初めてのパーティー戦闘
クラリシア城を後にした俺たちは、四人固まって森に入った。
城の周囲を張り巡るように密生した木々により、クラリシアは他国から攻め入りにくい難攻のクラリシアと呼ばれている。
不落でないのは、所詮森だから。ということらしい。
焼き討ちされれば炎が円状に広がり城ごと蒸し焼きになるからだ。
さすがにこの対策は魔法で防御陣を張るなどいろいろと工夫されているとのことだが、魔法とやらの知識がない俺には何が何だかわからなかった。
そしてもう一つ。森に出現する魔物が強力だという理由がある。
攻める側としては当然、森に侵入した時点で魔物たちが襲ってくるのでいらない犠牲が多く出る。さらに傷付きながらも森を越えた先には、クラリシアの精鋭兵と魔術師団のお出迎えだ。
まさに天然迎撃要塞。
攻めるに難いというわけだ。
しかしだ。魔物関連は護り手にも言える事だった。
時折、森から抜け出た魔物が城に寄ってくる。
当然ながら兵士たちに駆逐されるのだが、何時現れるか分からない魔物たちへの迎撃任務はなかなかキツイものがある。
このため、クラリシアに城下町は存在しなかった。
いや、一応、町民らしきものが暮らしているのだが、それらが兵士やらなにやらに所属しており、いわゆる城自体が一つの国として機能している状態だった。
なので、城の一室に武器屋があったり、宿屋があったりしている。
俺の感覚からすると不思議な国なのだが、ここで暮らす彼らは気にしていないようで、毎日を面白おかしく過ごしているらしい。
ちなみに一般市民の生活圏は地下一階と二階。三階は牢屋と坑道らしい。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
森に入ると共に、森林特有のすがすがしい匂いと虫の音が響きだす。
魔物がでるからどんな奇怪な場所かと思ったが、俺のいた世界の森となんら変わりはない。
時折変な鳴き声がどこからともなく聞こえてくるが、密林地帯だと思えばなんとかいけそうだ。
所々木々の隙間から木漏れ日が差し込んできているので森の中でも明るい雰囲気があり、道なき道を歩く俺たちが陰惨な気持ちになる事はなかった。
とはいえ……
城からも兵士が派遣されているようで、森の中で何度か兵士たちと遭遇して保護されそうになった。
そのたびにネリウが自分たちは捜索隊だと説明していたので、いくらも進んでいないのに日が暮れてきた。
これのせいで全員疲労感が溜まって陰惨な雰囲気が漂う事になった訳だが、蛇足である。
「兵士さんたち、手伝ってくれるのは嬉しいですけど……」
「ぶっちゃけうぜぇ……」
「なんだろうな、あの生活指導員みたいなノリ」
度重なる職質ノリで精神的な疲れが溜まりだした頃だった。
木々のざわめきに俺は思わず立ち止まる。
何かが、来る。
「どうした武と……」
手塚が不思議そうに俺を見た瞬間だった。
目の前に突如躍り出る黒タイツ。
アンデッドスネイクの戦闘員だ。
一瞬、双方唖然と見つめ合ってしまったものの、手塚が剣を構えた事で俺達の方が早く動けた。
「あの戦闘員、一人きりならあたしらでも行けるだろ」
「え? え? 戦うの!?」
「いいの、倒して?」
手塚達の言葉を受けて、ネリウが俺に確認する。勝算があるのか?
「……あまりグロくない程度なら」
「おっけ」
戦闘員は俺達が攻撃態勢に入ったと知るや両手を構え徒手空拳。
「ヤーッ」
という掛け声……アンデッドスネイクの戦闘員はヤーがデフォルトか。
秘密結社ごとに戦闘員が話す言葉が違うのだ。
ちなみに俺が所属していたインセクトワールドの戦闘員はフィーとしか言えない。
一言しか話せないのはまぁ、戦闘員の特性か。
怪人としての適正がない人間を改造すると戦闘員になる。
その時洗脳を行う事で言語中枢に何かしらの障害が起こるらしく言葉が話せなくなるらしい。
ウチの秘密結社では首領が面白がってわざとフィーと言わせているとか噂があるけど……まぁどうでもいいか。
三人組の芸人よろしく、ヤーと気の抜けるような声と共に駆け寄ってくる戦闘員。
気だるい声に似合わず、動きが俊敏だ。
顔の不気味さが相まって俺以外の奴らに恐怖を湧き起こす。
さすがに実戦が初めての手塚は腕が震えている。
大井手はボーガンに矢を番えようとするが、焦って上手く出来ない。
その二人が戦力にならないと踏んだネリウは掌を戦闘員に向ける。
「ウォル・フェ」
ネリウの掌に水が集まる。
これが……魔法?
一度、掌へと収縮した水は、一定値まで集まると、渦巻くように戦闘員へと打ち出される。
回転する水の弾丸。
さすがに初めて見る攻撃に戦闘員は戸惑いを見せる。
それでも飛んできた魔法を回避。
しかし、その時にはすでにネリウの次弾が放たれた後だった。
「ヤー!?」
慌てた様子の声だったが、やはり緊張感に欠ける。
魔法の射線上に入らないよう、俺は駆け出す。
さすがに彼女だけに任せるわけにもいかない。もともとは俺が原因だし。
でも……秘密結社同士で面と向かって戦うのは初めてだな。
一応正義の味方とは何度か戦った事はあるけど、秘密結社同士の戦いも特性上、闇討ちが多かった気がする。いや、ばっかりだったと言っても良い。
剣で斬り合うなんてのは全くなかった。
「でやああああっ」
鉄の剣を両手で握り、戦闘員目掛け斬りかかる。
「ヤー!」
慌てるように避けた戦闘員。
退避した場所に飛んできた水弾を頭から被りずぶぬれになる。
なんだ、致死性のある魔法じゃないのか?
水を掛けられ前後不覚に陥った戦闘員は首を振りながら追撃を確認。
木々を盾にして次々と発射される水弾を避ける。
木に当った水弾は木々を穿ち渦巻き状の凹みを作っては水へと返っていく。その状況から察するに、やはり威力はそれなりにあるようだ。
「よ、よし、あたしもっ」
ここで近寄ってくる手塚。
さすがにただの女生徒だ、剣を振りまわすというより剣に振りまわされている。
横凪に振われた剣は木の幹に当りそのまま抜けなくなる。
即座にピンチに陥っていた。
「え? ちょ、ありえねェ!?」
慌てて引き抜こうとするもびくともしない。
しかもそれに気を取られ背後に戦闘員が近づいても気づかない。
「しーちゃんッ!?」
ようやく第一射を装填したらしい大井手。
ためらうことなく戦闘員に引き金を引く。
発射された矢が物凄い速度で……手塚の目前を通り過ぎる。
あまりの近さに行動を止めた手塚。
次の瞬間、すとんと腰を落としてしまった。
そのおかげで戦闘員の腕が頭上を掠める。
剣が刺さった木が戦闘員の一撃で粉砕された。
「ご、ごめんしーちゃんっ」
少しずれてたら死んでたぞ今の。でも……時間稼ぎにはなった。
俺は戦闘員に体当たり。
そのまま倒れないように戦闘員を斬りつける反動で手塚の後ろに立つ。
「大井手さん、もう撃つなっ」
「で、でも……」
俺は同士討ちの危険を避けるために大井手に叫ぶ。
体勢を整えた戦闘員が俺に蹴りを放つ。
しかし、蹴りが当る直前、戦闘員のドテッ腹に直撃する水の弾。
「薬藻、魔法で援護するわ」
「相手倒すんじゃなかったのかよっ」
「相手の能力が高いの、人間ならアレで抉れてる」
ボーガンの矢が当るより危険らしい。
「ったく、強化人間つったって戦闘員だぞ、蛇男はさらに強いのに大丈夫かよ」
剣を握り直し背後に視線を送る。
未だ手塚が立ち上がる気配はない。
青い顔で戦闘員を見るだけだ。
「手塚さん、立てるか?」
「む、無理。さっきので腰抜けた……ちょっとちびった……」
あれ? いきなり大ピンチ?
手塚を守りながら戦えと?
ただの男子学生にはかなりの無謀挑戦。
まぁ怪人ではありますが、変身前は大した力がないんだぞ。
遠距離から水弾の助けがあるとはいえ、戦闘員相手に剣だけというのは正直重荷もいいところだ。
しかも背後に守るものがあるので移動するのも難しい。
なるほど、正義の味方が動きが鈍くなるのも分かる気がする。
俺だって何度かこういったシュチュエーションは体験済みだ。
問題は逆パターン。戦闘員側だっただけ。
だから、相手がどう動くかはわかるのだけど……
動きが分かってもやりずらい。
とくに、戦闘員は武器を持っている訳ではないので四方向から攻撃とフェイントが来るのだ。
しかもその威力が見逃せない。拳で木を粉砕する威力なのだから。
「ぐぁっ」
マズ……避け損ねた。
真下から襲ってきた戦闘員の蹴りが腹を襲う。
さすがに改造された身なのでダメージこそ少なかったものの、ただの人間だったら内臓破裂ものの一撃だ。
「ちょ、ちょっと武藤……」
手塚が身体をこちらに向けて悲痛な声を出す。
それには答えず戦闘員の攻撃をいなして剣で威嚇。戦闘員を下がらせる。
「薬藻、ちょっと時間稼いで、デカイのブチ込むから」
「わかったッ」
変身すれば簡単なんだけど……頼むぞネリウ。
俺はまだ平和な日々を望んでるんだ。
怪人だとバレたくない。
剣一振りで戦闘員の四肢攻撃を受けていく。
こちらは一撃。その間に上下左右からの徒手空拳。
相手の強度が剣に勝っているからこそできる芸当ながら、実際にやられると俺に打つ手などなかった。
加えて、少しでも動けば、動けない手塚までがターゲットにされる。
怪人でよかった。
少しでも常人より体の構成が違うお陰で致命傷は避けられる。
ああ、でも、こっちも素手で戦った方が善戦できるんじゃ……
「っくの!」
剣撃を右腕で抑えられる。
さらに力を入れて剣を押し込むと、左腕が襲いかかる。
慌てて避けた瞬間、隙が生まれた。
驚く手塚に戦闘員の足が迫る。
アレが人間に当ったら……
即死級の一撃に、俺は……
「ウォル・フェリス」
ネリウの掌に水が収縮する。
水弾じゃ間に合わない。
そう思った瞬間、放たれる一条の線。ネリウの手の平から糸の様に細い線が戦闘員を穿つ。
喉を貫いたソレは、木に当った瞬間水へと戻り飛沫を残す。
高圧縮された水だ。
しかし、致命傷には至らなかったらしい。
反応こそ遅れはしたが、蹴りは止まることなく手塚へ。
俺は咄嗟に体を捻る。
自分からバランスを崩し倒れる。
目の前に迫る戦闘員の蹴り。頭に直撃のコースだった。
一瞬、衝撃に視界が飛んだ。
何か悲鳴のようなものを聞いた気がする。
「ウォル・フェッ」
悲鳴に次いで、遠くで誰かの声が聞こえた気がした。
ヤバい。意識が……