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月白色のLied  作者: 一太刀
第一章『虹色の花瓣 ~246:191:188~』
2/6

 籐乃の左腿は大きな裂傷があり、そこからどくどくと血が吹き出ている。

 傷は骨を抉るほど深く、動脈まで達しているのか、その血は絶え間なく流れ落ちている。

 先程の水溜まり……血溜まりも籐乃の血でできたものなのか、と考えると藤野は大量に失血してしまっている。

 そんな重傷を負いながらも、籐乃は俺に「逃げて」と言った。



 正直何が起こっているのか、理解が及んでいない。分かっていることは、籐乃が死にそうなこと。


 そしてその状況を作ったであろう者が、こちらに向かっていることだ。


 内蔵も損傷しているのか、籐乃が口から力無く血反吐を吐いた。

 それと共に、その者が闇に煌めく深紅の目をこちらに向ける。その嗤っているような眼光に、背筋がぞくりと凍える。


「……わたし……は、大丈夫……に、げて」

「……だっ、大丈夫じゃないだろ……っ!」


 そう言った直後、俺は籐乃を抱えて走った。

「逃げなければ」という感情が全身を駆け巡っていた。


 首と膝の裏に腕を回して、荷物も放り出して夢中で駆けた。

 俺の実家は道場なのだが、随分と前から稽古をしていない。しかし、昔に稽古して得た筋力は一人の女生徒をなんとか運べた。

 途中、背後からの物音に恐怖して何度も足が縺れかけたが、転ぶことなく東門の近くまで辿り着いた。

 門が見えたことへの安堵からか、俺は足を少し緩めた。


「……おい! 籐乃、大丈夫か! なんでこんな――――

 うわ――――ッ!!」


 足を緩めた瞬間、目と鼻の先に深々と鉄パイプが突き刺さった。その衝撃と驚愕で、俺はその場にしりもちをついた。


 もし今、速度を落としていなければ、この物体は俺の脳天を撃ち抜いただろう。俺は戦慄を覚えつつも立ち上がり、再び逃げようとした。

 しかし脚がガクガクと震えて、うまく走れなくなっている。

 下手に動けば殺意の籠った黒鉄に貫かれる気がした。自分の体が恐怖に支配されていることを悟った。

 しかし、このまま立ち止まっていても殺されることからは逃れられない。


 腕の中の籐乃を見ると、既に虫の息で、その様子は俺に焦燥を与える。


「……くっ、くそっ!」


 無理矢理に息を吐き出して震える脚に力を入れる。僅かに持ち上がり、そこから重く感じながらも、何とか動き始めた。


 その途端に、背後から空を切る音が聞こえて、右方に飛び退く。

 俺がいた場所には、日本刀が深々と突き刺さった。

 飛んだ拍子に籐乃の体が投げ出されて、俺の前方に転がった。



 すると籐乃は、離さず持っていた二振りの刀剣を支えに、ゆっくりと立ち上がった。

 それに対して俺は、力が全く入らず、体が思うように動かない状態だった。立ち上がることもままならず、その体勢のまま籐乃を見上げた。


 籐乃の体は、左腿以外の傷が既に塞がりつつあった。先程までの衰弱が嘘のように強い眼差しを、その者に向ける。

 体に黒い影を纏うその者は、柄の近くまで深く刺さった刀を軽い動作で抜き、両手で構え、刃先を籐乃に向けた。

 その特徴的な深紅の眼は、再び妖しく煌いている。


 深紅の眼の姿が二重に見えた瞬間、耳を劈くような高い音が辺りに響く。

 籐乃の剣は火花を散らせながらも、二本でその斬撃を受け止めた。


 しかし、左腿からぶしゅっと血が吹き出す。籐乃は顔を苦痛に歪めながら、その刀を力の流れに逆らわず、下へと往なす。

 その者は、刃先を返すように地面寸前から刀を斬り上げた。


 籐乃はそれ読んでいたのか、左手の剣の凹凸でしっかりと絡めとった。

 籐乃はそのまま身体をぐるりと捻り、右手の剣で剣撃を放った。その者はぎりぎりのところで上体を後ろに反らして避けた。


 しかし、籐乃の左手の剣は、相手の刀をしっかり押さえ、それだけでなく刀身を折るような、鈍い金属音を発している。

 そのため相手は反撃に出られない。籐乃は攻撃の手を緩めず、何度も斬りかかる。その者は片手を刀から離して躱したり、剣を振る腕を一時的に止めたりと、何とか剣撃を防いでいる。


 埒の明かない、拮抗した状態を打破すべく、先に仕掛けたのは相手だった。


 剣撃を回避した動きをそのまま止めることなく、全身の膂力で刀を引き上げようとした。

 籐乃はその動きに、焦るどころか一瞬笑みを浮かべて、左手の剣を力任せに捻った。

 するとビキキッと音を立てていた相手の刀身が、遂に折れた。


 深紅の眼は眼光ををゆらりと動かしながら、刀から手を離す。籐乃は追撃に二本の剣を構え直し、刺突する。


 しかし片脚での突進となり、威力も速度も落ちていた。

 その攻撃は、黒い影の濃度を増す相手に当たらず、すり抜ける。

 最後にその眼が歪に嗤った時、俺と籐乃の周りに十数名の人影が出現し、深紅の眼は闇に包まれるれるように消え去った。



 周りを囲むように現れた相手を確認すると、全員忍装束のような格好をして、その背には刀を帯びていた。

 深紅の眼が持っていた日本刀のような曲線は無く、直線的な忍刀だと分かる。


 突然、忍装束たちの一人が手を上に掲げた。

 すると、暗闇の中でキラッと何かが瞬き、その次の瞬間、全方向から飛苦無とびくないが飛来した。

 切迫する苦無くないに思わず身を屈める。

 次の瞬間、全身に襲うであろう苦無と激痛は、しかし到来せず全て空中で籐乃に打ち落とされた。


 忍装束たちの攻撃は止まず、絶えず苦無や手裏剣が放たれる。籐乃はそれを弾くだけで、攻撃には移らない。

 脚がやられているためと考えたが、よく考えると、籐乃は脚に大怪我を負っている状態で先程の高度な戦闘を繰り広げた。

 つまり、籐乃が打って出ない――出られないのは、俺の存在があるせいだ。


「籐乃、俺が……邪魔になっているんだろ。

 こんなことに足を突っ込んだのは俺だ。なぜ戦っているかは、全く分からないが、このままではジリ貧だ。

 俺はいいから、気にせず戦ってくれ」


 籐乃はこちらには目もくれずに答えた。


「嫌です。それに……相手はもうそろそろ弾切れのようです」


 そう言った矢先、忍装束の一人が背から忍刀を抜いて駆けてきた。刃が下になるように構え、全体重を乗せるようにして斬りかかる。


 籐乃はその斬撃を左手の剣の凹凸で受け止め、忍刀を捻り折った。

 そのまま身体を回転させ、忍刀で防御の出来ない相手を右手の剣で斬り伏せる。

 襲い掛かる二人目も同様に斬り捨てる。


 しかしその際、籐乃が防げないタイミングを図って投擲された苦無が、籐乃の右脇腹を掠めた。

 籐乃は苦痛の表情を浮かべる。しかし全体からの容赦無い中距離攻撃に、再び防御を強いられる。


 三、四人目の襲撃に、籐乃は神経を研ぎ澄ませて一撃も受けることなく倒すことに成功した。しかし、疲労が限界に達しているようで、苦無を捌ききれていない。時折、俺の頬や籐乃の腕を掠める。


 相手の飛苦無の残数も減ってきているのか、もしくは投擲者の減少からか、飛来する苦無の絶対数は減っている。

 しかし、精度を増して投げられる苦無に籐乃は苦闘している。


 不利な状況で、このまま押しきられるのかと思考した時、攻撃の手が一瞬止んだ。

 籐乃が近接戦を警戒し二本の剣を構え直すと、八人同時に迫り来ていた。

 籐乃は思考を巡らせるように周りを見た。その瞬間、細い呼吸音が耳に届く。


 次にまばたきをした時には、接近した八人全てが斬り伏せられていた。


「ダメ……ッ! 避け…て……っ!」


 籐乃の霞んだ声がする。

 そうだ。今の動作には、反動があるということは知っている。


 しかし分かっていても俺の身体能力では数本躱すので精一杯だった。残りの二人が放った、幾つかの苦無が背に刺さり、身を掠める。激痛が体を駆け巡る。


 しかし、途中で痛みが無くなり、俺の意識が途切れる。


 ――――俺は護られている間、何もしていなかった訳ではない。そしてその試みは――――





 ――――――成功した。





 私の体は京八流奥義〈瞬虎〉による反動で、動けない。ほんの数秒間だが、戦闘においては命取りとなる。

 この奥義で全員を仕留めたかったが、傷と疲労で技として完全ではなく、離れた相手に迫る途中で動けなくなってしまった。

 喜井地君を護って勝つ予定が瓦解し、彼の回避を頼るしかなくなってしまった。

 彼は数本は避けたが、背中に二本、脚に一本受けてしまった。彼は地面に転がり、血を流している。

 ああ、守りきれなかった。

 目を伏せ、自身の無力感を嘆きつつ、もう一度彼を目視したとき――――彼は異様な空気を纏いながら立ち上がった。



 残りの忍装束たちは、戸惑うような行動の後、後3秒動けない私に忍刀を抜いて襲い掛かった。

 抵抗する間もなく斬られると思ったとき、迫っていた忍装束の一人が真っ二つに裂けた。


「ふむ。左肩が外れたか……貧弱な体だのう」


 目の前には、喜井地君がいつの間にか佇んでいた。

 彼が持っているものを見ると、それは私が使っていたグラディウスと凹凸部分の逆を磨いだソードブレイカーだった。左右両方の剣が無くなったことに気付かなかった自分に当惑しながら彼を見る。


 彼の左肩は力無く垂れ下がっており、間接部分が脱しているだけでなく、腱も切れている。

 彼程度の筋力で、相応の重量がある剣を振れば脱臼は免れないのは当然だ。

 そもそも彼は私が通っていた道場の師範の息子でありながら、稽古しても全く上達せず、筋肉の付きも悪い。道場最強の師範からは考えられない子として有名だった。


 そんな彼が、忍装束を一瞬で斬り伏せた。その事実は受け入れ難く、しかし、外れた肩がそれを証明していた。


 最後の忍装束は狼狽し、退却か攻撃か迷っているようだった。得体の知れない者の出現に、判断が鈍っているようだ。

 しかし、忍装束は忍刀を握り締め、彼に攻撃を仕掛けた。

 気が付けば彼は、転げ落ちた私の荷物の中の竹刀を把持していた。

 速度を上げて迫る忍装束に向けて、片手で竹刀を横に振った。


 次の瞬間、信じられないことに忍装束の上半身と下半身が切断されていた。


「刃も付いていない……金属ですらない竹刀で、ありえない……」


 驚きの声をあげた私に、彼は大仰に言った。


「我、京八流の祖、鬼一法眼きいちほうげんなり! 文・武・龍・虎・豹・犬を全て習得した武術に、不可能などない!」


 そんな声を聞いた後、私は疲労と消耗、敵を打破した安心からか、気を失った。


とりあえず三話まで一気に載せられそうです。

なので載せておきます。それ以降はゆっくりとしたペースで定期的に更新したいと思います。週一から週三以内には更新すると思います。


※ご感想は気軽にどうぞ。お待ちしています。

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