上げてきた。
「ふっ。やったぞ。皆これで許してくれないか? でも、ジャンの奴、あの世で沢山自慢してそうだな。俺の槍がどうのとか・・・これはこれで皆に怒られそうだな。ハッ。」
気が遠のいていく、満身創痍のこの状況で、既に意識は飛び飛びだった。
「あの腰抜けアーガス兵が言ったとおり、そろそろ限界だ・・・」
重い鎧ごと、ガシャリと鈍い音を立てながら地に伏せた。
流れ出る血と共に涙が零れる。
すまない。みんな。すまない。
『なに言ってんすか!ここで倒れたらダメっしょ!』
ん?ジャンの声が聞こえる。
『あなたは強い、私たちの誰よりも。だから最後まで強くいてくれ!』
『アーガス兵の言ったとおりの結末何てダサすぎです。軽蔑します!』
『ちゃんと俺らが戦ったこと伝えてくださいよ!』
他の奴らまで、まったく煩い連中だ。
とことん死に嫌われているようだな・・・。
「お前ら。少しだけだ、少ししたらそっちに行くから、俺のビールを頼んどけよ。あと大好物のハーブチキンもな!」
『『あいよ!隊長!』』
その声を聴いた後、少しだけ軽くなった体で、敵の増援から逃れるために、近くの森に歩み寄る。
そこが、誰もが恐れる“使い魔の森”とも知らずに・・・。