図書委員と図書室警備員4
これの続編です。
図書委員と図書警備員3
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「大丈夫ですか!?」
図書室で女子生徒が倒れている。
図書委員の真西理晴は、女子生徒に駆け寄り、声をかける。
動かない。死んでいるのか。そんなまさか。
どうしよう。どうしよう。今日は能々が用事でいない。理晴は、よりいっそう心細かった。
「あのっ! 起きてください!」
もう1回声をかける。ぴくりと動いたような気がする。ほっとする理晴。
「うーん…。むにゃ、むにゃ……あれ?
私、何してたんだろう。たしか本を立ち読みしてて、そのままうとうとして…」
女子生徒は、寝ぼけながら、ゆっくり起き上がる。
ずいぶん長い時間寝ていたのだろうか。ショートカットの髪から、寝癖がピコンと出てる。
「起こしてくれてありがとう。私は二年の冬後涼子」
「私、図書委員の真西理晴。同じ二年だね。大丈夫? 苦しいなら保健室に…」
「大丈夫だよ! あのね。ちょっと難しい本を読んでたら、眠くなっただけなの。
ほら、これ。この本だよ」
涼子はそう言って、ぶ厚い本を理晴に見せ付ける。
タイトルは『資本論』と書いてある。
「し、資本論…?」
凄まじいタイトルの本に、理晴はうろたえる。
本好きの理晴でも、読むのをためらってしまうぐらい、難しい本だ。
「私、頭あんまよくないからさ。本を読めば、頭よくなると思ったんだよね。
でも読んでたら眠くなっちゃう。まいったね。あっはっはっは」
だからといって資本論はレベル高すぎじゃないか?
理晴は心の中でそう突っ込んだ。
「あーあ、本読んで眠っちゃうなんて、私ってほんと馬鹿だなぁ。
どうしよ。もっと簡単な本から読んだほうがいいのかな?」
あるよ。もっと簡単な本が。理晴の図書委員魂が、ぼわっと燃え上がる。
「それなら……もっと簡単な本があるよ」
「えっ? マジで。教えて教えて」
涼子が食いつく。目がきらきらしてて、とびっきりの笑顔だ。
なんか、子犬に頼られてるような気分になる。
とは言え、何をオススメしていいのやら。
理晴は少し考えてみる。
あの本にしようかな。この本にしようかな。
涼子に合いそうな本は…なんだろうか。
「ショートショートとかどう?」
「えー? ショートショート? ショートケーキなら知っているけど」
「くすっ。そうじゃないよ。
ショートショートって言うのは、とても短い小説のこと。
お話がおもしろいから、最後まですらすら読めるはずだよ」
「ほー。なんかよくわからないけど、ショートショートを読めば頭よくなるというのはわかったよ!」
頭が良くなるとは、ひとことも言ってない。
だが、涼子はとりあえず納得したようだ。
「ほら、ショートショートの小説集だよ。これを読んでみようよ」
小説集を涼子に渡す。
「どれどれ…ふむふむ。なるほどなるほど」
小説集をぺらぺらめくって読む涼子。真剣なまなざしだ。
「うーん…?」
涼子の顔がだんだん青くなり、あまりつまらなそうな顔をしている。
ついには首をかしげてしまった。
しまった。あまり面白くなかったのだろうか。
理晴はあわてだす。
「あの…。あまりおもしろくなかったかな?」
「いや、そうじゃなくて」
「?」
「ここの字がなんて読むかわからないんだよ」
涼子のひとさし指が、漢字を指す。読めない漢字らしい。小学校で習う漢字だ。
「えー、えっと、その漢字の読み方は…」
理晴は、漢字の読み方を教えてあげる。
「漢字に詳しいね」
「え、えへへ…そうかな?」
理晴は、ひきつった顔で笑う。
まさかその漢字がわからないなんて。
本を読まない人の漢字レベルって、そんなものなのかな。
理晴は軽くショックを受けていた。
「よし、漢字おしえてもらったから、ショートケーキをいっぱい読めるよ!」
「ショートケーキじゃなくて、ショートショート」
「あれっ? そうだっけ。まあどっちでもいいや。あっはっは」
よくありません。
「あれっ? この漢字なんだっけ。理晴、読める?」
「え? その漢字の読みはね…」
こうやって、読めない漢字に次々と引っかかるものだから、どうしようもない。
まさか、1つのショートショートを読むのに、30分もかかるとは思わなかった。
せっかく読み終わったけど、涼子はあんまり楽しそうじゃない。
これじゃあ本が嫌いになっちゃう。理晴は「私が読み聞かせようか」と切り出す。
「私が本を読み聞かせてあげるね。ほら、あそこに座ろうよ」
「読んでくれるの? ラッキー!」
理晴と涼子は、図書室のイスに、ふたり並んで腰かける。
「むかしむかしあるところに、お兄さんとお姉さんが住んでいました…」
「理晴の声、かわいい。癒されるし、うっとりする」
「えっ、そ、そうかな? 照れるよ」
「ほら早く、続きを読んで!」
声をほめられて、気を良くした理晴。
ナレーターになったつもりで、すらすらと読み進めていく。
「あっ…」
理晴は、左肩にあたたかいものを感じた。と同時に、さわやかな風のような匂いも感じた。
涼子が、肩に手をおいたのかな? と思ったら、違った。
涼子の頭が、理晴の肩にもたれかかっていた。
目は閉じている。寝ているのだろう。
「涼子ったら、居眠りしちゃった」
「すーすー」
幸せそうな寝顔だ。
理晴の読み聞かせが、とても気持ちよかったのかもしれない。
それにしても顔が近い。理晴の顔のすぐ横に、涼子の寝顔がある。
理晴は、なんだか困るような、照れくさいような、変な気持ちになった。
涼子は、そんな理晴の戸惑いも知らず、すーすーと気持ちよさそうな寝息をたてている。
涼子の身体のさわやかな匂いを感じる。
良い匂いだなぁ。理晴は、本のことなんて、どうでもよくなってきた。
起こしちゃ悪いから、そのままにしておこう。
理晴は涼子の目が覚めるまで、何もしないことにした。
ゆっくり本を閉じ、机の上に、静かに本を置く。
何もできないので、図書室の窓の外をぼんやり眺めるだけ。
太陽がさんさんと輝いている。いい天気だ。ぽかぽかした気分になる。
うとうと…。とうとう理晴も眠くなってきたようだ。
(あっ、わたし寝ちゃう…? まあいいや。どうせ図書室に人なんて来ないし)
この高校は、図書室利用率が低いから、どうせ誰も来ない。寝ても大丈夫。
心の中にいる、少しだけ悪い「理晴」が、現実の理晴を誘惑する。
現実の理晴は、あっさり誘惑にひっかかった。
理晴の瞳は、やがてゆっくり閉じられ、頭が傾いていく。
ふぁさっ。
理晴の頭と、涼子の頭が、くっつく。
少しだけ長い理晴の髪が、涼子の顔を優しくなでていく。
小鳥同士が身を寄せ合うような、あたたかな雰囲気で、ふたりは眠り続けるのだった。
そんな幸せそうな二人をよそに、図書室のドアから入ってくる生徒がいた。
「図書室に忘れ物しちゃった。早く見つけないと。
あれ? 理晴先輩がいない…。
どこ行ったんだろう? あ、図書室の奥のほうかな」
東川能々。理晴の後輩にあたる、図書委員だ。
今日は用事があり、放課後すぐ学校を出たが、図書室に忘れ物をして戻ってきたらしい。
「あ、机のイスのところに、先輩が座っている」
本棚に隠れながら、こっそり理晴に近づく。
わざわざこっそりする必要はないけど、それが能々の性格だった。
「せんぱ……あっ」
能々は見てしまった。気持ちよさそうに、頭をくっつけて眠る、理晴と涼子の姿を。
何があったんだろう。先輩の隣で寝てるこの人は誰だろう。
何も知らない能々は、なんだか気まずい気持ちになり、忘れ物を回収すると、
無言のまま、すばやく図書室を出て行くのだった。
おわり