悪役令嬢様、八当りは止めてください
我はジームント。
由緒ある赤竜の一人である。
寝床はジームント山という我が居るから付けられたという山の山頂だ。
寝やすいように尻尾で山頂を削り飛ばして作った寝床なのだが、ここで寝ていると時折人間という劣等種がやって来ては寝床を荒らして行く。
苛ついた我がファイアーブレスを吐けば一目散に逃げるかまる焼けになるだけだというのに、彼らは思い出したようにやって来て我が平穏を妨げる。
なんでも、冒険者という人種らしい。面倒な奴らだ。
そして、なぜそんなモノがやって来るかと言えば、数百年前から我の眠るこの山の麓に、竜に守られた王国とかいう国が作られたせいでもある。
腕試しで我に挑みに来る奴がいるらしいのだ。
最近は守護獣を怒らせるなと国からお達しがあったらしく、ここ数十年は無礼な冒険者はやってこない。
だが、本日、まどろんでいる我の元へ、一人の女が現れた。
薄眼を開けてそ奴を見ると、憤懣やるかたないといった顔で肩を怒らせている。
そんな女は我に向けて指を指し示す。
「ちょっと守護竜様! 聞いてくださいます!」
そんなに叫ばずとも聞こえている。
なんだというのだ姦しい。
「わたくし、この国の伯爵令嬢クローディアと申しますのよ! 王子であるヘンドリック様の婚約者でしたの!!」
ああ、この国は新たな王に代替わりする手前というわけか。そやつ次第ではまたぞろ竜討伐部隊とやらが来るかもしれんのか面倒な。
「後一年、後一年で学園卒業がありましたの。直ぐに婚約するつもりでしたわ。なのに、なのにあの男爵令嬢ッ!!」
地団駄踏んで叫ぶのは、金色で無数の渦巻いた髪の女だ。ドラゴンの雌ではないのだし、こんな猿に纏わりつかれても迷惑だ。
「ちょっと聞いてますの! あの男爵令嬢、この学園に入った頃から妙にヘンドリックになれなれしいと思っていれば、事あるごとにわたくしとヘンドリックの邪魔をする、挙句自分からこけておいてわたしくしにやられたですって!? あんの小悪魔にしてやられたのがムカつきますわ!」
要するに、番いになろうとしていたオスドラゴンを駄竜寝取られた。そんなところか。
「昨日は本当に最悪でしたのよ。全校集会の場で王子の横に侍って、あの女、わたくしにされたとありもしない罵詈雑言の数々をあげつらって周囲全てを味方につけましたの。ヘンドリック様からは貴様の様な女が我が婚約者だとはな。ですって!」
話によると、彼女は嵌められたらしい。
彼女の気性が荒いのも問題ではあったのだろう。
しかし、公衆の面前でお前との婚約を破棄すると告げられた上に、その男爵令嬢とやらが婚約者になってしまったのでは、それは彼女の怒り様も仕方あるまい。
長年色々と会話は聞いていたので人間の恋愛模様なども少しは理解してきているが、色々と厄介なことがあるものだ。
「挙句、貴様のスキルはマジックストッカーとスキルストッカーだったか? そんなよくわからぬモノより王佐の才でもあればまだ側室に迎え入れたがって、どういう意味ですの! あのクソアマが正室でわたくしが側室? 舐めてますの? ブチ殺しますわよ!!!」
ああ、スキルも重要視するのだったな人間どもは。
しかしマジックストッカー? 聞いたことが無いしレアスキルとやらではないか?
「悔しい、悔しいですわ。悔しくてよ!! あの女狐にやられたばかりか何も出来ず消えるしかなかった自分自身にも腹が立ちますの。でも、下手な魔法使っても犯罪者になるだけですのよ。それで、ふと思いましたの。ドラゴンですもの、たかが人間の初級魔法くらい、どれ程喰らっても問題ありませんわよね? だから……憂さ晴らし、させてくださいませ」
ニタリと笑うクローディア。
ああ、なんか面倒事の予感。
鎌首もたげた我に手を向ける小娘は、告げた。
「マジックストッカー、アイシクルアロー、全開放!」
刹那、小娘の手から放たれる氷の矢。
いや、待て、なんだその連続攻撃は!?
「オホホホホホ、驚きまして、そうですの。わたくしのマジックストッカーは魔法をストック出来る能力ですのよ。一度ストックすればいつでも解放できますの。ただし、一日一度の制約でしたわ。幼い頃から一つ一つ魔法を込めれば、レベルというのが上がって一日二つ、三つと上がってゆきましたの。今はレベル15、一年前から毎日毎日込めて間もなくレベル16になりますのよ」
つまり、このアイシクルアローは彼女の幼い頃から一日一発分をストック、そして本日、そのストックした全ての魔法を我に八当りのためだけに使っていると……
いや、確かに痛いぞ。体力も数値化すれば1づつ減っていっているのだろう。
しかしだ、どれ程の連撃でも蚊の攻撃など恐るるに足らず。
『愚か者め!』
我は阿呆な小娘に現実を知らしめるべく息を吸う。
ファイヤーブレスで一息に消しさ……
刹那、我の口内に殺到する氷の連弾。
『げふっごふっぶほっ』
息を吐こうとした瞬間口の中に絶え間なく入ってきた氷の矢に息が出来ずに急きこむ。
折角のファイアーブレスが潰された。
「思えばわたくしの人生、全てはヘンドリック様に捧げておりましたわ。妃となるのですもの。礼儀作法に相手国との渡り合いの仕方、夫の立て方、夜伽の仕方、あらゆるものを教え込まされましたわ」
いや、待て、ちょ、口に、息、息が……
我に気付かず口惜しげに拳を握りながら力説するクローディア。
「わたくしの十数年、すべてヘンドリック様のためにあったのですわよっ。なのに、なんですのあの女! ただちょっと顔が可愛いだけのクセに、あざと過ぎる性格に性根の腐った相手を落とす戦術が上手過ぎますのよ!」
いや、だから、やばい、やばいから……
『げべっ、鼻入っ……』
「目の前で素っ転んだと思ったら、なにするんですかとか、訳わかりませんわ。自分でワイン被ってあなたがやったんでしょう酷いとか、何考えてますの。挙句自分で足踏み外して階段落ちかましておいて、数段先で降りようとしていたわたくしが犯人? ふざけてますの? ふざけてますわよね!」
いかん、息が吸えぬ、頭が真っ白に……
『ゆ、ゆるし……たすけ……』
「無駄ですわ。無駄無駄無駄無駄ッ。わたくしの怒り、恨み、憎悪、全て受け止めてくださいまし守護竜様ッ。あの国を守りたいというのならば、わたくしの怒りから、憎悪から、国を守ってくださいませっ。でなければわたくし、自分の国を滅ぼしかねませんわよッ!!」
無茶苦茶だこの女……
我は何とか羽をはばたかせ、空に逃れる。
もう、ここには居られん。あの小娘の様な物がまた来ては面倒過ぎる。
「ああっ。待ちなさいっ。わたくしの怒りはまだ治まっておりませんのよッ!!」
『ええい、それ程言うならこれをくれてやる。さっさと帰れ危険生物め!』
「ちょっと、これ全開放してしまったから途中では止まりませんのよッ! どうしろってい……ひゃあっ!?」
我は一枚の鱗を剥がしてクローディアに投げつける。
慌てて避けた彼女が見上げる頃には、我は遥か遠くに逃げ去った後だった。
もう、あの付近には二度と近づくまい。
後日、新しく作った居住地に、風の噂で魔王クローディアが氷の連弾を使い国を滅ぼしたとか、竜滅姫が自分を捨てた祖国に復讐を果たしたとか、竜鱗の剣と盾を持った女勇者が堕落した王を倒し王国を救ったとか聞こえてきたのだが、それが彼女であったのかどうかは知らない。