五
主人公が不遇になっていきそうです。
頑張れー(適当)
藤乃は俺と同じクラスではあるが、俺は最後列、藤乃は最前列と席が大きく離れている。
しかし俺の列は一番左、藤乃はそのひとつ右の列で、今まで意識しなかったが俺の場所から藤乃の挙動が丸見えだ。
その藤乃はなぜか身を震わせたり、急に背筋を伸ばしたりと変な動きを繰り返している。どうしたのだろう。
思えば2限くらいからおかしかったような気がする。朝、俺と藤乃が同時に教室に入ったことを同クラスの連中にからかわれた時は、鋭い眼光で睨み付けて閉口させていたから通常だ。
今度は全ての動きがピタリと止んだ。本当にどうしたのだろうか?
この授業が終われば昼休みになる。少し心配だ。聞いてみよう。
授業終了のチャイムが鳴り響く。
教師は板書していた手を止め「ここまで写しておいてください」と言って、道具をまとめる。
俺は急いで黒板の文字を書き写して、そして藤乃の座席へと向かった。
俺が向かう途中、藤乃は俺より早く写し終えたのか教科書等を片付け、すっと立ち上がった。
かと思うと藤乃は脇目も振らず、教室の外へ早足に進み出す。
「ちょ、ちょっと待て藤乃」
「……」
「えっと……」
無視された。聞こえる声だったはずだ。
挙動不審になっていたのを心配して近寄ると、まるで俺が存在していないかのように無視された。
こんなところで自己の存在を揺るがされるとは思っていなかった。
え? 俺は幽霊とかじゃないよね?
何か気に障るようなことでもしてしまったのだろうか。
結局俺は何も聞けず、急いでどこかへ向かう藤乃を見送ることしかできなかった。
「うい~、カイト君よ~」
呆然と立っていると、同じクラスのイケてない男子――中川が話しかけてきた。
ちなみに朝、藤乃と俺をからかって睨まれていたのもコイツだ。
「朝にお前が藤乃さんと一緒に登校してきたときはマジびびったぜ~。
『藤乃さんに彼氏が!?』って感じだったけど、やっぱり偶然だったか~。
あせらせやがって! ま、お前は顔は悪くないけどやっぱりモテない部類に入るよな~。
俺? 俺はモテ期がそろそろって感じだぜ~。
お前と違ってな!!」
こいつ鬱陶しいな。なんだ「モテ期がそろそろ」って、現にモテてない状態じゃねぇか。
中川はその地味にサラサラした髪を手で払いながら去っていった。
いや本当になんだこいつ。
とはいえ昼休みなので昼食をとるべく、俺は学食に向かう。
俺は自炊し、弁当も作ってくるので普段利用することはない。
しかし今日は朝食の例にもあるように準備ができなかった。ここの学校の購買では食料品は販売していない。
なので学食を利用する他、昼食を食べる手段がない。
ここの高校の学食は、正直言ってあまり美味しくない。しかし不味くもない上に安価なので利用する生徒は多い。
ただ日替わりのランチにはあたりがある。もちろんはずれもあるが、あたりだとそこらのファミリーレストランと比べても遜色ないほどの味が、大変安く食べられる。
一度だけ食べたことがあるが、とても美味しかった。栄養価もきちんと計算されていることも考えるとすごく得だと言える。
今日のランチがあたりであることを祈りつつ、俺は列に並んだ。
「ソースカツ丼セット……、これはあたりか?」
日替わりランチは、ソースカツ丼セット。
それを注文すると、大きな丼がお盆に乗せられた。その後にお新香と沢庵の入った小皿、豆腐の入った味噌汁が乗って完成だ。
別段普通に見えるが、カツが驚くほど大きい。
ソースがたっぷり掛かった大きなカツの下には、千切りされたキャベツが敷かれている。白飯はその下にあり、輝く白米にカツから溢れたソースが所々染み込んでいる。とても美味しそうだ。
しかし、このカツの大きさは値段から考えてもおかしい。これは採算が取れているのだろうか。
いや、実はソースの味が謎だったりとかするのだろうか。
様々な可能性を考えながら網目状に掛かったソースを見つめる。
こういう時、基本的に友達がいるやつらだったら、丁度後ろに並んでいる人達のように
「やべ~、これあたりだろ! うまそ~」
「いや、読めないのがウチの学食だからな~」
「カツの下に敷かれているキャベツの千切りがマズいと見た!」
という感じに話のネタになったりするのだろうが、あいにく俺には友達と呼べる人間がいない。
今もお盆を手に、一人で座っていても集団の邪魔にならないような座席を探している。
弁当なら教室で即座に食べてそのまま美化委員倉庫へ向かい、花を観察する。
それが日課とも呼べるような学校での俺の過ごし方だ。
あまり寂しくは感じないのだが、母が生きていたらきっと心配するだろう。
考えに耽りながら、俺が学食での座席を求めてうろついていると、藤乃を発見した。
丁度長いテーブルの端に座ったところで、俺はそこに接近する。
さっきは無視されてしまったが、もし何か気に障ることをしたのなら謝りたい。
「ここ、いいか?」
努めて自然に声をかける。
「はい。どうぞ……、って喜井地君じゃないですか。
め、珍しいですね、学食にいらっしゃるなんて」
あれ? 対応が普通だ。普通に聞こえていなかっただけなのだろうか。
そう考えながら席に着くと同時に、俺は驚愕した。
「と、藤乃……」
「なんですか?」
小首を傾げる仕草が、普段と違う印象を与えてくる。
しかしそんな仕草すら気にならないほどのインパクトが藤乃の口元に付着していた。
それはソースだった。
いや、おかしい。どう考えてもおかしい。
藤乃はたった今座ったのだ。
おい藤乃、その丼何杯目だ?
そう聞きたいところだが、藤乃はまるでそれが一杯目であるかのようにふるまっている。
「い、いや、なんでもない」
「そうですか」
授業中に様子がおかしかったのも、お腹が鳴るのをどうにかやり過ごしていたのだろうと想像ができる。
藤乃は現在、ソースカツ丼を幸せそうに頬張っている。
それを見ながら俺は、明日から朝食をしっかり作ってやろうと内心で思った。