四
いきなり18禁展開です。嘘です。
「喜井地君、その……もっと……」
「ふっ……うっ、こ、こうか!」
「もっと深く……」
「ふぅっ……」
戦いがあった翌日には、藤乃は全快していた。その回復力に驚いていると、いつの間にか俺は藤乃に道場へ連れられていた。といっても住んでる家から道路を挟んだ反対側に道場はある。
歩いて30秒と掛からない。藤乃の家も道場の近隣にある。
道場で防具を着込んでいると、俺は左肩に違和感を覚えた。力が入らないようなピリピリとした痛みのようなものだ。
そのことを藤乃に伝えると「脱臼したときの炎症が治まってないのかもしれません。アイスパックで冷やして、安静にした方が良いかと……いや、呼吸法の〈回虎〉の使用で急速に治癒することも可能です」と言った。
「じゃあ、それで治してみよう」
と言ったのが数十分前になる。朝6時30分から始めて、時刻は7時を回っていた。
「喜井地君、もう少し深く……」
「すぅ……っ」
「ええっと、どう説明すれば良いのでしょう」
「これすごく難しいな」
「いえ、慣れれば戦闘の合間でも使用できます」
「……そ、それは俺の武術の才能のなさを遠回しに言っているのか」
「いいえ、違います。私の教え方に問題があります。さっきから感覚的にしか言葉にできていません。
呼吸法は思ったより説明が難しいです」
『そんなの簡単だ。呼吸を30秒かけて吸って、10秒止めて、20秒かけて吐いてみろ。
それで感覚は掴める。まあでも小僧の身体では……』
「え? 分かった試してみる」
法眼の言ったことを俺は実践してみる。
しかし、吸い込んでいる途中で身体の中に空気が入らなくなる。とりあえず10秒呼吸を静止して空気を吐き出す。しかしまた、これも途中で空気がどうしても不足する。
「10秒止めるのと、吐き出すのはできそうだが、これ……吸うのは無理だろ」
「喜井地君どうしたのですか? あ、法眼さんと話しているのですね」
『小僧、少し身体を貸せ』
「あ、ちょっと待て――――」
法眼がそう言った後、俺の身体に乗り移った。同時に俺は体外に弾き出されるような感覚がして、自分を後ろから見下ろすような視点に変わる。
この視点は狩りゲーの視点に似ている。もちろん俺は自由に上下左右見回すことができるが、自分の身体を中心にしたような視界となっている。
「ふむ。おなごよ、貴様は見る目がないな」
「えぇ!? いきなりどうしてですか!?」
「確かに左肩に炎症が残っておる。しかし、この身体では〈回虎〉は無理だ。肺活量が圧倒的に足りん。それに上限が……、おぉ? よく見るとこの小僧変な身体だのう。戦闘系のものばかり使えそうだのう」
『俺そんな変な身体してるの!?』
「〈回虎〉は無理でしたか……」
「〈瞬虎〉は鍛えれば使えるが、回復系は外から氣を分けてやらねばならん。
そうだ、おなごよ。服を脱いでこの小僧の身体にくっつけ」
「い、いやです、できません」
『即答された!?』
「では両手で左肩を押さえて氣を流し込め」
すると、藤乃は戸惑った表情になった。
「えっと……、それはどうすれば」
「そんなことも知らんのか。〈瞬虎〉を使えるというのにおかしいのう」
「……すみません」
「謝るな、理由を説明しろ」
「はい。喜井地家の家督を継いだ時から、虎の書の呼吸法について訓練を受けました。
しかし、女という理由で学ぶことのできないものが2割ほどありました。氣という概念は存じていますが、氣の扱いについては教わりませんでした」
「おお、そうだったのう。おなごに身体を触れられるのが嫌でそんなことも書いた気がするのう」
『お前のせいじゃねぇか!!』
「そ、そうでしたか……」
藤乃も苦笑いを浮かべている。
『っていうかお前子孫残してるのに女に触られたくないってどういうことだよ!』
「五月蝿い。聞くな」
『う……っ』
不意に鋭い口調で法眼に返された。その際殺気と呼べるようなものが篭っていたのか、霊体なのに刃物の切っ先を突きつけられたような危機を感じた。
「おなごよ、仕方ないから我が教えてやる」
「は……はい! ご指南感謝します! お願いします」
「とりあえず肺の中にある空気を全て吐き出して、力を込めろ。
そして小僧の肩にそっと触れろ。おい小僧、身体に戻れ」
身体から法眼の霊体が半分ほど抜けると、俺は引っ張られるように自らの身体に戻った。法眼の話によると、どうやら初めて降霊を行なった時は自分の霊体化に順応できず意識を失い、また昨日は痛みと疲労で降霊の成功と同時に意識を失ったそうだ。
また、二度同じ者に降霊された霊体は、その者に憑くことも出来るそうだ。つまり俺はご先祖様に取り憑かれているということになる。
自分の身体に戻ると左肩に心地よい温かさを感じた。同時に方に残留していた違和感が薄れていくのを感じた。
『うむ。もう構わないぞ』
「もう大丈夫だ」
「はい。ではこれから鍛錬を――――」
「いや、もう時間がないぞ」
時計を指すと時刻は7時30分。8時から1限が開始される。朝食をまだ食べていないのを考えると、時間はかなり切迫してしまっている。
これは食べている暇がないかもしれない。
「こ、これでは食事をする時間がないじゃないですか……!」
藤乃は朝食を終えていないのか、頬に冷や汗を流しながら言った。
しかし時間がないのはどうにもならない。俺は服を着替えるために急いで家へと戻る。
「とりあえずカロリーメイツかヴィダーしかないぞ」と言うと「で、ではひとついただきます」と悲しげな顔をして、俺が投げたヴィダーを受け取った。
現在俺の家はほぼ一人暮らしと言っていい状態にある。母親は既に亡くなっており、父親はよく用事で家を出ている。帰ってくるのは一ヶ月に2回あれば多い方だ。
つまり自炊をしなければいけない。食費は父親から振り込まれるため問題ないが、朝などはやはり面倒だと感じてしまう。
晩に何か作っておくのが常套だが、昨日はそのまま寝てしまった。疲労からか、法眼が起こさなければ藤乃の来訪にも気が付かなかったほどだ。
とりあえず昼まで持てばいい、と俺は歩きながらゼリー状の栄養を喉奥に流し込んだ。
藤乃も早足で歩きながら、なぜか少し難しい顔をして飲み込んでいた。
思っていたより遅筆が治っているようです。
しかし、遅くなるときもあると思いますのでご了承ください。
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