0.プロローグ
「ふぁぁ⁉︎こんなに軽くて痛くならないの初めてです!」
狭い店内に商業ギルドに勤めている女性の声が響く。
「凄いです!今迄のだとガラスが分厚いから如何しても重いし、歪みが有って見にくいしデザインも獣人の私達が使える物は野暮ったいのしかなかったのに。」
感動に打ち震えた声を上げる女性の頭には猫の耳が付いている。
そんな女性をカウンター越しにニコニコと優しそうな笑顔で見ていると、女性も嬉しそうに笑う。
「友達が最近、此処で買ったのを凄い自慢してきて気になってたんです。少しお値段が高めだと思ってましたけど、これなら納得です!」
「すまんのう、儂も使う人のことを考えると素材に妥協が出来ないからそれ以上値を下げられんのじゃよ。」
女性の言葉にすまなさそうに眉根を下げる老人。
その顔を見て女性は慌てて首を振る。
「この眼鏡の素材とクオリティを考えたらかなり安いですよ?これで金貨3枚なら納得です!」
「ホッホッホ、嬉しい事を言ってくれるのう。」
「あっ、マズイこれから大事な会議なんだった!おじいちゃんお金置いてくね。」
「うむ、何か有ったらまた来るんじゃよ?」
「うん!またね〜!」
眼鏡を受取ると、慌てて女性は店を飛び出して行く。
その後ろ姿を見送り、女性が開けた扉が閉まると外の喧騒が遠退く。
コトッ
店のカウンターで一息つくと、横から静かに湯呑みが置かれる。
「有難いのう、丁度飲みたいと思ってたところじゃよ。」
老人が湯呑みを差し出された方を見ると、其処には銀のトレーを持ったメイド服に身を包んだ女性が1人。
「うむ、やはりカグちゃんの淹れてくれた茶はうまい。」
「…お代わりは如何ですか?」
「貰おうかの。」
「分かりました。」
優雅な手つきでお茶を淹れる姿は絶世の美女であると断言でき、スタイルも良く、頭に付いているウサ耳も可愛いらしい。
実際に街を歩くと男なら見惚れる事間違い無しなのだが、その表情は微笑みどころか一切の感情を削ぎ落としている。
表情筋が死んでいるかのような無表情の所為で一部の変態達から女王様と呼ばれ、近所の子供達と混ざって遊んだ鬼ごっこは、側から見ると完全に事案発生じゃった。
カラン
「おじいちゃんただいまー!」
淹れて貰った二杯目を飲んで居ると再び扉が開き少女が入って来た。
「うむ、お帰りじゃな。治療院の手伝いは如何じゃった?」
「大変だったよー、Dランクの冒険者が運び込まれたんだけど、全身ボロボロで着けてた金属鎧もベコベコでさ〜、まあ綺麗に治ったけどね。」
「お疲れさんじゃの。しかし、金属鎧がベコベコとは穏やかじゃ無いの。」
「うん、その人自体はランクDなんだけど、実家が資産家らしくて良い鎧を着てたらしいの。」
「と言う事はまたランクBクラスのモンスターかのう…」
「はぁ、安全な向こうの世界が恋しいよう。」
「儂もそう思うわい。」
心底嫌そうに呟くこの少女は儂と血の繋がりは無く、儂達が不思議な共同生活をしているのは異世界召喚されてしまったからだった。
このモンスターが蔓延り、剣と魔法がある命が銀貨よりも安い世界に来た時の話をしよう。
先ずは儂が死んだ話から…。