エピローグ
「……え?」
本当に河上がクラスメイトを倒すと思っていなかったらしい手塚と大井手が思わず声を漏らす。
「や、やった……のか?」
ジャスティスセイバーが堀の中を覗きこむ。
噴き上がった水が霧雨のように降り落ちる中、何も映さない水面。
そこに怪人の姿はかけらも見当たらない。
「本当に……死んだ?」
ジャスティスセイバーはしばらく覗き続けたが、何も浮かんでくる気配はない。
ジャスティスセイバーはセイバーを降ろし、それでも攻撃が来ないことでようやく警戒を解く。
もしも、やられたように見せかけ彼の隙を突こうとしているのなら、剣を降ろして造ったこの隙を好機ととらえないはずがないのだ。
なのに、攻撃は来なかった。
つまり、フィエステリアは攻撃出来ない状態になっていることを意味している。
完全に警戒を解いたジャスティスセイバーがセイバーをしまう。
力なく崩れ折れる手塚。その頬には一滴の涙が流れる。
その横で、ネリウがジャスティスセイバーに歩み寄る。
「クラスメイトを殺して、気は済みましたか正義の味方」
「……それは――――ああ」
「では、元の世界に戻りましょうか」
ジャスティスセイバーが変身を解くのを待って、ネリウは魔法を唱えだす。
「ま、待てよネリウ、武藤は……」
手塚の言葉に視線だけを向け、ネリウは河上と共に異世界に旅立った。
耐えきれず涙する手塚。
何も言わずに大井手が彼女に近づき、自らの胸へと引き寄せる。
手塚は泣いた。
大声で泣き出した。
初恋だったとか、助けるべきだったとか、いろいろと後悔が聞こえてくる。
…………
もう、いいかな?
いいよな? 死んだふりすんの疲れたし。
霧状化した身体を元に戻す。
水中から遊泳状態で顔を出すと、同じく水中に潜っていた御影が水面へと浮上してくる。
「上手くいったか?」
「ああ。お前のおかげだ」
「なに、爆弾程度、作るのは簡単だ」
ジャスティスセイバーに何度も追われるのも嫌なので、俺はネリウたちに相談してジャスティスセイバーに俺を倒させる作戦を実行する事にした。
ジャスティスセイバーが必殺を使った際、霧状化して空気に溶け込み死んだように見せかけ、さらに水中で爆弾を破裂させてもらう。
後はジャスティスセイバーの気が済むまで俺を探させ、死んだと確信してもらってから現世に帰還させれば、フィエステリアの死亡説が流布される。
問題としては必殺技をいいタイミングで使ってほしかったので、挑発して焚きつける必要があった。
まぁ、そのせいでセイバーの威力が格段に上がったため、ギルティーバスターまでが強化されてしまったのは計算外だった。
しかしだ。それをカバーしてくれた奴が居た。
伊吹冬子である。
事前にこの話を持ちかけた時、自己紹介して貰ったのだが、なんと、彼女は雪女と人間のハーフらしい。
でだ。万一を考えてギルティーバスターが当りそうになったら俺の全身を氷で防壁を作って貰うよう約束を取り付けたのである。
これが功を奏した。
おそらく直撃していれば俺は死んでただろうしな。
お礼を言いたいところではあるが、今姿を見せる訳にはいかないので、御影にでも伝言を頼んでおこうと思う。
手塚と大井手には、この事実は伝えなかった。
理由は……まぁ、説明する必要もないだろう。
ネリウや御影にも堅く言わないようにと伝えておいたので、真実が暴かれることはないはずだ。
「それで、これからどうする気だ?」
「仕方ないさ。パラステアに侵攻されないよう、こっちでクラリシアの守護神的役割をやっておくさ。手塚と大井手のフォローは任せる」
「殆ど面識のない俺に任せるな」
ため息を吐きならが岸壁に足を掛ける御影。
「では、俺は行かせて貰うぞ?」
「ああ。伊吹さんにありがとうと伝えておいてくれ。彼女の防壁がなければあの温度には耐えきれなかった」
「それでも火傷が酷いようだが?」
「この世界には魔法があるんだぜ? 回復魔法を受ければすぐ元通りさ」
なるほど。と納得した御影がわずかに突き出た岩に手を掛ける。
本当に人間か? と疑いたくなるような動きで堀を登って行ってしまう。
ロッククライマーも顔負けの早業だった。
さて、ネリウが戻ってきて御影たちを連れていくまで一日。どうするか? ま、いいかな。ネリウが何とかしてくれるだろ。
それはまではこの堀で遊泳しておくさ。
「良かったの?」
翌日、最後のクラスメイトを送り終えたネリウは、戻ってくるなり俺に質問を投げかける。
クラリシア城のテラスから外を眺めながら、俺は隣のネリウを見る。
「何が?」
質問の意図が分からず聞いてみると、
「手塚さん」
と一言。
「手塚さんと俺は別に何もないぞ? それにほら、怪人の姿見たら引くだろ? それでもう終わりだって」
「そうかしら? 貴方が死んだと見せかけた時、随分と後悔していたようだけど? 河上君の勝負受けたのも、彼女の為でしょ」
全てを見透かしたように、ネリウは微笑む。
別に、勝負など放置して河上を真っ先に送り返してもよかったのだ。
どうせネリウの力がなければこちらには来れないのだから俺に突っかかって来る心配はない。
「……好きな奴が怪人なんて、報われないだろ。いいさ、どうせもう会う事はないし。俺は向こうじゃ死んだ人間だ。こっちにまた来るわけじゃなし、ただの思い出になるさ」
「……それはどうかしら」
不意に、空を見上げるネリウ。
その唇から何かが洩れた。
生憎小さすぎて俺には聞き取れなかったのだが……
「お前こそ、良かったのかよ」
「何が?」
「このままじゃ、俺との婚約が待ってるぞ」
彼女の手に填った指輪を指して悪どい顔で言ってやる。
ついでに両手を向けて指を何かを揉むように動かす。
「パラステアの王子よりはマ・シ。それに、こっちで結婚するとは限らないし」
意地の悪い顔で笑うネリウ。
ご丁寧に自分の胸を隠すのを忘れない。拒絶の意思か?
「あれ? 俺、こっちに放置される?」
「ふふ、どうでしょう?」
クスリと笑うネリウは髪を掻きあげる。
掌を空に向け、手に光る宝石に眼を細めた。
彼女の本音がどうであれ、指輪を眺める彼女はとても嬉しそうに見えた。
もう、日常には戻れそうにない。
だから、せめて。
俺を助けてくれた彼女の為に。
彼女の故郷を失わせないように。
彼女の助けになろうと、決めたんだ。
でも、俺は知らなかった。
クラスメイトたちとの縁は、まだ切れていなかったことを……




