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月白色のLied  作者: 一太刀
第一章『虹色の花瓣 ~246:191:188~』
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 喜井地家は代々京八流を継いでいる、いわゆる武士の家系だ。

 京八流は、遡れば戦神、源義経もその使い手だったとされいる。

 喜井地家は子をなせば必ず一人は男児が産まれ、その子は武の才能に満ち溢れている。


 俺の父親は最強の武人とも呼ばれ、剣道八段に柔道八段を習得している。

 本人曰く、上限がなければもっと上らしい。確かに同じ剣道八段に負けた試合を見たことがない上、居合いの演武も抜刀が目で追えないくらい速い。

 そんな歴代最強の天才から産まれたのが、喜井地乖人きいち かいとという存在だ。いや、実際産んだのは母親だけど。

 母は母で、薙刀を自在に操ってるのを見たことがある。

 つまり遺伝的には俺はかなり期待できる子だったわけだ。


 そんな期待の下、産まれたのは凡人だった。別段運動神経が悪いわけではない。そして良くもない。普通なのだ。


 それはあってはならない普通だった。


 本来は何も問題がない。しかし周りは騒然とした。

 俺は何もしていない。俺の両親は悪くない。けれども周りは俺と両親を責めた。


「なんで普通の子が産まれるんだ!?」

「嫁が浮気でもしたんじゃないか?」

「歴代最強とまで謳われた彼に、優秀な子孫を残せないという欠点があるなんてねぇ」

「喜井地家はおしまいだ…」

「乖人君に家督は継げないだろう」


 俺は幼いながらもよくわからない劣等感や、脱力感に苛まれた。母親に辛くあたったこともあった。

 母親はただ「ごめんなさい。私のせいね。強く産んであげられなくてごめんね」と力無く返していた。

 しかし、俺が周りに嫌味を言われて泣きそうな時には「普通でいいの。産まれて来てくれただけでいいのよ……」と母親は言っていた。

 優しい母だった。


 今では母親に恩をひとつでも返したいが、母親は俺が中学に上がる頃、病気で他界した。

 親族での葬式では、皆が何かをひそひそと言うばかりだった。中には口元を吊り上げてるやつもいた。

 しかし、一人だけ、参列していた籐乃零香だけは、俺や父親の分まで泣いていた。一応遠い親戚にあたる藤乃家と喜井地家は、仲はあまり良くなかったらしい。

 しかし道場に通っていた籐乃は、母親と仲が良かったそうだ。





 俺が意識を取り戻すと、瞬間的に左肩に激痛が走った。しかし特になんともなっていない。

 不思議に思いながらもベッドから上体を起こし、辺りを見渡すと、どうやら自分の部屋に戻っているようだった。


 そしてベッドの端には、籐乃が突っ伏して眠っていた。

 普段の凛々しい姿とは対照的に、年相応なあどけなさと無防備な寝顔にドキリとさせられた。


 俺が体勢を変えようと動いたときに、背中と脚に鋭痛を訴え、呻き声が漏れた。いくつか傷があり、包帯が巻かれているようだ。

 その時、籐乃が口をむにゅむにゅと動かして、ゆっくりと目を開いた。


「おきたのですね……。おはようございます」

「あ、ああ……」


 少し寝ぼけ目に答える籐乃の口元には、涎の跡が薄く残っていた。

 俺は籐乃の傷が全て治っていることよりも、それが気になってしまった。

 特に指摘はしなかったが、じっと見ていたからか、籐乃は最初こそ不思議そうに俺を見ていたが、真意に気が付いて顔を赤らめた。


「…………。どうか無かったことに」


 籐乃は少し恥ずかしそうに、袖でごしごしと拭った。


「それで、喜井地君。あなたの先刻の力は一体なんですか?」

「ど、どうなってた?」


 その問いに俺は食い気味に問い返す。俺は自身がどうなっているかは知り得ないのだ。


「それはもう……理屈外れに強かったです。喜井地法眼って誰ですか?」

「―――ま、待て!『法眼』が…来たのか!?」

「だからその法眼って誰ですか?」

「……まず俺の家について説明する。

 本来この家は『喜井地』家ではなく『鬼一』家なんだ」


 そう言いながら紙に漢字を書いて見せた。


「鬼一法眼は、戦の神と呼ばれていた源義経に武術を教えた京八流の祖とされていて……空想上の人物だ。そのはずだ。

 俺は知っての通り喜井地家に相応しくない、平凡な才能しか持ち合わせていない。

 だから、別の方法を探ったんだ」

「別の方法…とは?」

「降霊術だ。全員が武術に長けている喜井地…鬼一家の先祖に限定して、降霊を行ったんだ」

「こ、降霊術ですか?イタコなどが生業にしている…」

「そうだ。俺は昨年の夏休みに、恐山へ行った。

 そこである降霊師に夏休みの間ずっと降霊術を教わった。

 ……代償としていろいろと要求されたが、俺は降霊術を習得した。

 実際に使ったのは、成功した日と今回だけだ」


 成功した日、俺に降霊術を教えたあいつは忽然と姿を消した。理由は今になってもわからない。

 ただ、降霊術を教えてくれたお礼を言いたいと今でも思う。


「それであなたは鬼一家の始祖、鬼一法眼を呼び出したというのですか……!?」

「そうらしい。でも降霊術は実在した人物しか呼び出せないから、鬼一法眼は伝説ではなかったようだ」


 籐乃はあっけにとられた顔をして「それであの強さが」と小さく言った。


「それはそうとして籐乃、お前はなんで、何と戦っていたんだ?」


 そう聞くと、籐乃は難しい顔をして「まあ元々は……」と呟いた後、説明をし始めた。


「鬼一家の長男は15歳になると元服し、家督の一部である土地の守護を行うのが慣わしです。

 この学校がある土地には、強い力が眠っているとされています」

「そんなしきたりがあったのか…、それに強い力なんてのも初耳だ」

「はい。そしてここには魑魅魍魎の類いが稀に現れます。

 それを討伐するのが家督なのです」

「魑魅魍魎……そんなもの妖怪やら物の怪とかいう実在したのか」

「降霊術を使える人がなに言ってるのですか」

「そうだったな。因みに、稀にってどれくらいの頻度なんだ?」

「そうですね。聞いた話によると数百年に一度だそうです」

「そんなに稀なのか!? じゃあさっきのやつは……」

「いいえ、先程のものは違います。ただの別勢力です。

 鬼一家は魑魅魍魎からの守護の役割を持っていますが、その力を狙うのは化け物だけではないということです。

 基本的には式神を行使して土地の調査などをしますが、今回は式神使用者が現れました。何度か退けるうちに業を煮やしたのでしょう。

 まあより正確に言うならば、あの忍装束らは式神と言うより、魔の使い……使い魔に近い存在でしたが」

「なるほどな…、相手が誰か分かっているのか?」


 籐乃は考え込むように顎に手を当てて「まだ分かりません。ですが及川家の者かと思われます」と言った。



 及川家といえば、正月に鬼一家に挨拶に来る家の一つだ。

 鵺退治の源頼政を祖とする一派で、弓の扱いに長けていると聞いたことがある。


「元々及川家は、鬼一家とは仲が良くなかったのです。

 そこに凡才のあなたが産まれてたこと、刀鍛冶の家系の私が土地の守護に任命されたことがきっかけとなって、遂に本家に取って代わろうとしているのでしょう」

「そ、そんなことが…皆は知っているのか!?」


 籐乃は首を左右に振った。


「察していても証拠が残っていないのです。

 それに独断で動いた場合、あなたの父親でも一人では及川家を相手にはできないと思われます。

 それだけの力を蓄えていることも、打倒鬼一家に踏み切った理由の一つだと考えられます」

「そうか……それでお前は戦っていたのか。

 ……ところで籐乃、お前怪我はどうしたんだ?」

「治りました」

「そうか。いや、なんでだよ」

「虎の秘伝書に載っている呼吸法〈回虎〉と、体質です」

「虎の書すごいな」

「ですが…、及川家の者には力不足でした。

 左の大腿部を斬られたときにはもう駄目かと思いました。

 でも立てるようになるまで、喜井地君が逃げてくれて助かりました。

 それに、使い魔に斬られそうなときも、助けてくれてありがとうございました。

 ……昔は、出来の悪い弟みたいに思ってましたが、いつの間にか逞しくなっていたのですね」


 昔から滅多に笑わない籐乃が、そう言いながら微笑んだ。それは蕾が綻ぶのような、優しく可憐な笑顔だった。


「そんな喜井地君にお願いがあります。


 あなたの力が必要です。

 私と共に、戦ってくれませんか?」


 それは、俺が初めて人に必要とされた瞬間であり、能力を認められた瞬間でもあった。


「お、俺なんかで……良いのか?」

「はい! むしろお願いしてるのはこちらです!

 あ、でも一つだけいいですか?


 鬼一法眼の力はあなたの肉体では耐えられないようです。戦闘中に左肩を脱臼してました」


 通りで肩が痛いわけだ、と考えながら左肩をさすった。そして自分の力の無さに溜め息を吐いた。


「だから、明日から一緒に道場で鍛練しましょう!」


 籐乃が瞳を輝かせて俺に寄ってくる。落ち着かないような感情を覚え、目を逸らした。


「わ、分かった」


 勢いに気圧されて頷くと、籐乃はまた微笑んだ。

 今度は自分の顔が熱くなるのを感じた。


「途中で止めたら駄目ですよ」

『そうだ、小僧。おなごに現を抜かしてないで、もっと筋力を付けろ』

「お……おお?」

「なんで疑問系なのでしょうか」

「いや、今……」


 籐乃は訝しげに俺を見る。

 しかし、外見上何も変化がないようで「分からない」といった仕草をした。


『聴こえるのはお主だけだろうな。我は鬼一法眼だ。

 男児ならまだしも、おなごにたぶらかされてるようではまだまだ未熟。精進せい』


 脳内に直接響くその声は厳格なものだった。しかし、内容は恐ろしさを内包した奇妙なものだった。

 そういえば鬼一法眼が天狗という説もある。それはもしかすると男児を……これ以上は止しておこう。


 どうやら俺は技量、内面共に、とんでもない奴を呼び出してしまったらしい。



 こうして俺は、最強の剣豪であり自分自身のご先祖様、鬼一法眼と共に、戦いの日々が始まった。





 数日後に、あんなことになるとは知らずに…………。

読んでくださった方、ありがとうございます。

極力早く更新したいと思います。

全体的にしっかり書こうとしているので、読みづらいかもしれませんができるだけ工夫します。


※ご感想は気軽にどうぞ。お待ちしております。

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