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乙女は獅子に恋をする

君が喜んでくれるなら (ホワイトデー短編)

作者: 龍田 環
掲載日:2015/03/14

「ちょっと、早く起きてユーリ様」


ゆっさゆっさ揺さぶられて、俺は目が覚めた。気配に敏感な俺に気取られることなく起こすことができるのは、セラと側役だけだ。セラの場合は俺があいつに対する警戒心ゼロだからだけど。


「んだよ……今日、俺、休み……」


「知ってる。今日何の日か忘れてる?」


「……?」


今日? 誰かの誕生日か? 行事ごとなんかあったっけ。本気でわからん。俺の顔を見て「仕方ない子だなー」と笑うリオンを見ても思い出せない。


「また昨夜も四バカと酒盛り? 息抜きも大事だけど、潰れる寸前まで飲むのやめなよね。今日は先月のおかえしの日でしょ」


「!」


思い出した。そうだ、今日は三の月の十四日。女性に返礼をする日だ。やべーな。すっかり忘れてた。


「早く一風呂浴びて、セラちゃんとこ行ったほうがいいよ」


「いま何時!」


「もうすぐ十の鐘がなる時間だよ、寝坊助様。俺とアキムはさっきお返し貰ったよ。良い子だよねホント。ちゃんと俺達の好みに合わせてくれるんだもん。それじゃ今日は気合入れてセラちゃんに尽くしまくってね」


ケラケラ笑いながらリオンが部屋を出て行った。俺は寝台から飛び降りると風呂に駆けこんだ。奴らに先を越されてたまるか!セラがうちに来て初めてのおかえしの日なのに!



クローゼットから適当なシャツとズボンを選んで身に着けると、俺は自分の館を飛び出した。全力で走ればじいちゃんの館まで三分もかからない。俺の剣幕に巡回中の黒騎士達が戦いて道を開けてくれる。何で俺は自分の勤務帯をあいつらと同じにしちまったんだ。


「おはよ! セラ!」


「おはようユーリ」


「あ、あれ?」


「なんだユーリ。騒々しいぞ」


「おはよ、じいちゃん。あいつら来てない?」


「? 誰も来ておらんぞ?」


じいちゃんは剣を片手に日課の鍛錬に出かけて行った。じいちゃんは『おかえし』はしないのか? 日頃うっとおしいぐらい愛を伝えてばあちゃんにうざがられてるから、しないのかな……。ちょっとぼんやりしていたらセラが俺の腕をつかんでグイグイ揺すぶった。妙に機嫌良さそうだけど、朝飯に芋がでたのかな。


「聞いて聞いてユーリ! あのね、朝起きたらね、私のお部屋がお花でいっぱいだったの!」


「花?」


「うん! アルノー達からのお返しだって」


「あいつら、セラが寝てる部屋に、は、入ったのか!?」


「何で剣を抜こうとしてるの? 昨夜のうちに届けてくれたの。私が寝入ってからエマとハンナが置いてくれたんですって」


「あ、そういうことか」


思わず手が剣に伸びてしまった。危なかった。目の前にいたら居合で斬ってたかも。しかし完全に先を越されているぞ。昨夜て。あいつら、俺と飲む前にすでに手配をしてたのか。そのマメさをどうして自分達の恋愛に使わないんだよ。


「城下町でもお花がすっごく売れる日だから、見つけるの苦労したんじゃないかしら」


「へぇ〜……」


「カードも一緒にあったのよ。お菓子ありがとう、これからもヨロシクって。仲間って認めてもらえるのって嬉しいね」


無邪気に喜ぶセラには言えない。さっきまでお返しのことを完全に忘れてました、だなんて。どうしよう。何も思いつかない。定番は花を贈ることだけど、部屋中を花で埋めるというインパクト以上のものが思い浮かばない。敗北、の二文字がチラチラ頭を掠める。


「見てみて、すごいの!」


気がつけば俺はセラに手を引かれて、彼女の寝室まで連れて来られていた。早く俺の館に移ってくれないかな……。結婚するまではけじめをつけるために別に住むとか、言わなきゃよかった……。


開け放った扉からは、ふわっと甘い香りが漂ってきた。めったに入れてもらえないセラの部屋は、床も机も出窓すらも花で埋め尽くされていた。部屋のかわいらしい調度と相まって乙女の理想の部屋みたいになっている。だけど寝台の傍にある小さな机には、女の子の部屋に似つかわしくない戦術書が何冊も積んであった。陰で頑張っているのかと思うと、そのいじらしさにグッとくる。目の前にいたセラに後ろから抱き着いた。


「セラの部屋って、いつ来ても良い匂いするよな」


「そう? いまお花でいっぱいだからじゃないの?」


「ううん。セラも、いつも良い匂いしてる。香水とかつけてる?」


「つ、つけてない……」


くそ。香水をあげるって、いい案だと思ったのに。指輪、はもうあげちゃったし。戦術書じゃいくらなんでも色気がないし。どうする。どうする俺。


「ユーリ、何か用事ある?」


「何もないよ。セラは?」


「私もよ。あ、でもお花たちのお世話をしなくっちゃ。おばあ様が館中に好きに活けていいっておっしゃってくれたのよ。ガーデニングのお師匠様を唸らせてみせるわ!」


「おー。頑張れよ」


言いそびれた。折角の休みだから、どこか出かけないか、って。俺は朝食がまだだったことを思い出したので「朝飯食ってくる」とセラの背中に声をかけて部屋を出た。階段を下りながら、セラが好きなことやものを思い返してみる。菓子。本。綺麗な絵。それと花。乙女チックなものも好きだよな。服とか宝石とかあんまり興味がないみたいだし。香水もつけない。マリーが用意してくれた朝飯を食べながら、居間でのんびり本を読むばあちゃんに女が好きそうなものを聞くことにした。


「ばあちゃんって、若い時何が好きだった?」


「そうねぇ。園芸が好きだったわよ。今も変わらずだけど」


「ふーん」


「おじいさんたら、あるお返しの日に、山ほど馬糞を持ってきたのよ。大きな荷馬車で三台分はあったかしらね」


「はぁ?!」


「良い堆肥になるからって、満面の笑みでね。あの時はチョコレートをあげてもいないのにアホなのかしらと本気で思ったけれど。昔、私が仕事で農地開拓に携わっていたとき堆肥が足りなくて困っていたのを、誰かから聞いていたのね」


「ばあちゃんて、王宮侍女になるまで学者だったんだっけ」


「俺の嫁になれば、好きなだけ農地開発をやらせてくれる、と言うから絆されましたよ」


「……まさか、それで結婚を決めた、とかじゃないよね?」


「ホホホホホホ」


笑って誤魔化すと、ばあちゃんは温室へ出かけて行った。俺の一族の男はもしかしたらアホなのかも知れない。一途すぎて、何かがちょっとずれている。農学者が研究用の用土がなくて困ってたら、そりゃ喜ばれただろうよ。でも「お返し」とは何かが違う気がする。その方式に則れば、俺はセラに戦術書を贈る流れになるぞ。何かもっと勉強しろと言ってるみたいで気が進まない。鍛錬を終えたじいちゃんが、風聞紙を片手に居間にやってきた。あれ、っという顔をしてばあちゃんの姿を探している。俺のルーツはこのじい様だ。好きな女にまっしぐらになる性質を俺は受け継いでいるのか。俺もじいさんになったら、セラの後を追い回すようになるんだろうか。何かイヤだな……。


「じいちゃん、もうお返しはあげたの?」


「何じゃ、藪から棒に。毎日愛を告げるのがお返しだから、年中あげておるわ。さっきからセラが屋敷中を走り回っとるが、ありゃ何だ?」


「アルノー達にもらった花を活けるって言ってた。なぁじいちゃん、何でばあちゃんに馬糞あげたんだ?」


「ふぁっ?!」


「さっきばあちゃんに聞いた。若い頃の話だよ」


「あーあれか。作物不足が続いて、荒れ地を開拓して食料を秘密裏に増やす計画があったんだが、物資がなくてな。エステル達は肥料や用土が不足して研究するのに困っているだろうと思って持って行っただけだ。捨てても捨てても毎日増えるから何度も行ったぞ。皆に喜ばれ、エステルに褒められて、わしは本当に良いことをしたと自画自賛したもんだ」


「学者たちも、まさか帝国将軍が自分で持ってくるとは思わなかったろうな」


「わしはエステルに会いたいがために自分で行っただけだが? 会いに行くいい理由ができて嬉しかったぞ」


「だよね。全部ばあちゃんのためだよね」


「左様。わしのすべてはエステル中心に回っているのだ。お前、あいつらにお返しの先を越されたようだがいいのか?」


「良くない。でも、じいちゃん達のおかげでいいヒントをもらったよ。ちょっと出かけてくる」


セラは物欲皆無。でも思い入れのあるものに関しては別だ。俺があげた鳥笛やしょうもない小物を、綺麗な小箱にいれて大事にしまっている。館の自室に戻ると、俺はあるものを手に取って、今度は馬房に向かう。城下町までひとっ走りだ。




「あ、帰って来た!」


日が傾き始めた頃。俺が自分の館へ戻ると、玄関ポーチの前に濃い桃色のストールを肩にかけたセラが立っていた。腕を組んで仁王立ちして、全身から「私、怒ってます」オーラを漂わせている。が、迫力ゼロだ。よしよしと頭を撫でてやりたくなる。


「ちょっと出かけるって、行先も言わないでどこ行ってたの?」


「ごめん。ちょっと城下町まで行ってた」


「私も一緒に行きたかったのに」


「とりあえず館に入ろうぜ。手、すごく冷たいぞ。中で待ってりゃいいのに」


「ユーリの手、あったかい。ね、何持ってるの?」


「お返しの贈り物。俺ひとりだけ出遅れたからな。先月は美味い菓子をありがとう。これ、お礼」


「あ、首飾り! この深い青の石って、もしかして」


「俺の守り石。セラを真似て作ってみた。俺、手先使うの結構得意なんだ」


「嬉しい……! 土台が蔓薔薇になってるのね。すごく凝ってる」


「自分で言うのも何だけど、よくできてると思うんだ」


「すごいすごい! 着けて!」


ふわふわした紅茶色の髪を手でまとめると、セラはくるりと後ろを向いた。艶めかしい白い首筋に邪まなことを考えないように、指先にだけ集中する。


「来年はちゃんと準備するから。実は今朝がたまで忘れてたんだ、お返しの日だってこと」


「……黙ってればわからないのに、自分で白状しちゃうのね。正直なユーリが好きよ」


「!」


唇のすぐ横に、セラがキスをしてくれた。彼女からするキスは、微妙に外すのがお約束だ。というか、単にヘタクソなだけだな。


「……何で、ちゃんとできないんだ?」


「は、恥ずかしいもん、自分からだなんて」


「目を瞑ってするからだろ。重ねる直前で目を閉じりゃいいのに」


「そんな器用なこと、できない!」


「そのプイって横向くのもわざとか? あざといよなぁ」


「せっかくごはん作って待ってたのに。からかうんなら、もう私帰る」


「えっ」


「折角みんなが気を使って、二人になれるようにしてくれたのに、ひっ一人で出かけちゃうし」


「嘘」


「は、初めての、ユーリと一緒のお返しの日だから、私、楽しみにしてたのに」 


「わ、泣かないで! ごめん! ごめんよセラ!」


大きな翡翠色の瞳から涙がぽろぽろこぼれだした。しまった、まずった、大失態だ。あいつらが昨夜、エマ達を巻き込んでお返しを仕込んだのは、俺とセラの邪魔をしないためで。ドタバタ花を片づけてたのは俺と出かけるためだったのか。頑張って片づけて降りて来たら俺がいなくて、なおかつ馬で出かけていくのを見たら、そりゃ悲しいよ。俺だって同じことされたら泣くよ。


「本当にごめん」


「ううん、私も待ってて、って言わなかったから……」


「じゃ、今日はずっと一人でここに?」


「……だって。変に気を使わせたら悪いじゃない。久々にお料理したりお掃除したり、楽しく過ごしたわよ」


「涙目で言ってもぜんっぜん説得力ないぞ。その机の上のレースは何だ」


「! こ、これは、その」


「見せて」


「……どうぞ」


「婚礼用の、ベール?」


「うん。刺繍が結構大変なの」


「一人でさすのが仕来りなんだっけ。何か手伝おうか」


「お気持ちだけ受け取っておくわ。花嫁の最初のお仕事だから一人で頑張る」


「これ、被ってみせてよ」


「ダメ。お式で初めて被る大切なベールなんだから」


「誓いのキスの時は、こんな感じかな」


持っていたベールをセラにふわっと被せた。白く透ける布地からセラの深い翡翠色がけぶるように見える。砂糖菓子のように壊れそうな感じがして触れるのが躊躇われた。自分で被せておいて固まってる俺に苦笑して、セラが顔にかかるベールをそっと持ち上げた。


「こうして、顔の前のベールを持ち上げるのよ」


「で、母なる精霊に誓いの言葉を言って……」


セラを引き寄せると、俺は顔を傾けキスをした。もう数えきれないくらいしたけど、何度してもセラとのキスは心地いい。抱きしめるとふっと花のような甘い香りが鼻腔をくすぐる。雛鳥のように暖かく柔らかい身体は、俺の理性をギリギリまで追い詰めた。どんどん深くなるキスは自分じゃ止められない。胸をとん、と軽く叩かれて、俺は仕方なく腕を緩めた。


「ちょっと、唇を合わせるだけ、でしょ」


「誓いの時はな」


「……んっ」


口答えする生意気な唇を自分のそれで塞ぐと、ベールを外してふわりと机の上に落とす。何度も角度を変えては口づけ、滑らかな絹のような髪を指ですく。セラの髪は俺のくせ毛と違って、指からするりと解けていく。それが気持ち良くて何度も繰り返した。寝ているセラにしてあげると幸せそうに笑う。それがすごく可愛いってことはたぶん俺しか知らないはずだ。


「本当に悪かった。二度とセラを置いて行ったりしないから」


「約束ね」


「次の休み、絶対セラと一緒にいるから。セラがしたいことをしよう」


「無理しないで。来年に期待してるから」


「それじゃ俺の気がすまねーよ。今日の夕飯はセラの手料理だから、俺も作ろうか」


「いいわね、それじゃユーリの作るごはんが食べたいな」


「何がいいか言ってくれ。フルコースは作れないけど、食堂レベルなら頑張ればいけると思う」


「それじゃ私の好きなお芋の料理にして。ふかして潰して角牛のミルクとバターで練ったのがいいな」


「ほんっとに芋好きなんだな。わかった。北方で食べたブラールを再現してやる」


「やったぁ! 今日のお料理はね、北方でユーリが食べてたトマトゥル仕立てのお肉の煮物にしたの。こっちのバケットに合うと思って」


「絶対合うだろ。葡萄酒あったよな」


「取ってくる! いまお酒の肴も用意するね」


食べ物の話になったら一気に元気になった。こういうところも可愛くて俺は顔が勝手に緩む。セラに寂しい思いをさせて泣かせたことに俺の心はバキバキに折れたけど、嬉しそうな笑顔のおかげで復旧できそうだ。セラの胸元には俺の瞳と同じ蒼が輝いている。俺の両親が俺を思ってくれた石が、これからはセラを守ってくれますように。パタパタと元気よく館を駆けていく足音を聞きながら、心から願った。





そして、毎年のこの日。お返しに俺がセラに手料理を振舞う日になった。ま、いっか。セラが喜んでくれるなら。





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