対決、蛇男3
俺の動きが止まった事に、蛇男が醜悪な顔でほくそ笑む。
くそ、まさにしてやられた気分だ。
あのまま一気に押し潰せるかと期待したのが間違いだった。
やはり、敵も改造人間。
やるべきことはやってくれる。
悪役は悪役らしく人質くらいは取らないとな。
ゲームやアニメならばこれは負けフラグだ。
しかし、現実問題こういうことをする奴は決まって勝ち残るものだ。
俺がそうだった。
幾人もの正義の味方や官僚の重役など、あらゆる相手に人質を使い潰してきた。
どんなに相手が強大でも、俺よりも強くても、近しい者を人質にするだけで無力化させられるのだ。
手段を選ばないのならば、とてつもなく有効な手段である。
ただし、相手が人質に対して親愛などの情を浮かべている場合に限るのだが。
だから、負けフラグなどないことくらい理解している。
なんとか大井手を助けたいが、蛇男はしっかりと彼女の頭を鷲掴んでいる。下手に攻撃する前に握力で握り潰しかねない。
蛇男から大井手を助けるには、俺が囮になっている今のうちに誰かが助けだすのを待つしかない。
俺は視線が相手に分からないのをいいことに、周囲を見渡す。
しかし、肝心の正義の味方は今、ようやく辛そうに立ち上がり、頭を振っているところだった。脳震盪でも起こしたのだろうか、足元がおぼつかないようだ。
あれでは期待できそうにない。
「さぁ、次の攻撃は避けるなよ、我が拳で粉々にしてくれる」
ぐっと、空いた手を握り込む蛇男。
そうとうの恨みを込めたのか、握った拳を思い切り振り被る。
「いっっっっけぇぇぇ――――ッ」
蛇男が拳を振ろうとした瞬間だった。
手塚の声が聞こえた気がした。
何だ? と思った俺の背後から、高速の何かが飛びぬけて行く。
頬をかすめそうになってちょっと冷や汗をかいた。
蛇男の頭に直進する一本の矢。
突き立つことなく鱗に跳ね返されて地面へと落ちる。
突然のことに驚いていた蛇男だったが、自分になんのダメージもないと気付くと、飛んできた矢に視線を向ける。
「? なんだこれは?」
蛇男が矢の飛んできた方向を見る。
ボーガンを構えた手塚が、震える足で立っていた。
手塚は恐怖に怯えながらも、目一杯に息を吸い込む。
「武藤、走れェッ!!」
いきなりの大声に俺は戸惑う。
でも、すぐに蛇男向けて走りだす。
人質に取られているのは彼女の親友だ。
それでも、走れというのなら、何かあるのだろう。そう信じる。
「な、何を……動けばこいつが……」
蛇男が大井手に噛みつこうと大口を開ける。
握りつぶさないならば好都合。しかし、俺の速度じゃ間に合わない。
思わず大井手に向けて手を差し伸べる。
距離がありすぎる。届かない。
蛇男の鋭い歯が大井手の首筋へと触れ……
それは、音もなく、風を切って飛んできた。
一発の銃弾が、蛇男のもっとも柔らかい場所。左目に叩きこまれる。
声にならない絶叫が轟いた。
幾ら硬い鱗に覆われた蛇男といえど、粘膜がむき出しの場所はそこまで硬くない。
そんな彼の眼へと、ピンポイントで銃弾が叩き込まれたのだ。
いくら頑丈な彼の身体といえども赤い血飛沫を飛ばして傷付いていた。
「ウォル・フェリアスッ」
間髪入れず、高圧縮された水の丸鋸が大井手を掴む腕を切断する。
誰が放ったものかなど、声を聞くだけで理解できた。
おそらく、一度元の世界にクラスメイトを送り届けたネリウが戻ってきてくれたのだ。
まさにナイスタイミング。
俺は大井手が倒れ切る前に両手で受け止め蛇男の脇をすり抜ける。
させるか。とばかりに蛇男が逆手を伸ばして俺を掴もうとしてくる。
「無駄です」
伊吹の冷めた声と共に蛇男の腕が凍りつく。
突然自由が効かなくなった腕に驚き、舌打ちする蛇男。
その間に俺は蛇男から十分な距離を取る。
ヒロインを助けるダークヒーローと言った所だな。
ふっふっふ。美味しい所は頂きだ。
と、思ったのだが……
「トドメだヒーローッ」
どこからか御影の声が聞こえた。
「一番イイとこ、貰ってくぜっ。ギルティー……バスタ――――ッ!!」
ジャスティスセイバーが気力を振り絞り、思い切りセイバーを振り下ろす。
最後の一撃とばかりに極大の光が蛇男向けて走って行った。
よろける蛇男、再び脱皮で回避しようと悪あがきを始める。しかし、
「グラビティ……バインド……」
弱々しい声ながら、俺の腕の中でロッドを振る大井手。
良かった、生きててくれたようだ。
不可視の重力波が蛇男の周りに展開される。
脱皮の皮を被ったまま脱皮寸前の蛇男の動きを止める。
「ば、バカな!? ありえん、こんなこと……こんな、こんな奴らにぃぃぃぃ――――ッ」
光が迫る。
今度こそ逃げ場を失った蛇男は、必死に逃げようともがき続ける。
しかし、結局何も出来ないままに、光の中にその姿を消していった。
断末魔の絶叫が木魂する。
静寂。そして――――爆発。
どうやら戦闘員とは違い、アンデッドスネイクも怪人には自爆装置をつけていたらしい。
致死量のダメージを受けたらしく、体内に埋め込まれた自爆装置が作動し、ハブルティスと称する怪人はその生涯の幕を閉じたのだった。




