魔法使いに連れられて
「だぁっ!?」
光が収まったと思った瞬間、浮遊感。
さらに座っていたはずの椅子がなくなり地面に放り出された尻が痛みを伝えてきた。
「痛……って、あれ?」
眩しさにおかしくなっていた目がようやく正常を取り戻す。
いや、これは正常か?
視界に映り込むはずの教室の景色はなかった。
目の前に広がるのは風にざわめく木々。深緑に囲まれた森だった。
自分が座りこんだ場所も木製の床ではなく草が生い茂る地面。
ところどころ落ち葉がそれを覆い隠し、木漏れ日が光と闇のコントラストを描いていた。
「ここは……」
「クラリシア王国北西部、静寂の森」
一人言のつもりだったのだが、抑揚のない声が聞こえた。
振り返ってみると、隣の席にいた女生徒。山田さん?
冷たい双眸を持った彼女は、悠々俺の元に歩いてくる。
名前は確か……
「山田八鹿?」
「それは借りの名。ネリウ・クラリシアよ。さすがに化け物に教室が襲撃されるとは思わなかったから、転移せざるをえなかった」
せっかく名前を言い当てたのに訂正されてしまった。
とりあえず、ネリウと呼んだ方がいいのか?
ため息をつきながら山田……じゃないネリウは俺に手を差し出す。
「効果範囲を教室中にしたから、他の皆もいるはずよ。早く探しましょ」
「効果範囲? 転移?」
「理解できなくてもいいわ、とりあえず、ほら」
「……あ、ああ」
手を取って立ち上がる。
初めて繋いだ女の子の手は、とても柔らかかった。
「ところで、なんで仮の名とか本名とか俺に?」
「私が魔法を唱えてたとこ見てたでしょ。変に言い逃れするより言ってしまった方が楽だから」
魔法? 今魔法って言った? まさか厨二病患者だったのか?
いや、でも実際にこんな平原に来ているってことは……本物?
ま、まぁ戦隊ヒーローやら秘密結社の怪人が現存してるんだし、異世界の魔法使いが居ても問題はなさそうだけど……
信じ切ることは難しいが、俺だって非日常側の人間だ。
もう一人くらい非日常がクラスメイトにいたと仮定しておこう。
魔法云々抜きにしてもこういう特殊能力を持った怪人又は正義の味方という可能性はあるのだから。
「なるほど……って、待てよ。あの蛇男も来てるんじゃ」
彼女は効果範囲を教室中、転移したと言った。
俺の考えが正しければだが、おそらく教室にいた者全員がこの森の近くに来ている事になる。
「なぁ、転移って、教室はどうなったんだ? ここは……」
「説明をする気はないわ、勝手に納得して。とにかく今はクラスメイトを見つけないと」
確かに、その通りだ。
ここがどこかは分からないが、逸れたクラスメイトを見つけないと。
あの蛇男に見つかりでもしたら大変だ。
「一応、仮定として、別の地域に移動した。としとくけど、この辺りの地理は?」
「庭のようなものよ。まかせて」
ネリウは俺に振り向く事無く告げると、俺の前をずんずん歩いて行く。
深い森を掻き分け、周囲に視線を走らせる。
「いないわね? 適当にばらけさせたけど、近くに数人くらいいるはずなんだけど」
「ってことは俺は山田……ネリウさんの横にいたからすぐ見つかったとか?」
すると、なぜかニタリと意地の悪そうな顔をするネリウ。
「ええ。すぐ横で野獣の様な眼で私を狙っていたのだもの、さすがストーカーは執念が違うわね」
……こいつ、こんなキャラだったか?
物凄く物静かな女の子だった気がするのだが。
胸はC以上だし、顔立ちは可愛いから彼女候補としては上位ランクではあるけれど……この性格はマイナスだ。ちょっと幻滅した。
「……あなたでしょ。探されてたの」
「……へ?」
「隣で冷や汗掻いて頭抱えてたら分かるわよ」
そんなに分かりやすい態度を取っていたのだろうか?
思い返してみる。
確かに頭を抱えていた。傍目に見て分かるくらい悶えていた記憶がある。
「ということは、貴方は元秘密結社の怪人ってわけね。つまり変質者」
「いや、変質者って……」
変質するってことは微妙に合ってるから返答し辛い。
「まぁ、別にどうでもいいけど。それより、そろそろ森を抜けるわ。誰か見つかったら教えて」
見つかれば、そりゃ教えるさ。というか自分で進んで助けにいくよ。
俺はもう悪い事に力を使うのは嫌なんだ。
平凡な日常さえあればそれでいいと思ってる。
森が開け、目の前が一気に明るくなる。
俺の目に飛び込んで来たのは、屈強な城壁に囲まれた城だった。
「な、なんだこりゃ?」
西洋にありそうな、ほら、あのドラキュラで有名ななんとか……シルヴァニアとかなんとかいう伯爵の城みたいなのが、目の前に佇んでいる。
もう、自分がどこにいるのかわからなくて呆然とするしかなかった。
なるほど、これは確かに日本ではない。
理屈があろうが無かろうがそれだけは確からしい。
巨大な堀に囲まれた城を見上げ、納得するしかない俺だった。
「公用語は日本語と大差ないわ。とりあえず城に向って捜索隊を出して貰いましょう」
「いや、公用語? なんのこっちゃ」
「とにかく付いて来て……あら?」
「あれ……クラスメイトか」
見覚えのある服装の女が二人、森を出たところで呆然と佇んでいた。
名前は知らないが、仲の良い二人組だったはず。
よく二人で行動しているのを見かける女生徒たちだ。
「無事だったみたいね」
ネリウと二人で近寄ると、こちらに気付いた二人が駆け寄ってきた。
「えっと、山田さんと……武藤だっけ」
「よかった、他にもいたんだ教室から訳の分からないとこに来ちゃった人」
うーん。名前がでてこない。
俺ってば女の子と話した事すらないんで名前も覚えてないんだよな。
「誰だったかしら?」
俺の疑問を口に出したのは、ネリウ。
しかしクラスメイト相手に直球はいくらなんでも酷い。
すでに数カ月共に過ごした仲間のはずだ。
「手塚至宝……だけど?」
赤い髪ツインテール。それが手塚の第一印象である。
背丈は低く、胸がある。アンバランスな体型だが、何とも言えない愛らしさがある。しかめっ面なのがだいぶマイナスだけど。
「大井手真希巴だよ。もしかしてクラスメイトの名前、覚えてないの山田さん」
大井手は大人しい感じの垢抜けない少女だった。俺らの中では多分一番背が高いんじゃなかろうか。そばかす塗れの顔はお世辞にも美少女とはいえない。それでも、ある種の可愛らしさはあるので、俺の中では中の上くらい可愛い娘だ。ストレートヘアなのはポイント高い。
「滅多に話さないし。友人でもないのに名前は覚えないでしょ?」
ごもっともだだった。
俺もクラスメイトの殆どの名前を覚えちゃいない。
唯一真近だったネリウの名前くらいだ。
あ、あと友人として赤城と山根のヤツくらいか。
それでもフルネームはと聞かれると答えられるかはわからない。
とりあえず、今は一応覚える努力をしておくか。手塚と大井手だっけ。
尻尾みたいな髪が二つの方が手塚で、そばかすついた顔にストレートヘアが大井手……こんな覚え方でいいのか俺?
「丁度いいわ、貴女達も付いて来て」
ネリウの言葉に苛ついた顔の手塚。
大井手が彼女を諌めながら俺たちに付いて来た。
なんか、いきなり空気が悪くなってるんだけど……大丈夫か?
「どこ行くンだよ?」
ネリウと話したくないようで、俺に話を振ってくる手塚。
やめて? 俺を巻き込まないで。
「え? 俺に聞かれても……」
俺だって現状を理解できてるわけじゃない。聞かれても困る。
「他の人は来てないのかな」
今度は大井手。
おずおず聞いてくる所をみると、やはり男と話すのは苦手らしい。
「一応、来てるらしいよ。あの蛇男も含めて」
「それに関しても城に着いてから説明するわ。何人か集まってからの方がいいでしょ。いちいち説明するの面倒だし」
と、ネリウが会話をシャットダウン。
俺たちは黙ってついていくしかなかった。
前門にやってくる。
城壁に囲まれるようにして赤い鉄扉が一つ。
その大きさは見上げる程で、軽く十人は横に並んで入れそうな大きさの観音開き。
左右には衛兵とでも言えばいいのだろうか?
アーメットにアイアンメイル。鉄の槍。そんな服装で立っている。
殆ど身じろぎしないので人形かと思える程ピシッとしていた。
ああやって立ってるのを見ると脇を突っつきたくなるのはなぜだろう?
ネリウは無防備に衛兵に歩み寄ると、無遠慮に話しだす。
兵士たちはネリウを見た瞬間、慌てるように礼をしていた。
「見張りご苦労様。お母様に会いに来たわ」
するとどうだろう。目の前の門が開きだす。
女生徒二人と共に、思わず見守ってしまうほど荘厳な御開帳だった。
門の先には堀が広がり、その先にある城から跳ね橋が下りてくる。
「何してるの? 行くわよ」
一人、手慣れた様子のネリウだけが門をくぐって先行する。
声を掛けられ我に返った俺たちは、駆け寄るように一斉に走り出すしかできなかった。